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12,辺境伯、成敗

「……やっぱり、旦那があんな無理に依頼を受けなきゃ良かったんじゃないか?」

「うーむ……」


 ヒルドリンデの言う通りかもしれない、とジークは今更になって考えた。

 実際、酒場の前であった使者の女は、一言も『既に辺境伯には通達を送っている』などということは言っていない。もしまだズールに客人が来る旨を伝えていなければ、ジーク達がやってきたのは完全な徒労となり得る。

 と、三人のやり取りが中まで聞こえていたのか、目の前の扉がゆっくりと開き、中から給仕姿の少女が顔を出した。


「どちら様でしょうか……?」

「あぁ、私たちは冒険者だ。組合からの依頼で、こちら主人殿に話を伺おうと参ったのだが……」


 ジークがそう言うと、心当たりがあったのか、少女の肩がびくりと跳ねる。


「……主を呼んで参ります。今しばらくお待ちくださいませ」


 そう言って、少女は扉の奥へと顔を引っ込めてしまった。


「ねえ、ひょっとしてここからまだ待つの?」


 ケプファのその言葉を皮切りに、ジーク、ヒルドリンデ、ケプファの三人は、全く同時に肩を落としたのだった。



 屋敷内の応接間にて。


「いやはや、申し訳ない」


 豪奢な机を挟んだジーク達の対面に座った恰幅の良い男、辺境伯のズールは、慇懃な態度でそう謝った。


「つい先刻に通達が届いたもので、まさかこうも早くいらっしゃるとは思いもせず……」

「あー、いや、もういいんだ」


 ジークは鷹揚に手を振る。


「正直なところ、私たちも『査察』なんてものをどう行えば良いか分からず困っていたところだ、迎え入れてくれて感謝する」

「いえいえ、お気になからず」


 ズールはそう言うと、側に控えていたメイド服の少女に声をかける。


「ところで、紅茶はまだかな、アリアンヌ? お出ししろと言ってから、時間が経ちすぎていやしないかい?」

「も、申し訳ありません!」

「今日の担当は誰かね? マーシャか、それともフランソワ?」

「ふ、フランソワです」

「そうかそうか、なるほど。後で()()()をしないとな」

「……なあ、ズール殿」


 ジークは、ズールとメイドとの会話に割り込むと、ズールが自身の方を向いたのを確認してから話し始める。


「……この家、いやに亜人が多いんだな」


 それは、ジークがこの家の中に入ってすぐ感じた違和感。しかも、もっと言ってしまえば、『多い』なんてものではない。大小の程度の違いこそあれど、ジークの目に入ったメイドは、全員が亜人の特徴を有していた。

 しかし、ジークのその言葉にも、ズールは気にした様子を見せない。


「えぇ、それが?」

「いや、この国の貴族は、大抵亜人の人々に対して風当たりが強いからな。意外に思っただけだ、気を悪くしたなら謝ろう」

「いやいや、いいんですよ。そういうことを言われるのは慣れっこでね」


 言って、ズールは側に控えるメイド達に目をやる。


「彼女達は身寄りが無く、人身売買の場に出されていたのを私が身請けした、もはや家族と言っていい存在だよ」

「ふむ、なるほどな」


 もちろん、ジークはその言葉を信用しなかった。


(組合がなんの根拠も無しに『亜人の人身売買及び魔族・魔獣飼育』なんて嫌疑をかける訳がない。間違い無く、この男には裏がある。

問題は、いつどうやって尻尾を出させるかだが……)


 そうこうしているうちに、応接室の扉が開き、また別のメイドが紅茶を運んできた。


「ずいぶん遅くなってしまったが、ささ、どうぞ」


 ズールに勧められるまま、三人は配られたカップを手に取り――そこで、ジークは()()()()

 ケプファも同じく勘付いたのか、手に取ったカップを口に運ぼうとしない。


「あれ?旦那も姐さんも、飲まないのか?」


 ヒルドリンデも 不審がり、口許に近づけていたカップを一旦机上のソーサーに戻した。


「……なにか、お気に召さないことでも?」


 ズールに不思議そうに問われ、ジークは首を横に振る。


「いや、紅茶には何も。ただ……」

「ただ?」

「こいつを飲むのを忘れていてね」


 そう言って、ジークは腰のポーチから紙の包みを三つ取り出すと、うち二つをそれぞれケプファとヒルドリンデに手渡した。


「胃薬だよ、胃薬。不躾かもしれんが、これが私たちの習慣でね。構わないだろう?」

「え、あ、あぁ。構いませんとも」


 そう言いつつも、ズールは薬を飲む三人をジロジロと眺める。

 そして、しっかり薬を飲み終わってから、


「それでは」


 と、ジーク達は紅茶を飲み始めた。


「……! この紅茶、良い葉を使っていますね!」


 紅茶を一口飲むなり、ヒルドリンデが歓喜の声をあげたが、ジークにはそういった違いは分からなかった。


(というか、そもそも魔物なのだから、紅茶の良し悪しなど分かるはずもないが)


 生前もそういった違いが分からなかったことは棚に上げ、ジークは心中首を捻った。

 と、ズールが怪訝そうな顔でジークを見つめていたかと思うと、


「……兜をつけたままお飲みになるのだな」


 ボソリと呟いたのがジークの耳に届いた。


(……飲食については、もっとうまいやり方を考えないとな。

この間も、リインから貰ったクッキーを兜の隙間からねじ込もうとして止められたし)


 ジークの体が魔物のそれとなったとはいえ、食物は一応摂取出来る。

 兜を装着したまま、顔の前面に空いた小さな穴(スリット)から通す、という奇怪な形にはなるが。


(かといって兜を外すわけにもいかず、どうしたものか……)


 などと考えているうちに紅茶を飲み干し、ジークはカップを置いて立ち上がった。


「それでは、中の案内でもしてもらうとしよう。ケプファ、ヒルドリンデ。行くぞ」

「うーっす」

「はいはーい」


 そうして、一行はズールについて、屋敷を一通り案内してもらうことにしたのだった。



「さて、これで屋敷内は全てご覧になったかな?」


 案内を終え、ズールがそう言ったのに、ヒルドリンデも頷く。


「そうだな。本人の前で言うのもなんだが、怪しいところは無かったし」

「組合の読みが外れてたってこと? 珍しいこともあるもんだなー」


 ケプファはそう言うも、ヒルドリンデは既にズールを疑っていない様子だった。


「でも、依頼書の内容みたいなコトは確認できなかったじゃねーか。てーことは、この人は白ってことなんだろ」

「確かに、怪しい場所は無かったな」

「えー、ジークまでー?」


 ケプファが不満げにそう言ったのを無視し、ジークはズールへと歩み寄った。


「今日はどうも、騒がせてしまってすまないな」

「いやいや、これで私の身の潔白が証明されたと考えれば、安いものだとも」

「そうか、それは良かった。それじゃ、最後に」


 そう言って、ジークは屋敷のエントランスホールの中程で立ち止まり、腰から小瓶を引き抜いてズールへと手渡した。


「これを、飲んでくれないか?」

「……これを、かね?」


 突然意味不明な頼み事をされたズールは、困惑した表情で手の中の瓶を見つめた。


「それがどういった意味なのやら。まさか、何かの薬とか」

「それこそまさかだ。私は毒だと分かっているものを人に飲ませるような、性根の腐った人間ではない」


 ジークのその言葉を聞いたズールは、渋々栓をあけ、開いた口の上で小瓶を逆さにする。


「ああ、ちなみにそれの中身だが」

「……?」

「さっきの紅茶の残りだから」

「――――ッ!!?」


 ジークが瓶の中身を教えた瞬間、ズールは慌てて小瓶を振り払い、口に含んだ液体を吐き出しながら後ずさりした。そしてその数瞬後、ズールは自分が大失態を演じたことに気づき、顔を青ざめさせる。


「おやおや、それはあんたが俺たちに飲ませてくれた、ただの紅茶()()()なんだがな? ……おっと、すまない間違えた。それはただの水、先の紅茶はこっちの小瓶に証拠用に採ってあったんだった」

「くっ!」


 ズールは、失敗を取り繕おうと言葉を重ねる。


「いや、つい手が滑ってしまったんだよ!」

「そんな挙動には見えなかったが。大方、致死性の毒でも入れていたか?」

「ど、毒だなんて、そんな……!」

「お前のさっきの反応が、何よりの証拠だと思うんだがな。なんなら今からでもいい、飲んでみるか?」

「……クソッ!」


 ズールは苦々しげに吐き捨てると、屋敷の奥に向かって声を投げかけ始めた。


「お前たち、こいつらを殺せ!!」

「おや、否定をしないあたり、図星と見える。どうやら、あんたは、『毒だと分かっているものを人に飲ませるような、性根の腐った人間』みたいだな」

「う、うるさい! この、この、冒険者風情めが!!」


 ズールが本性を現して叫ぶと、ケプファとヒルドリンデも不快そうに顔を顰める。


「おいおい、冒険者風情ときたよ。傷つくなぁ」

「なんてゆーか、お里が知れる、って感じ?」


 と言っているうちに、奥から槍や長剣で武装したメイドがわらわらと出てきた。


「っと、総動員っぽいな……ヒルドリンデ」

「おう」

「極力無傷で全員行動不能。出来るか?」

「あぁ、もちろん!」


 そう言うと、ヒルドリンデはメイド達とジーク達の間に入り、メイド達に向けて杖をかざす。


詠唱短縮(コードオープン)。忍び寄れ、静寂の手― 《パラライズ・ダンス》!」


 瞬間、メイド達に向かって黄色い稲妻のようなものが駆け抜けたかと思うと、メイド達は糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちる。


「ま、こんなもんだろ」

「上出来だ、ヒルドリンデ。さて、あとはあんたの処遇だけだな、辺境伯ズール」

「ひ、ひぃっ!」


 恐れをなしたのか、ズールは数歩後ずさりをしたかと思うと、突然扉の方へ猛然と駆け出した。


「あっ! まて、おいっ!」


 慌てて、三人もズールの後を追って駆け出し――


「――させん」


 ガンッ!というけたたましい音とともに、三人の前に一本の槍が突き立った。

 思わず、ジーク達がズールを追うのをやめ、立ち止まる。

 と、三人の眼の前に、真っ赤な長い髪を背中まで垂らし、これまた髪と同じくらい鮮烈な深紅の鎧を身にまとった女騎士が鮮やかに着地した。


「……こいつは、曲がりなりにも私の雇用主なのでな。殺されるのは困る」


 そう言いながら、女騎士は床から槍を引き抜くと、綺麗な軌道でくるりと一回転させ、槍先をジーク達の方へと向けた。


「そういうわけで、貴公らには私の相手をして貰おうか」

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