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11,『組合』からの使者

「……で、着いたは良いんだが」


 そう言って、ジークは手に持った依頼の羊皮紙を丸め、ポーチへと仕舞い込むと、目の前に立ちふさがる大扉を見つめる。


「まずは……ノックでもすれば良いのか?」


 ジークのその言葉に、ケプファとヒルドリンデも揃って肩をすくめる。


「うーん。客が来るのはわかってるはずだから、待ってれば迎えの一人も出てくると思うんだけどねー」

「いやぁ、こんだけでかい屋敷じゃあ、ノックなんか中に聞こえないんじゃないか?」

「む、それもそうか。とはいえ、こうして扉の前で待っているだけというのもな……」


 ジーク、ケプファ、そしてヒルドリンデの三人は、巨大な邸宅――ズール辺境伯邸の正門前で立ち尽くしていた。


「……そもそも私たちが調査に来るという通達が来てない可能性は?」

「まさか。『組合』からの正式依頼だぜ? そんな不手際、考えにくい」

「だが、実際に誰か出てくるわけでもなし、だ。まったく……」


そこで一旦言葉を切ると、ジークは大きくため息をついた。


「まったく、面倒な依頼だな」



 ことの発端は、数日前の昼にさかのぼる。

 ジーク達が、受けていた別件の依頼を完了して酒場に戻ってきた時だった。


「ワイバーン、タウロスに続いて呪い蜥蜴(バジリスク)の討伐か。いくら有用性を示すためとはいえ、派手な活動ばかりしていると逆に悪い意味で目をつけられそうな気がしてきたな……」

「まあまあ、旦那。注目を集めるっていうのが目的なんだから、別に悪目立ちでも構わないさ。だろ? 姐さん」

「だから姐さんとか呼ぶな。……ま、時間だけならいくらでもあることだし? そうあせる必要もないと思うけどねー」

「リインにも、たまにはもう少し安全な依頼を回してくれるよう頼んでおく必要があるな」


 などと三人で話し合いながら酒場の前へとたどり着き、ジークが酒場の扉を開こうとした瞬間、


「っと、失礼」


 ジークより先に扉を開け、中から使い古された旅装に身を包んだ、しかしハキハキとした活発そうな印象を受ける女が出てきた。

 女は、ぶつかりそうになったジークに会釈をして一旦三人の横を通り過ぎ、


「……あいや、ちょっと待って」


 と言って三人を振り返る。


「ねえ、貴方たち」

「なんだ?」

「ひょっとして、冒険者の中でも優秀な方だったりする?」

「ふん、あんた、これが目に入らないのか?」


 そう言って得意気にヒルドリンデが掲げたバジリスクの首をまじまじと見てから、女は軽く首を傾げた。

 彼女の首にかかった、彼女の他の装備とはそぐわない銀色の首飾りが、チャリチャリと音を立てて揺れる。


「なるほど、バジリスクの首ね。でも、バジリスクの討伐を今さっき遂行したにしては、装備の損傷が少なすぎやしない? 特に貴方、鎧の騎士さん」

「俺か?」

「そう、貴方」


 そう言うと、女はすっとジークに近づくと、なんの躊躇いもなくジークの鎧を検分し始めた。


「……うん、傷ひとつついていない。バジリスクをここまで完璧に無傷で討伐できる冒険者なんて、知り合いどころか聞いたことすらない。どういうこと? 罠でも使ったとか?」

「む……」

(流石に、『見た目が変わっているだけで、実はこれは対魔物なら無敵、普通に使っても最強の防具なんだ』、なんて言うわけにはいかないか)


 ジークは、女に悟られぬよう一瞬だけ考えると、ヒルドリンデの方を見やり、


「彼が倒したんだ」


 と言った。

 当然、いきなり話を振られたヒルドリンデは困惑の表情を浮かべている。


「いやいや、旦那。それはちょっと――」

「そっかそっか、貴方が倒したのか!」

「……え?」


 ヒルドリンデが素っ頓狂な声をあげたのもお構いなしに、女はヒルドリンデの手をとり、力強く握手を交わす。


「なるほど。格好からして、貴方は魔術師でしょう? 強力な魔術を遠距離から放てば、確かに下手な危険を犯すことなくバジリスクを討伐することができる。

良い仲間ね、騎士さん!」

「ああ、そうだとも。彼のお陰で私と私の()は路頭に迷わずに済んでいる」

「ちょっと旦那! だいたい、これ完全に剣で切り落とした傷口じゃないかよ!」

「あーあー、聞こえんな」


 適当にヒルドリンデの文句を流しつつ、女に見えない位置でジェスチャーを用いヒルドリンデに『黙れ』と伝えてから、ジークは女に声をかける。


「それで、貴女は何者だ? なにか我々に用事があったんじゃないのか?」

「あぁ、しまった、失念してたよ」


 女は快活に笑うと、持っていた鞄から一束の羊皮紙を取り出した。


「私は、貴方たち宛に『組合』から依頼を預かっているんだ、ジークさん」


 そう言って、女は羊皮紙を差し出した。……ヒルドリンデに。


「……いや、ジークは俺じゃない」

「え、そうなの?」

「ジークは私だ。彼はヒルドリンデ。私名義で依頼を受けているから、組合には私の名前が伝わっているんだろう」

「あー、なるほどねー」


 ジークの辻褄合わせの方便を、女はいとも簡単に信じ込んだらしい。

 女は納得したようにうんうんと頷くと、ヒルドリンデの顔をじっと見つめる。


「なにか?」

「……いいえ、なんでもない。で、依頼は受けてくれるの?」

「あー、旦那、どうします?」

「んー? ジークさんに訪ねなくとも、噂に名高い貴方ほどの魔術師ならどんな依頼だろうが楽勝じゃない?」

「えーっと、あー、依頼の中身を吟味するのは旦那の仕事なんだよ、いいから渡すなら俺じゃなく旦那にだ」

「へえ、そういうものなの。じゃ、そうしようか」


 そうして手渡された依頼書を一瞥し、ジークは絶句した。


「『依頼主:五柱』だと……!?」


 ジークが驚愕したことが面白かったのか、機嫌が良さそうに女は挑発してくる。


「おやおや、驚いちゃった?まあ、無理もないわよね。なんせ、これは実質『王国の政治に関わる依頼』だもの」

「……辺境伯の調査、か」

「そう。なにやら黒い噂の絶えないズールっていう辺境伯を調査しろ、ってことらしいね」


 内容の字面だけを見れば、多少政治的な重要度が上がっただけで、凶悪な魔物を討伐し続けるのに比べれば大したことのない依頼である。

 ……しかし、ジークは知っていた。元は王国の騎士であったから。


「……王国上部からの個人指名の依頼ってことは、組合への引抜き試験を兼ねてるってことか。

この依頼、なにか裏がありそうだな」

「さあねぇ」


 女はそう言ったが、ニヤニヤとした笑いが隠しきれていない。

 そして、女はそのニヤニヤ笑いのまま、ジークの顔を覗きこむ。


「さあ、どうする? 受けない、という手もあるんだけど」

「よし、受けよう」

「まあ、そうでしょうね。五柱からの依頼だなんて、私ならおっかなくて――え?」

「この依頼、受けさせてもらおう。ヒルドリンデ、ケプ……ケイン、行くぞ」


 そう言って歩き出したジーク達に、すぐに女が追いすがってきた。

 興奮からか、息が弾んでいる。


「ちょっと、そんな簡単に受けるの!?」

「ああ、もちろんだとも」

「でも、依頼主の名前見て絶句してたじゃない!」

「それは、まあ、これだけ早ければ当然だ。それこそ、もうあと一ヶ月はかかると思ってたからな」

「早い……? 何の話?」

「ああ、そうだ」


 町の入り口まで来たところで、ジークは一旦立ち止まる。

 そして、ヒルドリンデが抱えていたバジリスクの頭を受け取ると、ついてきていた女に放り投げた。


「うわわっ! な、なんなの!?」

「それ、納品よろしく」

「ええぇっ!? ちょっとー!!」


こうして、納品の手間と面倒なやつの処理を同時にこなしてから、ジーク一行はズールの屋敷へとやって来たのだった。

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