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10,五柱会議

 ラン・グロース王国の最奥にそびえる王城、グランパレス。

 その一室、一般兵士の立ち入りを禁じられた場所で、『五柱』による会議が始まろうとしていた――



「ったく、もうそろそろ始まる時間じゃねーのかよ」


 陽光の差し込む部屋の中、正円状の机を取り囲むように設えられた五つの椅子。そのうちのひとつに、燃えるような赤い髪の男が脚を組んで座っていた。

 男は落ち着きなく脚を組み直すと、再び悪態をつく。


「なんで他のやつらはこうも遅ぇんだよ。真面目くさって時間前に来てる俺が、なんだか馬鹿みてーじゃねぇか」

「ミハイル組合長、落ち着いてくださいよ。きっとすぐ、他の方々もいらっしゃいますって」


 椅子の後ろに立って諌めてくる従者の男を、赤髪の男――ミハイルは睨み付けた。


「んなこと言って、いっつも開始時間ギリじゃねぇかよ。たまには俺より先に他の柱が来てるトコ見てぇぜ」


 ミハイルがそういい放った瞬間、部屋の入り口に立っていた女中が、遠慮がちに声をかけてくる。


「あ、あのぅ」

「あぁ?」

「ひぃっ! ご、ごめんなさい!」

「あー、待て。別に脅かすつもりはねえよ。用件は?」

「あ、えと、聖バル・バラン教会最高神官、アグニエル・マトワイア様、いらっしゃいました…」

「……なに? それは、本当か?」


 ミハイルがそう問うと、女中の少女は今にも泣き出しそうな顔になった。

 普段から周囲の人間に言われていることではあるが、気をつけていないとミハイルはついつい相手を威圧するような表情を取ってしまうのだ。ミハイルにその自覚は無いが、恐らく鏡でも見れば、そこには『賊』という言葉がよく似合う凶悪な顔が写っていることだろう。

 ミハイルとしては不本意だが、「冒険者管理組合」の長としては悪くもないのでは、と最近思うようにしていたりする。


「ほ、本当! 本当です! ごめんなさい……」

「いや、別に疑ってる訳じゃねえんだけど」


 ミハイルは、なんとか落ち着いて貰おうとなだめにかかる。

 と。女中の後ろの扉が開き、


「おやおや、ミハイル。いくら不機嫌だからと言って、女中の子をいじめてはいけないぞ」


 そう言いながら、黒い髪を肩まで垂らし、眼鏡をかけた男が、もう一人神官らしき女を連れて、部屋へと入ってきた。

 その男に、ミハイルは憮然とした表情で返す。


「俺は何にもしてねーよ、アグニ! そっちこそ、なんでこんなに遅れてきたんだよ」

「遅れた、とは人聞きの悪い。私はしっかり時間前に到着しているではありませんか」

「はん、教会は王城の目と鼻の先だってのによく言うぜ。どうせ、『会議がつつがなく終わるよう、我が主神に祈りを』云々、とかやってたんだろ?」

「まぁ、否定はしませんがね」


 そう言って、アグニエルはミハイルから見て左隣の席へとついた。


 この男、アグニエル・マトワイアは、冒険者管理組合の長であるミハイルとは、お互いに冒険者時代からの旧知の仲である。かれこれ10年以上の付き合いになるため、大抵はお互いのことを『ミハイル』『アグニ』と名前や愛称で呼んでいる。

 と、アグニエルは席につくなり、


「あ、そうだ」


 と言って、懐から銀色の護符(タリスマン)を取り出すと、ミハイルへと放って寄越してきた。


「あぁ?なんだよこれ」

「あなたの部下の冒険者の……グロワールさん、でしたっけ? 欲しがっていらっしゃったようなので。渡しておいて下さい」

「おお、悪いな」


 そうして、ミハイルが護符をポケットにしまっている間に、アグニエルは今度は懐から時計を取り出した。


「さて、あと5分ほどですが」

「あー、残りもどうせいつもみたくギリギリ間に合うんだろ。なんか、イラつくのも馬鹿らしくなってきた」


『ああ、それは良いことだ。精神的に成長できて良かったな、モルボルン』


「……三番手はお前かよ、クルス」


 ミハイルが、右前方の席を睨み付ける。先程まで確かに空席だったはずのその椅子には、どう見積もっても十五、六歳ほどにしか見えない金髪の少女が、青いマントを羽織って座っていた。


「うん、きちんと間に合ったな」


 と、少女――国立魔道学園(クロス・リベリオニス)の名誉魔道博士を務める才媛、クルス=アル=ケリュスが、胸ポケットから取り出した時計のような計器を眺めて満足げに言うやいなや、ミハイルはため息混じりに訪ねる。


「……付き人は?」

「む?」


 クルスは、まるで『今気づいた』とでもいうかのように周囲を見回すと、


「しまった」


 ぼそっ、と呟いて、ミハイルの方へと向き直り、


「どうやら、遅れてくるらしい。気にしないでくれ」


 とのうのうと弁明した。

 が、その直後。


   バチンッ!


 というけたたましい音と金色の閃光と共に、深紅のローブを身に纏った少女が出現する。

 その場にいた全員の注目を集めながら、少女は、肩で息をしつつ、震える手をクルスの椅子へと置いた。


「お、おいていかないで、ください」

「ああ、すまんすまん。今度、君にも緊急時の遠距離転移の魔術を教えてやろう」

「それ、は、どうも」


 少女の言葉遣いは至極丁寧な物であったが、クルスへと向ける目にははっきりとした非難の色が現れている。

 が、そんなことはどこ吹く風と言わんばかりに、クルスは先に来ていた二人の方へと向き直った。


「さて、マトワイア、モルボルン。私の持っている時計が正しければ、……今まさに、会議の開始10秒前のはずだが」

「おう。残り二人はどーせいつも通り――」


「お待たせいたしました、皆さん」

「あーよかった、なんとか間に合いましたわ」


 開いた扉から、甲冑に身を包んだ騎士を一人つれた女、そして王城勤務の者ではないメイドを連れた一目で身分が高いと分かる女、あわせて4名が連れだって入ってきた。


「お前らさ、いい加減時間前行動っつーもんをさ……いや、やっぱりいい」


 注意を促そうとしたミハイルは、それがもう現在のメンバーでの初めての顔合わせ以来5度目の試みであることを思い出し、口をつぐんだ。

 代わりに、アグニエルが口を開く。


「ハイリさん、リリーベルさん。お二人共、今日も仲がよろしそうで。結構なことです」

「それはどうも、マトワイアさん」

「ですが、時間に余裕を持って行動するのも大事な― 」

「それでは、余計な会話は切り上げて、すぐにでも会議の本題に入りましょうか」

「……」


 苦虫を噛み潰したような笑顔を向けてきたアグニエルに、ミハイルは「徒労だ」という意味を込めて肩をすくめて見せる。

 にべもなく会話を切り上げた先の女、王国騎士団の長である彼女(ハイリ)が人の話を聞かないのは、もはやダニエルにとっては周知の事実である。


(王族のくせして人の話を聞かないってぇのは、如何なもんかと思うがね)


 などと考えていると。


「――モルボルン」

「あ?」

「……聞いていましたか?」

「あー、悪い。頭に入ってなかった」

「…………はぁ」


 ハイリのその人を小馬鹿にするようなため息に、ミハイルは、危うく罵倒の言葉を口に出しそうになるのをこらえ、聞きただす。


「悪かったって言ってるだろ。いいから教えてくれよ」

「……最近、高難易度の依頼が、地方の冒険者によってことごとくこなされているという話を聞いたのですが」

「あ、それは私も小耳に挟みましたわ」


 ハイリの言葉に、彼女の対面、ミハイルの右隣にいたリリーベルも同調する。


「おや、筆頭貴族のリリーベルお嬢様の耳に、冒険者風情の噂が届いていたとはな。驚きだ」

「もう、クルスさまったら、意地の悪いことを言わないでくださいまし!」

「あー、とにかく、辺境に優秀な冒険者がいるっつー話なら、俺も把握はしてる」


 ミハイルがそう言うと、左方向の対面にいたハイリが、信じがたい愚か者を見るような目で見つめてきた。


「度しがたいほどの愚行ですね」


 というか実際に言われた。


「実力のある冒険者の引き抜きはあなたの仕事ではないのですか?」

「んなこと言ったってよ。『実力者』として紹介するには、しっかり実績として見せてもらわんことにはな」

「……冒険者の実績として、『ワイバーン』や『ミノタウロス』の討伐では不十分、という認識で宜しいのですね?」


 ハイリのその言葉に、一瞬その場がざわめく。

 つまり、その言葉から察するに、その冒険者は高難易度討伐依頼の対象であるそれらの魔物を平然と狩ってくることの出来る人材、ということだからだ。

 しかし、ミハイルは頬の片側だけを吊り上げて笑った。


「強い魔獣を狩れるから優れた冒険者だというのは早計だろう。他の仕事もこなせないとな」

「……つまり、試験という体面にかこつけて処理したい案件があるということだな?」

「そこまではっきり言われると困るんだが。ま、ご名答だ、クルス先生」


 そこで、ミハイルは表情を引き締め、手を組む。

 すると、他の四柱もそれぞれが真剣に聞く姿勢をとった。


「……辺境伯のズール、分かるだろ?」


 ミハイルのその一言で、他の四柱が一斉に渋い顔をした。


「……なるほどな、だいたい理解したよ、ミハイル」


 神職ゆえの温厚な性格で通しているアグニエルですら不快さを隠せないでいるのには、理由がある。

 件の辺境伯、ズール伯爵は、前々から好色家で知られていた。裏で人身売買を行い、亜人を奴隷として飼っている、などの黒い噂の絶えない男である。そしてその傾向は、現王の治世になってからさらに酷くなっていく傾向にあり、加えて最近はあろうことか、魔物を奴隷として使役している、という噂話がまことしやかに囁かれるようになってきているのだ。


「ことの真相を確かめるべく冒険者を派遣するも、皆行方知れず。こんな案件、実力を測るにはちょうどいいだろ?」


 ミハイルのその言葉に、ハイリは先程とはうって変わった心配そうな口調で訪ねる。


「しかし、その冒険者の方が命の危険にさらされるのは、あまり看過できないというか……」


 さっきまでの傍若無人な振る舞いとは正反対の、それとなく冒険者に対する優しさがにじみ出た発言を、しかしミハイルははねのけた。


「冒険者なんて多少怪我するくらいが普通だっつの。それに、いやそれこそ、大型の魔獣相手に渡り合える奴なんだ。ちょっとやそっとじゃ死なんだろう。

んで、他に質問のあるやつは?」


 ミハイルが部屋を見回すと、リリーベルが控えめに手を挙げる。


「ずっと聞きそびれていましたけど、その冒険者の名前は何て言いますの?」

「名前? あぁ、そうさな――ジーク、とか言ったっけ」


 ……魔物云々の話が出た時とは比にならないほど、部屋中がざわついた。

 それも当然といえば当然のことだ。救国の英雄である騎士、ジーク・アルケニウスが王の一存で処刑されたのは、まだだった一ヶ月ほど前の話である。そのことがまだ記憶に新しいところに、「ジーク」を名乗る冒険者が現れれば、幾らなんでも動揺するのも致し方ない事であろう。

 なにせ、初めて名前を見たときは、鋼の精神を持つことで知られるミハイルでさえ戦慄したのだ。他の者たち、特にミハイルと同じく直接の師弟関係にあったハイリなどは、驚きもひとしおであろう。

 しかし、そんなざわついた空気を断つかのごとく、ミハイルは無理やり確認をとった。


「反対意見のある者は、ハイリ以外には居ないな? よし、それじゃこの案件は俺が進めておく。他に議題は?」

「あ、ああ。それじゃ、私の方から――」


 アグニエルが話しはじめてから、ミハイルは、自分の請け負ったこの案件をどう進めるかを熟考し始めることにした。

 得体の知れない、毒とも薬とも知れぬ冒険者をどう扱うか、その妙案を探るために。

 ……そのせいか、この部屋に思い詰めた顔をしている人物がいたことに、ミハイルはついぞ気づかなかった。

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