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9,もう一人の復讐者

「私の主人、だと? 一体どういう意味だ」

「そうだな。詳しく説明してもいいが、取り敢えず――」


 そこでわざとらしい咳払いを挟み、ヒルドリンデはにやりと笑った。


「苦しいから、どいて欲しいんだがな」

「……」


 退かねば話を始める気は無い、と言わんばかりのヒルドリンデの顔を見て、ジークは渋々押さえつけていたヒルドリンデを解放した。

 ヒルドリンデは今度は大袈裟に伸びをすると、まだ手に持っていた杖の切れ端を床に放り投げ、腕を組む。


「それじゃ、まずは動機から話させて頂こうかな。あんた、自分が処刑される直前に行われた『大粛清』はおぼえてるよな?」

「「……ああ、もちろんだ」


 ――忘れるはずも無かった。


 『大粛清』とは、ジークの弟子でもあった現国王ローゼン=グラントス=ロードギヌスが王位を譲り受けて早々行った、言うなれば「選別」だ。王国を支えるいくつかの主要機関から無作為に数名を選出し、あるものは処刑し、あるものは国外へ追放するなどして見せしめとし、それに反発する者たちも同様に処罰していったのだ。

 当然、そんな暴政を受け入れることの出来なかったジークも王家剣術指南役という立場から王に意見した。しかしそれが聞き入れられることはなく、また『これまでの王家への貢献により一度だけ恩赦を施す』として処罰を受けることもなく、有り体に言えば「黙殺」されたのだった。


(それからしばらくして俺が処刑されたのも、恐らくは当時反発したことに起因しているのだろう…だが)


 しかし、今重要なのはそこではない。


「あれを引き合いに出すということは、貴公は……」

「お察しのとおり、『大粛清』の被害者の一員ってわけさ。まあ、俺は『魔道学園からの放逐』っつー、比較的軽い罰で済んだが」

「軽いだと? まさか、強がりを言うんじゃない」


 ジークは、ヒルドリンデの口調が余りにも軽いことが不審に思えた。

 『国立魔道学園 クロス・リベリオニス』……それは、王国の全ての少年少女と、ラン・グロース王国に籍を置く大半の魔術師が勉学を修める施設である。クロス・リベリオニスには、どんな者だろうと入学を許され、よほどのことが無い限りは普通にしていれば在籍し続けられるほど、あらゆる学を志すものに寛容な場所だ。

 しかしそれは、裏を返せば『魔道学園から放逐された者はよほどの人間である』という論拠にもなりうる。

 つまり、『魔道学園からの放逐』とは、その人物の未来がほとんど閉ざされることを意味するのだ。

 しかし、それだけの厳罰を課されているにもかかわらず、ヒルドリンデの平然とした態度は変わらない。


「別に、そんなことは構わないのさ。放逐されたものの、俺は魔術師としてはそれなりに優秀なほうでね。こうして冒険者として働けば、ある程度の金銭が稼げる」


 そこまで言って、ヒルドリンデは拳を強く握りしめた。


「だから、こんな罰ですんだ俺は運が良かった。……いや、済んでしまった、の方が正しいか」

「……済まなかったのは、貴公の友人か?」

「あぁ、察しがいいな。だいたい、そんなところだよ」


 そう言って、ヒルドリンデはジークに憎悪のこもった眼差しを向けてくる。


「あいつは、俺の処分に反対しただけだったのに。俺は追放で、あいつは重罪監獄で禁固刑ときた。……結局、刑期を全うする前に病気で死んじまったが。もともと、体が丈夫な奴じゃなかったからな」

「……復讐か」

「その通り!!」


ヒルドリンデは両腕を広げると、まるで歌っているかのように言葉を紡ぐ。


「王族は皆殺し。家臣も皆殺し。国民も皆殺し。それでもまだ、奴を罰してやるには半歩足りない。それに、罪もない者まで手にかけていたら、あいつが悲しむ」

「なら、どうするつもりだ?」

「どうって、きまっているじゃないか」


そう言うと、ヒルドリンデはジークを指差した。


「ここに、うってつけの人材がいるじゃあないか。現王への復讐に、あんたほど最適な奴は、二人といないさ。かつての師であり、また国を救った勇者でもあるあんたによって全てを否定されることこそ、奴にとって最も苦痛に違いない。

そうだろう?()救国の英雄、ジーク・アルケニウス」


 わざと強調したのであろう『元』のことには触れず、ジークはしっかりと話を聞くため、一旦聖剣(ケプファ)から手を離した。

 人の姿へと戻り、苛烈な表情でヒルドリンデを睨みつけるケプファをそのままにして、ジークは会話を続ける。


「最適、とは、どういう意味だ。王都から逃げてきた背信の騎士に、何か出来ることがあるとでも?」

「そうだよ、そこだよ。あんたが王に憎しみを抱く者であることに意味があるんだ。加えて、王の側近であったこともな」


 その言葉で、ジークは、この魔術師の青年が何を望んでいるのかを理解した。


「……俺を、復讐の手駒として使うつもりか」

「手駒ってのは、少し違うかな」


 ヒルドリンデは、肩をすくめるとジークの横を通り過ぎ、適当に椅子を見繕って座る。


「どちらかといえば、優秀な戦闘係ってところ?俺、戦士や魔物とかと斬り結べる自信ないし。あとは、まあ、王にしっかりととどめを刺して頂ければ、俺はそれで」

「……物事を頼む割には、頼み方が少々不躾じゃないか?」

「それでも、あんたは俺と手を組まないわけにはいかないだろう? 人ではなくなったあんたがお国に復讐するには、他に手はないはずだ」

「ジーク」


 唐突に声を発したケプファは、ジークとヒルドリンデが自身に視線を移したのを確認してから、再度口を開いた。


「復讐なんてなにも生まない。こんな奴と手を組む必要なんてないはずだよ」

「決めるのはあんただ。どうする、ジーク?」

「……」


 ジークは、少しだけ逡巡した。……答えは決まっていたが。


「お前の依頼を承諾しよう、ヒルドリンデ」

「……それでいいの、ジーク? ローゼンの首をとったところで、それがエスメラルダさんの弔いになるとは限らないんだよ」


 ジークは、思いとどまらせようと説得を続けるケプファの頭を撫でた。


「すまない、ケプファ。これは、私の――俺のやりたいことなんだ」

「……後悔しないのね?」

「ああ。御免な、我が儘を通してしまって」

「いいよ、いまさらだもの」

「だな。はは、面目無い」


 そうしてケプファと笑い合うと、ジークはヒルドリンデの前へと歩み寄った。


「だが、一つだけ注文をつけさせてもらう」

「なんだよ?」

「これは、お前の復讐でも、俺の復讐でもない。『俺たちの』復讐だ。それを肝に命じておいてくれ」

「……それは、どういう意味だ?」

「ふん、どうもこうも」


 ジークは軽く笑うと、ヒルドリンデの頭に手を置く。


「新しい相方で、かつ若人(わこうど)であるお前一人に重荷を負わせるのが気分が良くない。それだけの話だ。ただ悪戯に血を流すだけが復讐ではない」

「おいおい、あんた……」

「諦めなよ、ヒルドリンデ」


 ヒルドリンデがジークの言葉に苦笑いを返すと、横から、心底呆れた顔のケプファが口を挟んだ。


「ジークはこういうタイプの性格なんだ。これからかつての主に反旗をひるがえすって時にこれだよ。ひょっとしたら、『ローゼンには反省と悔恨の機会を与えてやりたい』くらいは考えてるかもね」


 ヒルドリンデは一瞬面食らったように目を見開く。


「正気か? だって、あんたの奥さんは――」

「エスメラルダの死は、ローゼンが直接的な要因となったわけではない。貴公の友人もそうだろう、ヒルドリンデ」

「だからって、あんたは野郎を赦せるっていうのか?間接的には、あんたの奥さんを殺したのは奴だろうに」

「だからこそだ。だからこそ、奴には生きて、己の行ったことの責を受けて欲しいんだよ」


 ジークが重ねて言うと、


「ま、とにかくそういうことだから。これからよろしく、ヒルドリンデ」


 ケプファも面倒臭そうに言ってから、ニヤリとヒルドリンデに笑いかけた。

 と、今度はヒルドリンデも少しだけ嬉しそうな笑みを浮かべる。


「そうか。あんたの復讐は、そういうカタチなんだな。……ま、まあ、俺だって人を殺める必要がなければそれに越したことはないし」


 ヒルドリンデは自分に言い含めるようにそう言うと、少しだけバツが悪そうにジークたちと顔を見合わせた。


「それじゃあ、その……俺も、血を流さない方向で行きたいと思う。こ、これからよろしくな、旦那、姐さん」

「……やっぱ、姐さんは却下で」



「さて、話すべきことは話し終わったかな。他に聞きたいことは?」

「ああ、そうだ。私たちで(ローゼン)を打倒するのはいいが、どうやって王都まで潜入するんだ?

まずは、それを考えなければいけないのではないか?」

「「え?」」


 ヒルドリンデとケプファが同時に困惑した声を発し、そして互いに顔を見合わせると、ヒルドリンデがジークに問いかけた。


「なあ、旦那? それを分かってて、手駒云々の話が出てきたんじゃないのか?」

「いや? ただ、会話の端々にそういう雰囲気がにじみ出ていたものだからな」

「……まあいいや、どうせそれも一回は説明するつもりだったし」


 ヒルドリンデは苦笑いしながら立ち上がると、立て掛けてあった箒の留め金を外し、柄を引き抜く。

 それは、ただの箒の柄などではなく、ジークの素人目にまで分かるほどの魔力を秘めた、精巧な魔術の杖だった。


「防犯用に使ってた型落ちのスペアは、さっき旦那にぶった斬られちゃったからな」


 あっけにとられているジークとケプファに向かってそう告げると、ヒルドリンデは、部屋の中心にあった丸机の上に杖を掲げ、口を開く。


詠唱短縮(コードオープン)。顕現せよ、夢幻の霞。《リバイバル・ファントム》」


 それは10秒にも満たない詠唱であり、しかし出現したのは、大きめであるはずの机から辛うじてはみ出さないほどの大きさの、王国全土の立体地図だった。


「ちょ、ちょっと! なによ、それ!?」


 突如、ヒルドリンデの詠唱を眺めていたケプファが、大声で叫ぶなり机へと駆け寄った。そして、精緻な青白い虚像をまじまじと眺めると、


「……すごい、ちゃんと発動してる」


 と、感心したように漏らす。

 その言葉を聞き、ヒルドリンデも少し得意気な顔をした。


「もちろんだ。詠唱を短縮しても魔術の精度は全く落ちない、俺謹製の『短縮術式』だよ。まあ、姐さんの『秘匿術式』とはレベルが違うが」

「だから姐さんはやめてってば。……ふうん、便利な能力だこと」

「お褒めに預かり恐悦至極、ってね」

「そんなに凄いのか?」


 状況を把握できないジークがそう訪ねると、ケプファとヒルドリンデは揃って「やれやれ」とでも言うように首を振った。


「まーねー、ジークは魔術関連の知識には乏しいからねー」

「精度を保持した詠唱短縮のスゴさがわからないんじゃ、旦那もまだまだだなぁ」

「……説明してくれるか?」


 ちょっぴり機嫌を損ねたジークが憮然とした態度で尋ねると、ケプファが無い胸を張ってジークの前に立つ。


「じゃあ、不肖(魔術に造詣の深い)私が、ジークに『詠唱短縮』のなんたるかを教えてしんぜよう!」


 先ほどまでの険悪な雰囲気は何処へやら、上機嫌なケプファは説明を始めた。


「『詠唱短縮』っていうのは、まあその名の通り、魔術を使用する際に必要な詠唱を、出来る限り短くすべく編み出された技法だよ。短縮の為の文言を詠唱に取り入れたり、刻印を杖に刻んだり。

ま、ヒルドリンデのは『天然モノ』だけどね」

「天然?」

「ようは、生まれつきの特技ってこった。俺自身が構築した術式あっての効能だがな」


 苦々しい顔でそう言ったヒルドリンデを気遣い、ジークは話を元に戻す。


「それはわかった。それで、王を倒す手段は? 単機で攻めるわけにはいかないのか」

「無理に決まってるだろ?」


 ジークの言葉に、ヒルドリンデは呆れた顔で首を振る。


「例え旦那が伝説の装備に身を包んだ元勇者でも、王都には『五柱』や『騎士団』どもが居る。どうあがいても絶望的だ」

「む、それもそうか」

「冗談で言ったわけじゃなかったのか……いや、まあいい。そこで、旦那の出番というわけだ」

「なに? どういうことだ」


 ジークが首を傾げると、ヒルドリンデは机の前から、ジークの前へと歩いてくる。


「この地図を見てもらっても分かる通り、この国は広大だ」

「ああ」

「そんな大国の情報の多くが集まるのは、一体どこだと思う?」

「……それは、まあ、『組合』の本部だな』


 一般に、「冒険者」と呼ばれる職業はいわば何でも屋であり、様々な依頼が、日々依頼者から「冒険者管理組合」という団体を通して冒険者へと届けられる。

 その『組合』の支部は各地に散らばっているが、本部は王都に存在しており、そこで各冒険者の実績と照らし合わせ、斡旋する依頼を各地の支部へと配布しているのだ。

 実際、リインやドナーが働いていた集会所も、組合の後援を受けて依頼の仲介をしている。


「で、その組合本部がどうかしたのか?」

「鈍いなぁ、旦那」


チッチッ、とキザに指を振ると、ヒルドリンデはニヤリと笑う。


「旦那、確か冒険者上がりの騎士だったろう? それなら、分かるんじゃないか?」

「……なるほど、有力な冒険者の噂は、当然本部へも届く。そうして重要な依頼を受け、それをこなして組合直属の冒険者になって、王都へと潜り込むわけか」

「そのとおり! まぁ、ついさっきリインと話してて思いついた策だけどな」


 ヒルドリンデがそう言ったのを聞き逃さず、ケプファはヒルドリンデの顔をジロリと見上げた。


「復讐者っぽい高説を垂れておいて、自分だって行き当たりばったりじゃんか」

「いやいや、俺だって元々は無血報復なんて考えてもなかったしさ。副案として考えてたこれが、一番良さそうだと思ったから急遽ね」

「私も含め、冒険者から騎士に取り立てられた例はわりとあるからな。うまくいけば、直接王と相対することも可能かもしれん。それが、私たちの復讐の糸口になるかもな」

「ま、そいつは希望的観測だな。と、いうわけで」


 そこで言葉を切り、ヒルドリンデは扉の方へと呼びかけた。


「リイン、出番だぞー!」

「はーい、待ってましたぁ!」


 バァン、とけたたましい音を立てて部屋に入ってきたのは、先程集会所に居た受付係の亜人の少女、リインだった。彼女は、抱えていた紙束を、ヒルドリンデが魔術を解いて何もなくなった机の上に放り投げるように置くと、ジークの顔を覗き込む。


「ジークさん。冒険者、なってみませんか?」

「……なんだって?」

「昨今、勇者が魔王を退治したことによる魔物レスの影響が収まり、ここユースティンの近隣にも魔物が生息・繁殖するようになったおかげで、冒険者の数自体は増えました。しかし、かつての冒険者たちの成り上がりスピリットはなりを潜め、凶悪な魔獣の討伐や、禁書および魔具の回収と言った高難易度任務を受注する人が減り、ノルマは達成されず、本部からの叱責のお手紙と私の心労は尽きるところを知りません。このままでは、私が失職する危険が危ない。それに付け加えて言うならば――」

「ま、まて、待ってくれ」

「あれ、前口上必要ありませんでした? まあいいですけど。ええ、働く意欲があるのは実に良いことですとも。勤労就労誠に結構、さあこの書類にサインを」

「待って、頼むから待って下さい。……ヒルドリンデ、ちょっと来い」


 そう言ってヒルドリンデを部屋の隅へと連れてくると、ジークは一気にまくし立てた。小声で。


「おい、なあ、あの子は大丈夫なのか!? 亜人の少女ゆえ心に傷を負っているのならまだ分かるし、おれもそういった奴は見た経験がある。しかし、あれはそういったものとは違う、なんというか、狂気を感じるんだが!

本当に普通の冒険者の仕事をこなすんだろうな!?」

「旦那」


 ジークの口撃に対して、ヒルドリンデはただ一言、


「ファイト!」


 と返すと、ジークを引きずってリインの元へ戻ってきた。


「あ、おはなしは終わりましたか? それでは、この書類にサインと、必要事項の記入を、どうぞ」

「……はい」

「いやー、難しい依頼が全く片付かなくってほとほと困り果ててたんですよねー。助かりますです。あ、ジークさんと、えーっと」

「ケインでーす」

「ケインちゃんのお部屋は、ヒルダさんのすぐ隣のお部屋にしておきますね」

「……もう、なんでもいい……」


 ――――こうして、復讐の騎士ジークの、冒険者としての日々が始まった。

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