勇者小隊8「英雄達」
バヂヂヂ…──ジュバァァァッァン!!
青白い稲妻が迸り、上空を覆い尽くさんばかりに放たれた矢を薙ぎ払う。
しかし、それは全ての矢を焼き焦がすには至らず、いくつかの取りこぼしが降り注いだ。
「ぐぅぉおお!! クリィィィス!」
振り抜いた刀を納刀する暇もなく、血反吐を吐くかのようにエルランが叫ぶ。
「しょ、承知した!!」
クリスは折れた剣を投げ捨て、盾を構えるとタイミングを見計らい───
「神域結界!!」
薄ーい結界を張り、降り注ぐ矢をはじき返す。
一斉射目を防ぎ…いやがらせの様に降り注ぐ、偏差射撃の矢の雨も防ぐ…
時間差を置いて降り注ぐ矢は、非常に厄介だ。……気を抜いたところにズドンと突き刺さる。…だから、気を抜けない。
──なんとか防ぎ切り小隊の被害を局限すると、
代わりに自分に降り注ぐ矢は、結界を薄くして自らの装甲と盾で防ぎきった。
カン、キィンという耳障りな音が、空気中に跳ねる。
「エルラン! いつまでも、もたんぞ!!」
最後に、空気を切り割いて振ってきた極太の投げ槍を盾を振り抜いて弾くと、クリスは悲鳴にも近い声で言う。
「怒鳴るな! 凌げ! 凌ぎ続けろ!」
凌げ凌げとエルランは言うが、周囲の降り注ぐ矢の量は一向に減らない。
多少の魔法なら掻き消せるエルランの雷鳴剣であっても、当初の勢いはもうない…
すでに何十本と矢を取り零しているほどだ。
「敵は大部隊よ!? 無理だって!」
ただの流れ矢迎撃装置に成り下がっているミーナが悲鳴を上げる。
──現状では、暗殺者ミーナに出来ることはさほどない。
せいぜい自分に降り注ぐ矢を躱すか、切り飛ばす位なもの。
「敵中突破を図ろうにも…ビランチゼット、か」
クリスの鼻に土の溶ける匂いが漂い、その嗅覚を刺激する。
臭いの元をたどれば…焼け焦げた地面。
円周陣を組む勇者小隊に面する地面の一角は、奇妙な形に大地が抉れている。
それはまるで── 一直線に放たれた竜のブレスが地面を焼いたかのごとき有様で、真っすぐに伸びた高熱による擦過痕がくっきりと残る。
そして、その軌跡は勇者小隊へと伸びており、その延長上にいる小隊へ着弾していた。
だが、その着弾は彼らに損害を与えていない。それは…何かに防がれたかのように綺麗に半円を描いて爆発痕を残している。
爆発の痕はまるで溶鉱炉の如き有様で……未だドロドロと地面が燃え溶けている。
少し離れたところでは地面は冷え始めていたのだが、その周囲にはキラキラと光るガラス結晶が浮かんでいた。
地面がガラス化する───そのほどの熱量だ。
「カハッ! …カカカ、まだまだ…カフッ…」
血交じりの痰の吐きつつ、ファマックは杖にすがりつき辛うじて立っている。
「爺さん! ヘバルなよ!」
「…年寄りは労われ、ワッパめが…!」
ブツブツと愚痴をこぼしつつも、シャキと立つファマック。
杖にすがりついていたのは演技だったのだろうか。
「物資はどれほど持つ?」
ゴドワンは、大剣を手放さず、鋭い視線で前方を睨み付けながら背後に語り掛ける。
「ポポ、ポーションはまだ余裕があります…でも、」
回復薬や、その他医薬品。
魔力を微々たる量だが充填してくれる薬も、こういった事態の備えて勇者小隊はかなりの量を揃えていた。
現状、役立たずのシャンティは異次元収納袋の中身を管理していたのだが…
「神酒やエリクサーは在庫がないです…」
すでに、ファマックが何本も神酒やエリクサーを飲み干しており、在庫は尽きようとしている。
彼でなければ、ビランチゼットの攻撃を防げないとはいえ…ギリギリの攻防だ。
それ故…
───現状は釘付け。
突撃しようとすれば、遠距離かつ正確な魔法攻撃を喰らう。
なにせ、攻撃動作に移ろうとして、下手に防御姿勢を解こうものなら、魔法狙撃だ。
防御できなければ、たちまち消し炭にされる。
ビランチゼットの魔法は流星砲ほどの広域攻撃はできないものの、狙撃制度と威力を重視したもの。
持続性はないものの、瞬間的な火力は絶大だ。
流星砲に、比していうなら魔力砲とでもいうのだろうか…
勇者小隊の救いはと言えば、それが連射できないという事のみ。
それは、ファマックの障壁を一面に集中して辛うじて防ぐことができる代物で…
防ぐファマック自身は、魔法そのものは防げても、その余波である熱風などは防ぐことができずに受傷。
ポーションでは追い付かず、クリスが隙を見て回復魔法と併用するか、エリクサーを使用して何度も回復させねばならない程に負傷していた。
なにより、問題なのはファマックの年齢だろうか…
ポーションは人間が持つ回復力を、超速で促進するもの。
当然、若い人間ほど自然治癒力も早く…ポーションの効きも良い。
しかし、老齢に差し掛かれば自然治癒力も低下するため、ポーションの効きも落ちるのだ。
故にファマックの怪我は、どんどんどん…どんどんどんどんと──増えていくばかり…
「あと何回凌げる?」
ゴドワンが静かに聞く。
彼は、もはやこうしてピンチに陥る状況に慣れ始めていた。
その彼から言わせれば、前回の流星砲に曝されている時より幾分マシだという。
「さぁて…1回か、2回か…300回かのー? カカカカ」
声でこそ笑っているものの、ファマックの目はちっとも笑っていない。
既に彼の中では結論は出ているのだろう。
「わかった…1回防げれば十分」
ゴドワンはここで初めて動く。
組んでいた円周陣が崩れたことで僅かに覇王軍側の動きが変わり、それが空気の流れとして肌に感じられた。
「おい! ゴドワン! 勝手なことをするな!!」
エルランは敏感にその兆候を感じ取り、ゴドワンを叱責し、押しとどめようとする。
「今は凌げ! 耐えていればいいんだ、連合軍か、勇者が来れば戦況は変わる!」
そうだ…
エリンの目標である八家将はここにいる。
そして、連合軍の目的である砦の占領もここに掛かっている。
彼女がこの事態に気づけば勝機はある!
連合軍が突破すればチャンスはある!
辛くとも、今は耐え時───
広大に過ぎる要塞線の一角は、勇者小隊のキルゾーンとしてあらかじめ準備されていたらしい。
砦の主要部分と思われた施設のほとんどは、張りぼてか、偽装された無人施設だった。
大工事に見せかけた偽装工事は文字通り偽装であり。覇王軍の築城の焦点は地面に掘られた多数の溝にあった。
一見すれば用水路に見えるが、それは兵士が並んですれ違えるほどの通路になっており、覇王軍の主力はその中に潜んでいたらしい。
そして、決死隊だけが砦の施設に常駐しており、彼らは勇者の突撃を知ると一目散に後方へ逃走…
勇者はまんまとその策に捉えられ…猪武者の如く追撃を開始した。
──少し考えればわかる違和感も、エリンにはわからない。
言われた通り、八家将を探して突撃…
彼のものがいるとおもわれた、八家将旗がたつ施設は偽装だった。
だが、予後の策であったのか、別の八家将旗がはためく一団が遁走開始。
当然エリンは追う。……どこまでも。
現在は、無人のごとき要塞線の奥まで浸透していった。
こうして、まんまと勇者をやり過ごした覇王軍は、満を持して攻撃開始。
そして、隠れ潜んでいた主力が一斉に攻撃を開始する───
まるで湧くが如し、
冷たい地下水が染みでた、不潔な塹壕に辛抱強く隠れていた彼らは、虐殺の瞬間を待ちわびて…
飛び出すや歓喜の声をあげ──ない。
彼らは冷静。
伏した忍耐をさらに継続し、無言で攻勢に転じる。
一言も、発せず──
泥にまみれて疲労しているにも関わらず、
冷静に、
冷淡に、
冷酷に、
敵を───薙ぐ。
それは、
それはそれは鮮やかに、
教本通りの、伏撃、蹂躙、突破──etc
余勢を駆って突撃を開始した商業連合の傭兵達が一撃のもとに霧散、瓦解、消滅…
既に包囲網に捕らわれた、砦に突撃した勇者小隊と──
……楔を強化するべく、追随するはずの連合軍先鋒を次々に包囲した。




