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第8話「鬼神のごとく」

 努めて感情の籠らないように平静の声で話す。

 まるで他人事のように、どうでもいいことの様に、何気ないことの様に──。



 そうでないと、俺の涙腺がもちそうにないから……。

 やるせなさと、キナの底なしの優しさにおぼれてしまうから……。

 どうしようもない悔しさと、愛おしさが溢れてしまうから……。



 キナ聞いてくれよ……。



 ここを出た日から、毎日毎日……。

 毎日毎日。

 剣戟の音が常に付きまとっていた──エリンが「手厚く保護」されたての後──連合軍の突然の呼び出しに、取るものも取らず家を出たバズゥを待っていたのは……。

 勇者小隊に合流するまでの、シゴキともいえるキツイ訓練。


 文字通り血反吐(ちへど)を吐きながら鍛え直した体はもはや(いち)『猟師』のものではなかったが……それを上回る化け物クラスの人類の英雄たち。


 出自も高貴なモノたちばかりで、平民でかつ貧乏人で無学で浅慮なバズゥは──陰日向と、差別を受ける日々。


 それでも、エリンのためを思い必死の思いで食らいつき学び努力し、何とか前線に立てるまでに鍛え上げた。


 そして、ようやく出会えた───あの日。


 見知らぬ者に囲まれ、戦いの日々に身を置くことを強要された姪……エリン。

 暗く沈んだ顔は、世話役や護衛に囲まれてもなおのこと──暗く沈み生気を感じられなかった。


 エリン。

 あぁ、エリン。


 ようやく、ここまで来れたよ。


 ……?

 ──叔父さん……?


 バズゥを見て──、瞳に生気が戻る姪っ子。


 姉さんの面影そのままで……俺の唯一無二の肉親。

 そう、最後の肉親。

 血と(えにし)


 パッと立ち上がり、バズゥの加齢臭が少々漂い始めたその胸に、躊躇いなく飛び込んでくるむエリン。

 人類最強の姪は、華奢で小さく……(いと)おしかった。


 ゴメン……待たせたな。


 俺が伝えれば、満ち満ちた笑顔を見せたエリン。

 だが、再会を喜んだのも束の間。


 勇者の活躍で南大陸の失地を回復した連合軍は、勇者軍を再編成。


 精鋭の中からさらに選抜──人類最強部隊、勇者小隊の編成が行われた。

 選抜された勇者小隊を尖兵に、ついに反撃を開始。


 北大陸侵攻の序章……シナイ島制圧作戦が開始された────。


 のちに地獄のシナイ島戦線と、呼ばれるかもしれない……血で血を洗う、この世の地獄の大戦線。


 当初の予想とは違い、勇者小隊をもってしても大量の戦死者に次ぐ戦死者。

 先頭に立つのは、勇者エリンと脇を固める最強編成──勇者小隊。


 それでも、英雄人は死ぬ。

 勇者は死なない。

 上級職の英雄でさえ死ぬ。

 それでも、勇者は死なない。



 人の命が羽よりも軽い戦場──。



 エリンの望みもあったとは言え、保護者として──無理矢理勇者小隊の編成に加えられたバズゥ。そして双肩に人類の命運を背負わされたエリン。



 俺達二人がともに戦い、生きた日々は、最悪の戦線と化したシナイ島戦線。まさに──地獄の日々だ。



 南大陸から侵攻する人類の前に立ちふさがる覇王軍の縦深陣地。

 敵の前線基地たるシナイ島は、人類を寄せ付けない罠と、敵と、悪意に満ちていた。

 連合軍も徐々に勢い衰え、無敵の勇者小隊だけを頼りに遅々と戦線を進めるだけの毎日。


 ついに連合軍は、損害に耐え兼ね行動停止し、支援の勇者軍で前線を構成。

 勇者小隊だけを攻撃戦力として活用する事を決定した。


 勇者の力だけを頼みにし始めた人類は、小さな少女の心などお構いなしに──前へ前へと進めと命じる。


 倒れ伏す英雄たちを乗り越え、進む勇者。


 不死とすら思える体は、多少の傷などものともせず癒し尽くし、

 倒れた英雄も、死の(ふち)を覗きさえしなければ立ちどころに回復させる力。


 魔族の長を引き裂く膂力に、覇王軍の英雄すらも(ひる)ませる闘志。

 千の軍勢をなぎ倒す(スキル)と魔法の混合に、万の魔族を浄化する勇者の力。


 強敵も、魔族も、覇王も、──勇者さえいれば打ち破れる。


 千の犠牲よりも、勇者を前へ!

 万の死体よりも、勇者を前へ!

 億の負傷よりも、勇者を前へ!


 前へ!

 ――前へ!

   ――前へ!



 歓喜する人類は、エリンを祭り上げるが歩みを止めさせはしない。 



 進め!

 進め!

 進め!


 進め進め進め進め進めぇぇぇぇぇ!!!!!!



 エリンが、



 まだほんの少女であることなどお構いなしに──人類の希望という重りを手足に縛り付けて……!


「魔族を切れ」

「覇王を討て」


「敵に容赦するな」と強要する!!




 彼女が、心が、姪が泣いているなんて知りもしないで────。




「でも、貴方がいた……」

「そう……思っていたんだ」


 エリンが鬼神のごとく立ち回る中、何もできず他の英雄と同じようにエリンの背中を見ているだけしかできなかった。


 そして、時にはエリンも取りこぼす。

 勇者が討ち漏らした敵が殺到し、それを叩き伏せるだけの英雄達。

 だが、覇王軍の長は、全てエリンが切り伏せた。


 英雄達は、ただエリンの背後を守るだけ。バズゥもそうだった。


 保護者として連れてこられたものの……保護されているのはバズゥ。

 時に傷つくこともある。どんなに防いでも隠れても覇王軍の数は圧倒的。


 強大なまでの魔法にスキルは、流れ矢のごとく──無力有力など気にもしない。


 バズゥが傷つけばエリンは、守ろうとする。


 どんな戦機があろうとも、

 どんな機会があろうとも、

 どんな正義があろうとも──。


 その真っ赤に染まった顔で笑って「大丈夫だよ」とバズゥに囁くように……。ダイジョウブダヨ──って言うんだ。



 言うんだよ。

 そう……イウンダヨ──エリンが……。



 仲間は傷つき、時には死ぬこともある。

 だけど、エリンは顧みない。

 戦いが終わるまで決して振り返らない。



 すべてをなぎ倒すまで止まらない。



 バズゥを除いてエリンは止まらない。

 止めない、助けない、救えない。



 俺だけ、

 バズゥだけ、

 叔父さんだけ、



 大丈夫だよ───って。


 大丈夫だよって……。



「バズゥ……あなた……」

「うん……勇者小隊の連中が俺を弾劾(だんがい)したとき……ショックだった、だが同時に……ホッとしていたんだ」



 だって、俺はただの『猟師』で───姪は『勇者』なんだぞ。



「ついていけないって……ずっと思っていた。怖かった、(つら)かった、(やま)しかった──だけど、エリンを一人にできなくて……できな、くて、ぅく……」



 キナなら慰めてくれる……。

 そして、この期待を裏切らない少女は、優しくバズゥの背中を撫ぜる──。



「だけど、だけど、我慢したんだ……抵抗したんだ……ずっとずっと支えていかなければって、あの日のエリンを忘れられなくて!」


 この店から連合軍に連れていかれる……泣き腫らした顔のエリン、暗く沈んだエリン、悪鬼羅刹あっきらせつのごとく戦うエリン、大丈夫だよって言ってくれたエリン──。



 姪は鬼神のごとく──。



 ──タ・タ・カ・ウ・ン・ダ・ヨ……。



 「ダイジョウブダヨ」って。



「でも、バズゥは帰ってきた……何があったの?」

 キナが聞く。





 それはワザと感情の籠らない無機質さを伴っていたが、それすらも優しく感じられて、

「勇者小隊の面々に、罵倒(ばとう)されたんだよ──お前はいらないって」







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