第4話「勇者小隊除籍」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
聞いたこともない音がホッカリー砦の地下、尋問室に響いていた。
その部屋の壁には種々様々な拷問具が飾られ、皮膚片やら、血なんかがこびりついていて、どれもこれも実用品だと分かる。
それらの恐ろしさに相まって、女たちの醸し出す──変態死すべし! のオーラがこの音を立てているようだ……。
審理開始────。
「申し開きは?」
「ありません」
「理由は?」
「エリンに会うために」
「何故足音を消していた?」
「皆を起こすと悪いと思い」
「更衣室って書いてたよね?」
「暗くて気付きませんでした」
「ノックとか普通するよね」
「エリンだけだと思ったので」
「反省は」
「十二分に」
「何で生きてるの?」
「えっと、たまたま運が良かったんだと……」
「しね」
「勘弁してください」
「臭うんですけど」
「風呂に入ります」
「弱いんですけど」
「はい、精進します」
「ロリコン」
「断じて違います」
「おっさん」
「あ、はい。年齢的にはそうです」
「死ね」
「勘弁してください」
「息するな」
「無理です」
「シネ」
「勘弁してください」
当初尋問だったはずが、段々後半悪口になってきているのは気のせいだろうか……。
エリンを除く女三人が次々にバズゥを責めるが、申し開きはない。
昨夜、エリンの部屋と間違えて更衣室に真正面から突撃をかました剛の者として、拘束されていた。
幸いにも緘口令が敷かれたおかげで勇者小隊を除けば、連合軍から支援に来ている勇者軍の面々にはバレていない。
が、いつまでそうしていられるやら……。
ただ、断じて言うが、あれは事故だ。
俺も命が惜しいので、人類最強の女たちの更衣室に丸腰で突撃をかますようなことはしない……──いや武装していたとしても、絶対しないけど!
「エリンの部屋は下の階! 全然場所違うんだけど!? 言い訳にしては苦しいんだよ!」
グィィと襟首を掴むのはキッツイ目をした金髪美人の暗殺者ミーナ。
彼女は、裏社会の凄腕らしい……人類の危機ということで、裏社会も最高戦力を差し出してきたとかなんとか。
そんな女性とは思えぬほどの筋力から、片腕で持ち上げられる様はバズゥは傍目にもカッコ悪い。
「落ち着けミーナ……バズゥ殿はスケベだが、卑怯者ではない」
微妙な──援護してくれてるんだか、してくれていないんだかよく分からない発言で止めてくれたのは、蒼髪蒼眼の神殿騎士のクリス。神官由来の奇跡と、浄化を伴う剣技を得意とする攻防一体化のバランスタイプだ。
堅物で無口だが、それゆえ仲間の信頼も厚い。
「でも、足音殺してた……」
小さな声でモジモジしながら話すのはホビット族と人間のハーフであるハーフホビットのシャンティ。
茶色のフワフワ髪に大きな目が小動物を思わせる一見すると少女に見えるが、繰り出す精霊術は至高。その一言に尽きる。
若年にして、才能の塊とされる唯一無二の存在。
彼女は、至高の精霊獣使いの才女だ。
条件さえ整えば、精霊龍すら使役できるという。今は白く輝く子犬のような精霊狼を常時呼び出し、足元で遊ばせていた。
その他に、室内にはイケメンの富豪剣士エルランに、堅物の鉄壁騎士のゴドワンも控えている。
……草臥れた爺さんことファマックは、部屋の隅で居眠りしてござる。
ちなみに、あだ名はバズゥが勝手につけていた。いや、そんなあだ名連中よりも……なぜか、エリンの姿がない。庇ってくれるのは彼女くらいなものだ。切実に……いてほしい。
「え~っと……エリンは?」
「別室にいるよ。君に覗かれたのがショックらしくてね」
エルランがわざとらしくため息を付吐きつつ教えてくれる。
「いや、覗いてないっつの! 部屋を間違えただけで……ってエルランだろ? 昨日部屋を教えたのは……! しかも足音を消したのも、そもそも……」
「おいおいおい……俺はエリンの部屋を教えただけだし、皆寝てるかもって、アドバイスしただけだろ? 途中までは肩も貸した……でも一人で行ったのは君お前だ。さらに足音を態々スキルで消したのもお前が勝手にやったこと……俺がそんなことやれって言ったか?」
「い、いや、確かに言ってはいないが……ゴニョゴニョ」
申し開きをすればするほど、ドツボに嵌っていく気がする。
「と、とにかく、エリンを呼んでくれよ……俺が悪いんだったら謝るし……!」
皆……とくに女性陣からジト目で睨まれる。
「こいつダメだよ……何かあったらエリン、エリンて……何が保護者よ」
ミーナがあきれ交じりにほざく。
「む、エリン殿は、本質的にバズゥ殿を庇ってしまう……公平ではない、か……」
クリスも顎に手を当て考え込んでしまう。
「エリン……バズゥの家族だもん……庇って当然、だけど、そろそろ限界」
シャンティの言葉が、今回のことだけでなく、色々溜りに溜まったことの発露の様に漏れ出る……。
「げ、限界って……」
「まぁ、みんな言葉を借りるなら、最前線で覗きをするような不届きも許せないが……なによりお前は……」
足手まといだ──────。
その言葉言ったのがエルランだったのか、ミーナだったのか、他の誰かだったのかは知らないが……。俺の漠然と感じていた不安を言葉にした。
所詮、俺は中級職──「猟師」でしかない。
上級職が並居る中で、どうしても一歩も二歩もどころじゃなく──三歩四歩と見劣りするだろう。
そして、伝説級の装備で身を固めた勇者小隊のそれと比べると、武器だって特別なものではない。
一応、ドワーフに頼んで作った特注品だが……魔族や覇王軍相手には、少々見劣りする「火縄銃」だ。
ま、猟師の職業で持てる武器の限界はそんなもんだ。
要するに、天職の制限ゆえか、俺が使えるのは猟に使う「猟具」に「武具」のみ。
そんなものに、神代から伝わる伝説の装備などあるはずもなく……せいぜい人類の生存圏で作られる装備に限られる。
エルランの使う「雷鳴刀」や、クリスの使う「降魔真剣」、ミーナの「森の長老」等々の超絶装備に比べると見劣りする感があるのは否めない。
銃の利点である弾の初速が剣を上回っても、所詮は鉛の弾丸。時には神剣すら弾いて見せるという魔族の将軍クラスに、対抗など出来ようもない。
そして何よりも────。
「エリンは、お前を気にし過ぎている。お前を庇い、お前のために攻撃が鈍る。……なぁ、お前って……この戦争に必要なのか?」
エルランの容赦のない一言。
男性陣のファマックにとゴドワンは黙して語らず──味方も敵対もしないが、積極的にバズゥを庇うでもない。
「エルランのいうとおりよ! もう限界……こいつがいなければとっくにシナイ島も奪還して、北大陸に乗り込んでるのよ!」
「エリンも、バズゥがいちゃ……戦えないと思う……」
「む、たしかに一理はあるが、うぅむ……」
少なくとも女性陣の二人はバズゥ排除に動いている。
「な、なぁ……俺に……勇者小隊を──抜けろってことか?」
バズゥは、兼ねてより自分も感じていた不安を言葉に出す。
「……そうだ──ずっと考えていた。この戦いが始まり──エリンがお前をどうしても連れていくと言い出してからな……」
五年前、エリンが去り、しばらくの後───。
俺は――バズゥ・ハイデマンは 保護者義務として、急きょ促成訓練ののち勇者軍の尖兵──勇者小隊に編入された。
有無を言わさぬ処置だったと覚えている。
慣れない闘いの日々。
厳しい訓練……殺し殺される闘いの日々……。
そこで、ようやくエリンを見付け……守ると決意した。
あの日、泣き別れた少女を命続くまで……最愛の家族で、姉の忘れ形見───エリンを。
だけど、戦いの日々は一般人でしかないバズゥには厳しく、努力だけではどうにもならないことが続いた。
結局、守るはずの姪に守られ、助けられ、庇われてきた。
それが澱となり、バズゥを苛んでいたのも確か。
いつか、自分のせいでエリンに取り返しのつかないことが起こるのではないか、と。
エリンはバズゥを守るためなら骨身を惜しまない。
自分の身を犠牲にしてでもバズゥを守ろうとする──どっちが保護者なんだか……。
「だから、いい加減……お前自身で理解してくれないか……?」
それでも、俺は──────。
「やれやれ……じゃぁ仕方ない。人類の基礎は、融和団結。……さぁ公平に投票と行こうではないか」
エルランは、まるで最初から考えてでもいたかのようにそう宣う。
「挙手にて決めよう。──猟師バズゥ……彼の同行を認めない者、挙手してくれ」
エリン、ゴメン……。
ゴメンよ……エリン――――。
紆余曲折はあれ──俺は帰郷の途についていた。