第108話「また会う日まで……」
墓参りから数日間は穏やかな日々が続いていた。
バズゥもキナも酒場とギルドを切り盛りしながらノンビリと日常を謳歌した。
朝から酒を飲みつつ、風呂なんかに入ったりして、海を眺める。
時々、冒険者どもを揶揄ったり、ジーマのオパイを鑑賞したり、
或いは、カメを扱き使って店の掃除をさせたり、洗濯させたり、料理を教えたり、
たまに、銃を磨いたり、鉈を研いだりしつつもバズゥは怠惰に過ごす。
それをキナは優し気に見つめていた。
時に、小さな布団で一緒に寝たり、風呂で背中を流して顔を真っ赤にしたり、一緒に酒を飲んだり、
または、冒険者の借金を計算したり、アジが謝りつつ返しにくるタダメシ漁師の金を回収したり、
偶に、手をかけた料理を振る舞ったり、お酒の仕込みをカメに指導したりしてのんびりと過ごす───
「いやー……まさか、ここの店のお酒ってそうやって造ってたんですね」
ポリポリと頭を掻きながらカメがしきりに頷いている。
そして、どこか恥ずかし気だ……
「へ、変かな? 私もこのやり方をバズゥのお姉さんに教わったから……」
曰く、バズゥが作ったら絶対売れない! と言われていたので、一貫してキナが作っていた。
「そ、その話で行くなら……自分が作っても売れない気がします。というか、自分でも飲みたくないです……」
キナさんのだから、飲めるわけで───とか、ゴニョゴニョ言ってる。
「酒なんて、飲めりゃ同じだろ?」
「バズゥさんは、ちょっとその辺の感性が間違ってると思います……ちなみに自分もバズゥさんが作ったのは絶対飲みたくないです」
何!?
まったく……カメめ。言うようになったじゃないか。ダッサイ弁髪の癖に……
ちょっと、俺とキナでギルドと酒場について仕込んでやったらもうベテラン気取りで居やがる。
まぁ、それでも一通り熟せるようになったし、良しとしよう。
「それで……今日行くんですか?」
チラっと、表に準備した馬とそこに積まれた旅荷物に目をやり、オズオズと尋ねるカメ。
「ん? ……あぁ、一通りお前もできるようになったしな。店は頼むぞ」
旅に向けて、バズゥはカメにギルド経営と酒場のことを仕込んでいた。
カメに任せて上手くいくとは思っていないが、
最悪赤字になっても何とかなるくらいには金をあるので、妙な借金さえこさえなければ、次に(いつになるかは知らないが…)帰ってくるまでは店を残っているだろう───と信じたい。
「それはいいんですけど……キナさんが──」
ん?
「キナがどうかしたのか?」
カウンターに座ってボンヤリとしているキナ。
今日は動きも悪い。
仕込みも失敗してスープを台無しにしてしまったし、
水と間違えて冒険者連中に酒を大盤振る舞いしていたし、
魚を焼けば焦がすし、
風呂は熱湯と……
「どうしたんだキナは?」
と、分からないとばかりに聞くバズゥにたいして、カメは信じられんという顔をする。
「バズゥさん、マジで言ってんすか!?」
お前こそ何を言ってる?
「鈍感というか、ここまで来るとバカの域ですよ!?」
……
ほう? バカとな……
ほうほうほう……
「いや、なんすか? 手をバキバキならして───いでででで!」
ちょっと甘くするとこれだ、だから冒険者どもは宛にできん。
「口の利き方に気を付けい! ……いいな? 留守番くらいやって見せろよ」
ちゃんと、冒険者どもから借金の取り立ても継続して行うように! と、しっかりと念押しをしておいた。
いざという時のためにヘレナにも、その辺を依頼しておくことも忘れない。
カメだと舐められかねないからな。
フォート・ラグダ冒険者組合とも、提携していることをしっかりと、ギルドの看板に記載している。
独立したとは言っても、ウチは弱小ギルドには違いない。
「いでぇ~……──自分は大丈夫っすけど、キナさん……本当に大丈夫なんですか?」
……ん?
なんか、話が噛み合わないが……
「キナ次第だな」
足が不自由なことは、どうにもならない。
エリンがいればパパっと直してしまいそうだが……それができないなら、どこかでエリクサーを調達するのも手か。
金が全然足りなさそうだけどな。
「キナさん次第っすか……でも、あの様子だと───」
ボンヤリとしたキナは、
それでも、チラチラとバズゥの動きを目で追っている。
……──
今日で、
あと少しで最後。
今度はいつ会えるかと───
スススーと、
キナに近づくカメは、コソコソと耳打ちする。
「良いんすか? あのおバカ親父、本当に何も分かってないですよ?」
……
「……──バズゥは、バカじゃないよ……スケベだけど」
いや、
スケベとか聞いてないんすけど? とカメ。
「良いよ。バズゥは……バズゥは──絶対戻ってきてくれるから…!」
グっと、手を握りしめるキナは、小刻みに震えていた。
だって、
バズゥが帰ってきてくれて、本当に嬉しかったし、
楽しかった。
そして、
全ての問題を───本当に解決してくれて、……助けられた。
あぁ、
あぁバズゥ───
愛おしい人、
愛する人、
もうすぐ、
もうすぐ……いなくなる。
また、
また行ってしまう。
バズゥが解決してくれたとはいえ、
あの暗く辛く寂しい日々に戻ると思うと───
怖い、怖い、怖い。
悲しくて寂しくて、張り裂けそうになる、あの日々……
しかも、
「でも、シナイ島……ですよ」
そうだ……バズゥは必ず帰ってきてくれると信じているけど、地獄の戦線だというシナイ島に再び赴くという。
今度は、帰る以前に───死んでしまうかもしれない。
それが怖い。
何よりも怖い。
バズゥがこの世からいなくなるなんて──考えられない。
だけど、私では引き留められない。
エリンには敵わない。絶対に敵わない───
家族には……
「うん……そうだよ。エリンには敵わないもん」
カメの目が気になったが、キナはポツリと零す。
「その、エリンさんには自分会ったことがないんですけど……あの、その、」
カメは恥ずかしそうにポリポリと頬を掻きつつ、
「自分、キナさんは無茶苦茶魅力的だと思いますよ……その、男性として見た場合の──客観的意見ですけど……」
うわちゃ~、何言ってんだ俺───、な~んて顔でカメはバツが悪そうだ。
それでも、続ける。
「キナさんは、自分の気持ちをちゃんと伝えるべきなんだと思います……もし、本当に最後かもしれないと考えているなら尚更」
そう、だ。
カメの言うことは正論───……正論過ぎて何も言えないくらいに。
たしかに、今言わなければ一生後悔する。
そんな気だけはする。
そうだ、きっと後悔する。
一度は、伝えた。助けられた反動で、勢いに任せて、感情が張り裂けてしまって───爆発して言ってしまった。
そして、バズゥも答えてくれた。
俺も───と……
だけど、足りない。
全然足りない。
ちっとも全く足りていない!
足りないよ!!
私の、
気持ち───
届いていない……
だから、
だから行くのだ。
エリンに会いに行くのだ。
行ってしまうのだ。
だから、
「バズゥ!!」
旅荷物を整理し、食料を纏めていたバズゥにキナは声をかける。
「ん? なんだ?」
全然気持ちに気付いた風もなく、いつも通り変わらない様子のバズゥ。
「───っ」
言葉が、
「? そろそろ行くぞ?」
……そんなあっさりと───
「───いで……」
あぁ、
「行かないで!!」
言ってしまった。
絶対行ってはいけない言葉……
そんなことが言いたいわけじゃないのに、
「お願い、私を一人に───」
「は?」
「独りにしないで!!」
……
「は?」
……
「ば、バズゥさん? ちょ、いくらなんでもその反応は……」
カメが少し怒ったような顔で詰め寄るが、
──いいの! カメは何も言わなくていいの!
「───はぁはぁ……! わ、私……バズゥが、バズゥのことが」
もういい!
言ってしまえ、どうなってもいい!
こんな身寄りもない、どうしようもない愚かな私を家族だと言ってくれた人───
この人にだけ気持ちが伝われば、
───否定されてもいい!
その後は死んでしまえばいい!!
「滅茶苦茶、…………死ぬほど──!」
……
「あー……どしたん? キナ……えっと?」
好───
「早く馬に乗れよ? そろそろ行くぞ」
き───
……
ん?
あれれ?
ん?
「え? バズゥさんそれって?」
「んん? どうかしたか? …つーか、キナちゃんや? お前着替えもしてないじゃん。その格好で行くのか?」
……んんんんん!?
「ば、バズゥ……?」
ポカンとしたキナと、
ポカンとしたバズゥ、
そしてカメ&隅っこで話を聞いてる冒険者ズ。
「いや……ん? なにこの空気……」
えっと……?
「バズゥ───その、」
「いやさ、行くだろ? その、」
一緒にエリンに会いに───
「はいっ!!!!!!!!!!!!!」
そうだ……
そうだった。
そうだったよ───
バズゥは、こういう人だ。
だから、
私は、
この人が───
バズゥ・ハイデマンが───
滅茶苦茶、
死ぬほど、
死んでも───
好き。
ガバチョ! と抱き着くキナを、バズゥが目を白黒させながら受け止め、
キナに振り回されるように、狭い店内でクルクルと回る。
あぁ、そうだ。
行こう。
エリンに会いに、
家族に会いに、
……───
皆で行こう!
だからさ、姉さん───
また……
いってきます。
今度は、
今度こそは、みんなで帰ってきます。
それまで待っててください。
………
……
さようなら、ポート・ナナン。
また会う日まで、
さらば、故郷よ───
故郷よ
……
…
拝啓、天国の姉さん───




