勇者小隊11「古魔導部隊」
「コイツ等…出来る!」
「今更だぞエルラン!」
躱した剣を踏み、
動きを止めたところにナイフを突き立て何とか一人を仕留めたが、その過程で武器を失ったゴドワン。
今しがた仕留めた敵の剣を奪ったが、まだまだ5人。
圧力は増している気もする。
おまけにエルランもゴドワンも傷を負い、戦うごとに消耗していく。
そして、時間はまったくない!
「ぐぅぅ…二人とも、援護する…」
クリスが負傷に呻きつつ、回復魔法を自分の傷から外し──エルランとゴドワンに掛けていく。
そのとたんに、彼女の塞がり始めた傷がまた開くが…
今は我慢! と、彼女は潔く諦める。
「感謝!」
同時に毒の中和も受けたゴドワンが、少し回復した体調に深謝する。
流石に指の欠損などは治らないが、それでも十分な動きには違いない。
突然、動きに精彩さを取り戻したゴドワンに、タイミングをずらされたのか古魔導部隊の一人が呆気なく仕留められる。
「残り4人!」
「ゴドワン!」
仕留めた古魔導部隊に気を取られたゴドワン。
その隙を突くかのように、ビランチゼットの護衛についていた二人が狙撃魔法を放つ。
途端に着弾する魔法。
──ズガァン!!
思わず取った防御姿勢で、直撃は防いだものの、
魔法防御を施した丸盾を装備した腕を損傷。
しかも、無事な方のそれをだ。
「馬鹿野郎!」
突然、戦力が半減したためエルランは毒づくが事体は好転しない。
古魔導部隊はやはり精兵だ。
「構うな! 半分仕留めるといったはず!」
切りかかってきた古魔導部隊の剣をわざと手に受けるとそのまま根元まで突き刺し、握りこむ───
そして、間近に迫った古魔導部隊の顔面に頭突きを喰らわせると、裏拳気味に…もぎ取った剣を突き立てた。
「まだ、戦える! 侮るな!」
そのまま低い姿勢で、駆けると古魔導部隊の一人に体術で挑む。
当然それを甘んじて受けるほど甘い相手ではない。
「来い」とばかりに構えて、迎撃して見せる。
跳躍したゴドワンの軌跡を読み切りカウンター気味に突きだした剣。
それをゴドワンは足で受ける。
ブーツを突き破った剣は足裏を貫くが、そこで止まる。
ゴドワンが突き刺さったままの剣ごと足を振り抜いたためだ。
すっぽ抜けた剣に驚いていた古魔導部隊に、着地したゴドワンが腕に刺さった剣をアッパーの要領で首に突き刺す。
「エルラン、やれぇぇ!」
俺の分は片付けたぞ! そう言わんばかりのゴドワン。
エルランはエルランで、言われるまでもないわ! と、温存していたスキルを次々に繰り出す。
雷鳴剣、雷鳴剣、雷鳴剣!!
バチン、バチン、バチン!!!
と、ゼロ距離で切り結び放つ雷。
自身すら傷つきかねない捨て身の攻撃!
電撃を直接喰らっては古魔導部隊といえど、ただでは済まない。
そして、一瞬でも動きを止めればそれを見逃すエルランではない。
素早く3人目を仕留めると、その体を掴んで残り一人に押し付ける。
仲間の死体を払いのけようとした古魔導部隊の目の前にぃぃぃぃ、ズボォと、仲間の体から映えた刀の切っ先が見え───…それが最後の光景になった。
ズホォ…と二人分を貫いた刀を抜き血振りし、
ヒュパン! と、血を払ったエルランは正眼に構えてビランチゼットを見据える。
「年貢の納め時だな!」
ビランチゼットその人の小柄な体は、
護衛の古魔導部隊に隠されてその全容は見えないが…
「震えて持ってろやぁ!!」
だぁぁぁぁと、叫び駆けていくエルラン。
護衛の二人も並みではないのだろうが…もはや、障害たり得ない。
ゴドワンも血だらけになりつつ、クリスの支援を受けて急速に動きを取り戻していく。
狙撃魔法を受けた腕も回復。
指を切り飛ばされた方の腕に突き刺さっていた剣を抜き、構える。
「うぉぉぉぉぉぉぉ」「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉ」
全力で挑む二人に…───
古魔導部隊の最期の二人が構えて、
「避けろ! 二人とも!!!!!!」
青い顔をして事態を見守っていたクリスが叫ぶ───
ジュヴァァァァァァァン!!!!!
突然、古魔導部隊の二人が明るく光ったかと思うと───その背後から猛烈な熱量が!!
「魔力砲だとぉぉ!!」
ボォォンと一瞬で溶けた古魔導部隊。
そして、叫ぶエルランと、
ゴドワンが───
「先駆け御免!」
エルランの襟首をガシリと掴んだゴドワンが、彼を背後に引き戻し、エルランを庇って前に出る。
魔法防御を施した丸盾だけを頼りに…
ズガアァァァァァァッァァン!!!!
すっさまじい爆発が起こり、エルランが熱風に仰け反る。
その目の前でゴドワンが焼かれていく。
「グゥォオオオオオオオオ!!」
まともな威力ならば、一瞬でエルランごと焼き尽くされていただろうが…───
やはり、魔力充填が不十分なまま、ぶっ放したらしい。
その魔力砲は威力も持続時間も不十分。
おまけに、護衛の古魔導部隊の体で僅かながら威力が減衰したうえ…ゴドワンの丸盾が魔法防御を施されていたことも影響していたのだろう。
一応、それらの対策も魔法の中には組み込まれているはずだが…やはり発動に時間をかけなければならないであろう魔力砲───
それの劣化版となり下がった魔法は、本来の威力を発揮していない…
そのおかげでエルランは《いま》未だ無傷だった。
「がぁぁっぁぁぁぁぁっぁあ!!!」
ゴドワンも焼かれつつも、超重装騎士の面目躍如と言わんばかりに防御して見せる。
それを支えるのは、
背後から……自らの命を削らんばかりに回復魔法をかけ続けるクリスが要ればこそだ。
「──────っっ」
ゴドワンが喉すら焼けて叫べなくなったころ…
ビランチゼットも魔法が不十分であることを知ったのだろう。
しかし、少なくともゴドワンは無力化している、と。
ならば、あとはエルラン…!
それを知って魔法を発動しながら徐々に体を動かし、ゴドワンのその背後に庇われているエルランを焼き尽くすべく射線をずらしていく。
不十分な発動とは言え、
魔力砲のそれは、古魔導部隊の狙撃魔法よりも強力で発動時間も長い…!
焼かれ続けるゴドワンに、魔法が徐々にずれていることなど知る由もない。
「悪いなゴドワン!」
ガシっと彼の肩の筋肉を掴むと、
エルランは完全にゴドワンを盾にしてビランチゼットに近づく。
「───っっ」
なにか言おうとしているゴドワンだが、声はでない…
そして、射線の先…ビランチゼットの姿が徐々に明らかになる。
凄まじい魔法を放つそれの余波は、
ビランチゼットを覆っているローブをバタバタとはためかせ──暗いローブの先を、魔力砲の光りが残照のように照らしていた。
そして、光がそのご尊顔を浮かび上がらせている……
「ははは…マジでガキだ」
ズンズンズンと、ゴドワンを盾にして、
シュゴォォォォ───と、漸く収束した魔力砲の元にたどり着くと…
ズンッとビランチゼットの前に立つ。
ドサリと、体の表面が焼け焦げた瀕死のゴドワンを落とすと、
「よぉ」
ビランチゼットを見下ろし一言。
慌てて、持っていた小さなスタッフを捨てると、
ローブの中から華奢な手を突き出し、その手に握った業物らしいナイフをエルランに向けるが───
ボゴォォン、と蹴り飛ばされる。
それだけで面白いように吹っ飛び空中でクルクルと回る。
そして、それを追ってエルランも跳躍し、刀を構えると刃ではなく峰の部分で…
「ゲロでも吐けやぁぁぁぁ!!!」
と、容赦なく腹に一撃。
切り抜くのではなく叩きつけて───そのまま地面にぶち込むように振り抜いた。
言葉通りゲロを吐いたビランチゼット…その時漏れた声は、
……少女のものだ。
そして、叩きつけられた先で、エルランに思いっきり蹴り飛ばされ、ローブが細切れになり、その下には華奢に過ぎる女が───
いや、女の子……見た目はまるで少女。
……ビランチゼットがそこにいた。
ブルブル震えるその姿は、肌が白く、美しい容姿で、耳が長く───エルフそのもの。
やや黒みがかった肌は白というよりも薄い灰色だろうか?
肌よりも濃い、黒交じりの髪の毛は雪解け時の雪を思わせる灰色。
それに隠される、汗と血反吐とゲロに塗れて張り付いた髪の下にある顔は、
まだまだ幼さの残る少女のそれだ。
掘りこまれた入れ墨とも、傷ともつかないジグザグとした線が顔の彼方此方にあるが、美しさは群を抜いている。
それが、八家将の一人、ビランチゼットその人であった。
……
彼の者──
ビランチゼット、
覇王軍の八家将にして、智謀と策謀の泉。
その正体は、エルランに切り刻まれ、ゲロと血ヘドのなかでのたうち回る小さな女の子だ。
それをエルランは───
それはもう、実に楽しそうに……
……
まるでダンスを踊るが如し、
散々殴り抜き、
散々……。
散々──────……!
ギャハハハハハハハハハ!
暴力に酔いしれ、性的にも興奮したのか嗜虐の笑みを浮かべるエルラン──
ボロボロの子犬の様なビランチゼットの手を持ち、ズルーリと持ち上げる。
そして、
ニィィィヤァァァと、
子供が見たら絶対泣くだろう顔をして、ビランチゼットを見た。
ゆっくりと彼女が顔をあげる。
腫れてしまった目の片方は、鬱血した瞼に覆われているが───もう片方のそれを開き…その金色の深い、深い目でエルランを睨むと、
ペッっと、唾を吐く。
ピチャっと顔に付いたそれを気にしたそぶりも見せずに、エルランは逆にそれをベロリと舐めとり───
「ギャハハハハハハハハハハハハ!!!!」
彼のビランチゼットを仕留めたぞぉぉぉぉ!!!
あの八家将を仕留めたぞぉぉぉぉ!!!
この俺が仕留めたぞぉぉぉぉ!!!
と、腕を持って彼女をブンブン振り回しながら、狂ったように叫ぶ。
そして、
「おぉぉぉらぁぁぁぁぁ!!!」
──バァン!!!
と、彼女の華奢な体を思いっきり地面に叩きつける!
カハッと、肺腑を絞られ……彼女が息を詰まらせ、意識がなくなるその瞬間までででででぇぇぇぇおぁぁあ!!
バァン! バァン!
およそ「人」に振るうべきではない暴力を続け、彼女が意識を失うその瞬間まで止めることはなかった。
「はぁ、はぁ、はぁぁぁぁぁ───ざまぁみろ……」
この男───……
陶然とした表情で、動かなくなったビランチゼットをズルズルと引き摺り、
殲滅された覇王軍の一個小隊と、古魔導部隊一個分隊の死体が溢れかえる中を意気揚々と歩き───ポツネンと待機している精霊一角馬に、ぐったりしたビランチゼットと跨った。
「ま、待て…」
クリスが血を流しつつ、
ゴドワンを抱えて何とか、精霊一角馬に縋りつく。
「よぉぉ…クリぃぃス! よくやったな。戦果は上々だ」
ニィと笑うエルランは、ビランチゼットの面を持ち上げクリスに示す。
ドロリと濁った目は完全に気絶している。微かに息があるが、酷い有り様だった。
それを、まぁ…嬉しそうに───
まるで捕獲した獲物を見せびらかす猫だ……
そして、クリスの首根っこを掴んで馬に尻に乗せると急いで走らせた。
一瞬置いて行かれるのでは、という懸念を抱いていたクリスは、ホッとすると同時に…抱えているゴドワンの重傷ぶりに顔を背けたくなる。
物資は殆どシャンティが持っている。
何とか合流せねば…
自分とゴドワンにと…交互に回復魔法をかけているが、ジリ貧状態だ。
「チ…包囲部隊が気付いたな」
ビランチゼットの部隊が殲滅されたことに気付いた包囲部隊が、包囲網を歪に変形させエルランを追い始める。
その過程で、ファマック達がいる仮拠点が敵軍に覆われていく。
「爺さんとの合流は無理か?」
仮拠点に向かっていたはすだが───
ドドドォドドドォドドドォと、
精霊一角馬の馬首を変えると、一直線に後退し始めたエルラン。
向かう先は連合軍のいる後方だ。
「お、おい! どこへ? そっちでは……く、シャンティ達が!?」
青い顔でクリスが抗議するが、
「無理だ。こっちが巻き込まれる」
そして、ファマックなら大丈夫だ! と締めくくって───あとは脇目もふらず逃げ出す。
「ふ、ふざけるな! 馬もなく逃げ切れるわけがないだろう!!」
後ろを見れば、覇王軍の包囲部隊が迫りつつあり、
その中の一部隊がファマック達を覆い戦闘が起こっているらしい。
彼のものとみられる魔法が時折散発的に見られる。
「じゃぁ、お前が行くか? 俺は止めんぞ」
冷徹な目でエルランは言い放つ。
暗に言ったところでどうにもならん、と───
実際に、
消耗に消耗しきったエルラン達が向かった所で勝ち目はないだろう。
せいぜい崩壊の時を先伸ばしできる程度。
それくらいなら……最初からビランチゼットを討とうなどとは言わない。
冷酷だがエルランの判断は正しくある。
この男が冷静に判断を下したが故かは…その際置いておこう。
あっという間に距離を空け、
エルラン達は、後退していく───
戦場を、
……
キルゾーンを後へと───
「ファマック! ミーナ! シャンティィィ!!」
クリスの悲痛な叫びが包囲網の中に消えていった───




