04
名前、美晴 陽。
1週間前…4月の半ばという中途半端な時期に、2年壱組にやってきた転入生。
いわく、転入試験で満点を叩きだした、天才。
いわく、結構いいところの坊っちゃんらしい。
いわく、誰もが振り返るような魅力の持ち主
友人達から聞き出した転入生についての噂はそんな所だった。
祟りを楯(というよりむしろ矛)に裏風紀に無理矢理入れられた葛は、翌日朝早くから噂の転入生が入ったクラスへと偵察に向かうことにした。
するとまぁ…いるわいるわ、妖怪神様その他サマ。
人外が集まってる学校なのだから、いるのは当たり前なのだが、いかんせん一箇所に集まってる数が多い。
おそらくそこが件の転入生のいる所なのだろう。
じっくり観察するまでもなく葛は「うへぇ」と顔をしかめた。
一言で言えば唖然。
二言で言えば「おかしいだろ これ」。
まず、夢魔の亘理 結芽。
脱色して作った、という感じの長めの金髪は軟派な雰囲気をかもし出しており、女子が放っておかなそうな色気垂れ流しの美形。
事実、本人もそういう性格の奴なのか、周りの奴らに時折投げキッスを飛ばしてる。
……時々男子が反応してるのは気にしたら負けだ。
ついでにたまにさらっとR18的な発言してるけど、堂々としすぎてて恥ずかしさの欠片も無い。
夢魔って…まさか淫魔じゃないよな…そう願いたい所だ。
続いて、亘理の後方に大人しく立っているのが、妖精のメリル・メレディス。
イギリスからの留学生(と言うことになってる)で、いつも海豹のぬいぐるみを抱きしめた小柄で可愛らしい外見の少年だ。
むしろ可愛らしすぎて、学ランを着ていなければ女の子に見える、いわゆる男の娘。
柔らかな銀髪に、円らな青い瞳は、小動物を思わせる。
…氷牙の説明によると彼は海豹の妖精らしい。
ちなみに誘拐未遂を起こしたのはその隣の聖 風鹿。
本来はメレディスと同じくイギリスからの留学生だが、滞在期間が長く、日本人になりすましているのを楽しんでいるとか。
艶やかな黒髪に、メレディスと同じくらい小柄の少年で、中学生、と言っても通じそうな奴だ。
金色の瞳が強い意志にきらきらと輝いていて悪戯好きな笑顔で転入生にじゃれている。
そんな聖を、転入生越しに睨んでいるのが、天使--否、堕天使の天織 翼
もともと優しげな風貌の天織は、表の生徒からも人気があり、確か表の生徒会副会長をしている。
天使に性別は無いが学ランを履いてる所を見るに、男子生徒として通っているようだ。
ちなみに校内の徒名は「慈愛の天使」。
他にもちらほら見えるが、とりあえず葛は思う。
何故、取り巻きに 女 が い な い
ここは共学だったよな?
あれ、転入生、実は女?男装女子?
逃避行動に昨日の資料を思い返してみる。
たしか性別男だったはずだ。
つまり何も知らない人間から見たら、転入生は男を引っ掛ける男に見えるはずだ。
人外には性別が関係無いものもいるとはいえ、ちょっと気の毒に思えた。
それにしても…
「あいつ等全っ然正体隠す気無ぇだろ…」
ここは人外をサポートするためにできたようなこの学園だが、数は少ないが祓魔師・退魔師の能力を持っている人間はいる。
この学園に通う人外達はそれを承知でここに集まっているのだ。
いわば、人外のものが通う条件はそれら人間に動じない事。
必然的に、ここに集まるのは人外でもハグレ者、強大な力をもった奴らが集まり易い。
中には、力試しに狙われるほど名の通った者もおり、そういう奴らは良くも悪くも場に影響を与える。
そうして、人外の集まったこの学園は大きな霊場になっており、その筋の人間からしたら恰好の修行場になっているのだ。
事実、この学園はその筋の人間達にはそれを売りにしているらしい。
とはいえ、常識をもった人間ならば、その力量の差に手を出す事はしないだろうが…。
もし、何かしら問題を起したら…。
葛は改めて集まってる4人を見た。
天使は徒名からして「天使」だし、夢魔はチャラいし、海豹持ってるし。
同じ人外ならまだしも、敵意ある祓魔師・退魔師に見つかったら一発でバレそうだ。
人間と言うのは害あるものに、とても敏感で。
手中に何かしら力のる人間、それも子供は正義感を抱き易く、向こう見ずな行動を取り易い。
…面倒な予感がふつふつと湧き上がるのは、否めなかった。
「せめて名前くらいは脈絡ないもんにならなかったのかよ…。狙ってくださいと言ってるようなもんだろー…」
「…それは仕方がないのぅ。我等は実体が無い」
「あ?」
不意に隣から老獪な口調で呟かれ、葛は教室から隣へと視線を移した。
其処にいたのは手の甲に骨がくっきりと浮き出るほどやせ細った極普通の顔立ちの少年。
しかし、浮かべる笑みは喋り方と同じで何処か老獪さが感じられる。
一言で言うと胡散臭い。
「元より、我等は人の念の集合体ゆえ、おぬし等のように体と魂の繋がりが強い訳ではないのよ。我等は“我等を示す名”で己を固めておらぬと地に足を着けられぬ。」
「は…はい……?」
意味不明。
チンプンカンプンだ。
目の前の少年はふぅ、と物憂げに溜め息を吐いて教室を眺める。
際立った容姿でもないのに、嫌に目につく雰囲気を醸し出すものだ。
「あの衣を抱えている子供はともかく、他の面々はのぅ…“名付け”でもされたか。哀れよのぅ…」
「…………すんません。あんた、誰ですか」
葛の言葉に少年は「おや」と目を瞬かせた。
「儂を知らぬのか。狐。」
「いや全く。…つか、狐じゃねぇし」
正確には“元狐”だ。 よくわからんが。
それを言うと「それは悪なんだなぁ」と少年はくつくつと笑った。
「儂は--僕は隣のクラスの夢味 貘。大前 葛、君と同じ裏風紀の使いっぱしりだよ。」
「……日本語喋れるじゃねぇか」
「失敬な。儂の喋りの何処が異国語か。」
葛の言葉に嘆くように貘は額に手をやる。
対して、貘の「近頃の若いもんは…」と言う呟きこそ失敬だ、と葛はこっそり思った。
「で、さっき言った事ってどういう意味だよ?」
目の前の貘が別に年寄り染みた口調で話さなくとも、普通に話せるのが解って、葛は先刻の難解用語の解読を求めた。
話せるなら、最初っから高校生らしく話して欲しいものだ。
「別に何てことは無い話よ。もともと神妖怪魑魅魍魎は人の念が集まったようなモノだからの。“名前”があって初めて存在できる。」
「それが?」
「つまり、周りにそれとなく“自分”を認識される風貌--まぁ、今の言葉で言うとイメージといったか。そういう外見にならぬと認識して貰えないわけじゃな。逆に言えば、…例えば、天使は天使らしくならざるを得ないんじゃ。そやつを作っている念は、周りのイメージの塊だからの。そのイメージを固めるために、括られた名前は当然イメージの総称と同義語じゃ。だから名前も本性に近くならざるを得ない。」
「…先生わかりません」
若干分かり易くなった気もするが、あいにく小難しい話が苦手な葛にとっては未だ意味不明だ。
ぶすっと言う葛に、貘は再び嘆いたようで、肩をすくめた。
「頭が悪いの。まぁ、名前と容姿はしょうがないと思うておくれ。実体無き異形の性じゃ」
「あんたもそうなの?」
「一応の。悪夢を食べるバクと言えばわかるかね?」
「…名前からそんな気はしてたよ」
むしろ、聞いた話を無理矢理理解したとして、バク以外考えられない。
つい、悪夢ばかり食べてるからこんなやせ細ってるんじゃないだろうな。と皮肉っぽく考えたが、葛は口にするのを思いとどまった。
貘は自分を「裏風紀の使いっぱしり」と称した。
みすみす味方になりうる奴を敵にまわしたくない。
それにしても葛の採用理由が理由だったので、意味もなく裏風紀がらの応援がくるとは思えない。
まさか謎かけ言語が目的でもあるまいし…。
「…で、お前何しに来――」
「…あぁ、すまんの。ちぃと離れる。後は任せるからのぅ。」
「はっ!?」
しかし、いざ葛が要件を問いかけようとすると、貘はさっさと背中を向けて手だけで「さよなら」と挨拶して隣のクラスへと入っていってしまった。
実に不可解、かつ不快である。
これといって寛大な心を持ってないと自覚する葛は、むすっと不機嫌そうな顔をする。
そして一言文句を垂れてやろうかと、葛が貘の後を追いかけて目の前の教室から視線を離した。
――その瞬間
ガシッ
「!?」
「あれ?お前、初めて見る顔だな?」
離れようとした教室の方からガッシリと力強く左手首を掴まれ、同じ方向から明るい声が問い掛けてきた。
ちなみにさっきまでいやでも葛が聞いていた声だ。
(…うっげぇ…)
今更ながら貘が逃げた理由が良くわかった。
「君みたいな奴と友達になりたかったんだ。っつーことで、お前は今日から俺の友達だ。OK?」
(や、だからって手首連行されてもな…)
しかもいかにも「逃がさないぞ」とばかりに強く掴まれても、正直関わり合いたくない葛にとっては鬱陶しい以外何でもない。
葛は不愉快な感情を隠さずにゆっくりと声のする方に振り返った。
まず目に入ったのは白のメッシュを一筋入れた、金色の髪。
前髪の下に位置する鼻筋はすっと通っていて、目はやや切れ長だ。
さらに下にある形の良い桜色の薄い唇に、人懐っこい笑みが浮かんでいた。
「俺、美晴 陽。お前は?」
ただし、美晴の瞳はまったく笑っていなかった、が。
「………………………………………………………………………………。」
「名前は?」
「…大前 葛」
心底嫌そうな顔をしても尚笑顔で詰め寄る美晴に、葛は魂の底からこうなった元凶の八咫を恨んだ。