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百ノ鬼ト夜ヲ行ク  作者: 春霧
プロローグ
4/31

03

生徒のいない廊下の先、静かな場所にこれまた静かな部屋がある。

電子機器の一切がないその部屋には『数学教諭室』とプレートに記載されており、中には氷のような美貌の男が日誌を書いていた。

涼し気な双眸に眼鏡を掛け、そんな人物のいる静かな部屋で唯一聞こえる音はサラサラと日誌の上を滑る鉛筆のもの。


しばらくその音だけだったのに、ふいに廊下の方から騒がしい足音が響き始めた。

騒音にピクリと鉛筆を動かす手を止めるが、男は眼鏡のズレを直すと再度手を動かす事を続ける。

やがて廊下の騒音は徐々に近くなり…「氷牙アアアァァァッ!!」という叫びと共に教諭室の扉をガラッと乱暴に開けられた。

静かな空間は消え去った。

つ、と部屋の主が目線だけ其方にむけると、其処には憤怒に燃える狐--いや、葛の姿が。


「…どうしました葛君。」


部屋の主、雪村ユキムラ 氷牙ヒョウガが鉛筆を置いて溜め息混じりに葛に問い掛ける。

一方、問い掛けられた葛は手をわなわなと震わせながらくつくつと肩を震わせ、低く笑い始めた。

正直怖い。


「あぁんの糞カラス…、マジふざけんな神様だからって祟ればいいってもんじゃねぇっつの!!生物兵器が何だ魔性が何だ。んなもん俺に何の得があるってんだ!!祟り続けりゃ信仰心だって薄れるんだぜぇ…っ人間嘗めんな腐れ神。アイツ絶対いつか焼いて食う…!!」

「………えーっと…落ち着いて下さい?」

「落ち着けるかぁっ!!」


ここに卓袱台か無くて良かった。

あったら無惨にひっくり返されたに違いない。

そう思い切る事ができるほど、葛の怒りはそれ程までに勢いものがあった。

あんまりにも葛がヒートアップするので、部屋の温度が心無しか暑くなった気がする。

氷牙は掛けていた眼鏡を外し、葛に向かって「ふっ」と息を吹いた。

氷牙の手の平を添えるように吐き出された息は、冷たい風となって葛の前髪を揺らす。

その冷たさに、文字通り頭が冷えた葛ははっとして氷牙を見た。


「裏風紀に何か言われたんですか?」


氷牙は葛に近寄ると、優しくその頭を撫でた。

ひんやり、と冷たい手の平が葛の髪を攫う。

葛は冷たいのに、どこか暖かい氷牙の手の平を、目を細めて堪能する。

堪能する、が…生憎それを素直に受け入れるほどの心の余裕はどうやら葛に無かった。

葛は自分の頭を撫でる氷牙の手首を掴むと、それをギリギリと力を込めて己の頭から外していく。

対して、氷牙は「!?」と焦ったように目を見開くと、無理やり外されたにも関わらず再び葛の頭に手を置こうとする。

ぎりぎりぎりぎりと地味な攻防戦が繰り広げられた。


「氷牙、お前、裏風紀の顧問だったんだってぇ…?」

「えっ!?いや、ただ教師の中で所属してるってだけですが…って、どうしてそれを!?」

「んなもん、俺が裏風紀に無理矢理入れられたからだよ!馬鹿め!」

「――なんですって?」


途端、氷牙の目が細くなり、周りの空気が冷たく感じられた。

それは錯覚などではなくて、見れば窓の外側が温度差で結露している。

息も白い。

まるで巨大な冷凍庫にでもいるようだった。


「っ、氷牙、寒い」

「あ…っ!すみません。葛君。」


凍える葛が訴えれば、氷牙は葛の頭に手を載せることを諦め、懐から取り出した紙扇子をもう片方の手のひらにパン!と叩いた。

途端に霧散する氷の残滓。

氷を操る彼はもちろん人間ではなく、雪を司る妖怪。

氷牙は未だ凍える葛に部屋に掛けられていたコートを被せた。


「で。裏風紀は何のために貴方を?」

「っくしゅ…あー、なんか転入生を見張れだってさ。」

「…あぁ、美晴ミハル アキラ君の事ですね。」

「知ってるのか?」

「これでも一応教師でもありますから」


実は氷牙は葛の住むアパートの大家だ。

教師の癖に職業並列は違反じゃないのか、と問われそうだが、そもそもが人間じゃないのである意味関係無い。


葛は7歳の時、母親が他界して以来、そのアパートに住んでいる。

シングルマザーだった母親には身寄りが無く、その子供である葛も当然頼れる人間がいなかった。

そうして施設に入り、引き取りに来たのが氷牙で。


どうやら氷牙は葛の前世と親しかったらしく、彼は葛に何かと世話を焼いてくれる。

子供とはいえ、引取にきた美貌の男が『前世が』と持ちだした所で正気を疑ったが、孤独の中差し出された手に縋り付いて今に至る。

今思えば「もうちょっと慎重に考えろ」と言いたい所であるが、まぁ特に悪い人間(?)ではなかったので結果オーライだ。

人間の親と死に別れてからは、この氷牙が葛の家族のようなものだった。


氷牙は宥めるように葛の頭を撫で、一つため息をついた。


「白羽の矢が葛君に当たらない事を祈りましたが…仕方無いですね」

「…そんなにヒドいの?ソイツ…」

「…えぇ、まぁ…教師ですし、授業で…」


既に見たことのあるような口振りに、葛は「大丈夫だったのか?」と氷牙を見る。

八咫の話では人外を狂わせる気を発していると言うが、 対して氷牙は、苦笑しながら答えた。


「私は誰かさんのおかげで魔性の気には慣れてますからね。“玉藻”?」


それは、かつて美貌で人の世に混乱と破滅をもたらしたとされる伝説の妖狐。

大陸においては何度か王朝を滅ぼし、ここ日本においては平安の帝を誑かした、史上最悪の女狐。

そして同時に葛の前世…らしい。


「…前世の事なんか覚えてねーっつの。」

「知ってます」


仲間外れにされた子供のような表情をする葛の頭を、氷牙は苦笑混じりに軽く叩いた。


「何かあったら言ってください。私はいつでも力になりますよ」

「……ん」


葛の口から「ありがと」と小さく呟かれると、氷牙は優しく笑って葛の頭を撫で続けていた。

その瞳は愛おしい者を見るように暖かい。

外見上、氷牙は二十代後半だ。

教師をしている手前、そういう外見をしているが、人外としての本性を現すともっと若く見える。

そんな存在なので、なかなか言葉にできないが、紛れも無く葛にとって氷河は保護者で父親のような存在なのだ。

甘えるのが嫌いなわけではないし、むしろ好きである。

……父と呼ばれるのを、氷牙は嫌がるが。


「…ま、そういうわけで、氷牙。お前が知ってる転入生の事を教えてくれ」

「私に聞く、ということは裏の被害状況や裏の情報とか…でしょうね。」

「そ、それそれ。基本的に、ここの空白を埋める名前だったり、載ってない情報を頼む」


葛は胸ポケットから生徒手帳を取り出し、その中に折り畳んだ紙を取り出すと、それを氷牙に渡す。

それを受け取った氷牙は、空白を埋めるように声に出して情報を教えてくれた。


「“4月7日、2年壱組所属の夢魔(亘理ワタリ 結芽ユメ)と接触。

  その後、夢魔の『食事』が無節操になり、昏睡する生徒が多発”

“同日、昼に1年参組の妖精(ヒジリ 風鹿フウカ)と接触。

 その妖精が対象に近づいてから起こした誘拐未遂は計6件。

 被害者は1年弐組・朝倉アサクラ 陽子ヨウコ

 参組・木村キムラ 彰吾ショウゴ涼城スズシロ) 有希ユウキ)

 四組・柳沢ヤナギサワ) 悠一ユウイチ)

 2年壱組・戸塚トツカ アヤ長島ナガシマ マコト

“同日、昼。一年三組の妖精(メリル・メレディス)と接触。こちらは要観察。”

“4月8日、放課後3年壱組所属の天使(天織アマオリ ツバサ )と接触。

 3日後、生徒会の仕事を投げ出し今に至る。その間に堕天した模様”」

「…よくそれだけの人名を覚えてたな…」

「一応、教師ですからね」


この学校は壱組から伍組まであるが一クラスだいたい40名ほどだ。

つまり一学年大体200名で、3学年合わせれば600名ほど。

自分勝手な奴らが多い人外の中で、氷牙ほど他者を気にかける人外は珍しい。

だからこそ、この学園で教師の役をさせられてるのかもしれないが。


「…それから、ここに載っていない情報ですが」

「ん?」

「この転校生、保護者はいごに理事会の一人がついてますよ」

「……はい?」


理事会。

言うまでもなく、この学園の一番偉い人の集まりだ。


「この学園は理事会は表と裏…平たく言えば人間と人外の半々で構成されているのですが、たしか表側の理事がこの転入生の推薦者ですね。仁慈イツクシ 晴子ハルコ理事です。」


氷牙のその言葉に、新たな情報が紙に浮かび上がってきた。

『推薦者・保護者、天原理事会所属 仁慈晴子』

しかし、その情報に葛は「あれ?」と首を傾げる。


「保護者?苗字違うし、両親いるって書いてあるけど?」

「えぇ、ご両親は確かにいますが、後見人…といいますか…なかなか複雑なお家のようですよ。彼」

「へーぇ…」


とはいえ、身内に理事の一人がいるとは厄介というべきだろうか…

もしかしなくても人外だけじゃなく、普通の人間にも結構影響力持ってる奴じゃないだろうか。転入生。

もともと、面倒くさい厄介事であるのはわかっていたが、その考えをより危険視しなくてはならないかもしれない。

厄介な。

どう考えても、葛の手に余る対象にしか思えない。


「……なんでこんな案件をたかが人間の俺によこしたんだ。」

「それは私も同意ですが…なにぶん、神の考えることは解りかねますからね…」

「とりあえずあの糞ガラス、いつか絞める」

「……」


とりあえず今は葛の苛立ちを抑えるのが大事なようだ。

ふと、氷牙の脳裏に思いつくものがあった。

もしかしたら、人外に明るい人間である他に、葛でなければならない理由もあるのかもしれない。

そんな事を思いつくが、その考えを言葉にする前に口を閉ざした。

言葉にすれば、それが真実になる。

そんな考えのある日本くにの人外でもある自分が、下手なことを言うと真実になりかねない。

唐突に考え込んだ氷牙を心配したのか「どうした?」と覗きこむ葛に、氷牙は苦笑を漏らした。


「今日はもう帰りましょうか。すでに黄昏時も過ぎましたし、暗くなります」

「あー…わかった。」


窓を覗けば、ちらほらと星が見え始めていた。

放課後に裏風紀に呼ばれるまでは、それなりに平穏だったのにな、と葛は資料の紙を再び生徒手帳へと仕舞う。


「じゃ、雪村先生、さようなら」

「はい、さようなら。…一緒に帰らないんですか?」

「やだよ。保護者同伴で家に帰るなんて。恥ずかしい」


そう言い捨てて研究室を出た葛が最後に見たのは、とても悲しそうな氷牙の姿で。

……その姿に罪悪感が沸いたので、家に帰ったらそれなりに埋め合わせなりなんなりしようと思った葛だった。



所見の名前にルビふるのに、どうしようと悩みましたが、結局投稿に。。。

見難くてすみません。


ちなみに、壱組・弐組・参組・四組・伍組です。

四は大字だと肆ですが、フィクションとはいえこんな画数あるクラス名、生徒が可哀想(主にテスト時)と思って四としています。

あくまでフィクションですけど!

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