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百ノ鬼ト夜ヲ行ク  作者: 春霧
4月【妖精迷路】
30/31

28

相談室の空き教室を後にしたメレディスはふらふらとした足取りで廊下を通っていた。

トレードマークの海豹のぬいぐるみを両腕で抱きしめ、その顔は見るからに浮かない表情だ。

諦めない、と言ったが、自分が葛に対しておかしな頼みごとをしてるのを理解したのだ。

頼りにできる場所、と信じきっていただけにその落胆は大きい。

かといって、他に頼りになる所が思いつかない。

美晴の周りにいる人外はみんな自分の事ばかり優先気味で…聖に対抗できるほどの人間や人外が、周りにいるとは思えないのだ。


「……どうしよう…」

「あれ、メリル!」


完全に自分の世界に入り込んでいたメレディスの目前から声がかかり、ハッとなって顔を上げた。

そこにいたのは、先程までメレディスが考えていた人物で、もはやウザい演技を止めた美晴だ。

背後にはいつも美晴に着いてまわる3人と…風紀副委員長がいる。

その4人から向けられる視線はどこかキツいもので、メレディスはびくりと怯える。

特に聖からの視線に気がついた瞬間、メレディスは無意識に一歩後ろへ後ずさった。

じわじわと涙が浮かんできて視界が滲んでいく。

逃げ出したくて、でも地面に縫いとめられたように動けなくなってメレディスはどんどん頭が真っ白になっていく。

美晴はそんなメレディスに近寄ると、労わるように彼の頬に手を添えた。


「大丈夫?苛められた?」

「美晴…」


ぽろりと零れた涙を親指で拭われ、おそるおそる上目遣いで伺うメレディスに、美晴は甘い空気を纏わせてにっこりと優しげに微笑んだ。

妖精というのものは綺麗なものに弱い。

そして美晴の容貌は、文句なく美しい。

その上、恋人に向けるそれと同じ空気に、メレディスは恥ずかしさに顔を真っ赤にさせる。

メレディスの反応に満足したのか、美晴は「そういえば」と言葉を繋げた。


「クズ知らない?さっきから探しているんだけど」

「え」


美晴の言葉に「むこうの空き教室にいたよ」と言いかけて葛の心境を思い出して動きを止める。

葛に対して危害を加えようとしてるという話。

美晴を疑ってるわけではないが、葛も疑っているわけではないメレディスは、はたして素直に葛の居場所を告げて良いのか迷う。

そもそも、生徒会公認の相談室ができたと噂を聞いて、軽い気持ちで足を運んだのでそこに葛がいるとは思わなかった。

だから、メレディスが葛の場所を知ってるのは偶然。


(僕が言わなくても…大丈夫、だよね…?)


「ごめん…僕、知らない…」

「そっか…」


見詰めてくる美晴の視線を見てられなくて、視線を斜め下に外しながらメレディスが答える。

そんなメレディスに美晴は変わらない笑顔を向けてくるが、ふとその視線に訝しげな色を感じ取ってメレディスは内心で焦った。


(嘘ついたの…きづいた…?)


けれど、メレディスの内心とは裏腹に、美晴はメレディスの頬から耳の後ろ、頭と手を動かして、メレディスの頭をゆっくりと撫でる。

そしてメレディスの耳元に顔を寄せると囁くように言った。


「じゃぁ、見つけたら…教えて?」

「…っ」


強くなる美晴の色気やらなにやらにメレディスの顔は余計に真っ赤になった。

その様子に満足したのか、美晴はメレディスの頭をもう一度撫でると、そのまま何事もなかったかのようにすれ違う。

しかし美晴が移動した事によって、メレディスは改めて美晴に付き添う4人の視線に気付いた。

嫉妬や憎しみ、怒りを含んだ鋭い視線にもう一度身体が硬直するメレディスに、ふらりと近づいたのは聖だった。


「陽の気を惹けて、嬉しい?」

「ふーちゃん…」


聖がメレディスにつっかかっている間に美晴はその場を離れていく。

それに気が着いたほかの連れは美晴を追いかけていく。

聖はその様子に一瞥するが、すぐにメレディスに向き直って怒りに染まった目を向ける。


「僕の気も知らないくせに…どう?嬉しいでしょう?メルの癖に馬鹿にして…!」

「違…っそんなこと――」

「ほんと、憎たらしいくらい人間の気を惹くのが上手いよね…っ!!」


どん、突き飛ばされる。

何も身構えてなかったメレディスは易々と体制を崩し、廊下に叩きつけられた。

その拍子に、海豹のぬいぐるみがメレディスの腕から放られる。


「…ッ」


倒れたメレディスに吃驚して近くで成り行きを見ていた男子生徒がメレディスに駆け寄ってきた。

メレディスの肩を抱き「大丈夫!?」と心配そうな顔をしてきたその生徒に、メレディスは「あ…ありがとう…」と素直に礼を言う。

安堵から少しだけ頬を緩めたメレディスの儚げな雰囲気に、真面目そうな生徒の頬に赤みが差す。

そんなメレディスに見惚れていた生徒は数秒の間ぼぅっとしていたが、メレディスのぬいぐるみが転がったままだったことに気がつくとそれを拾おうと手を伸ばす。

だが、その手がぬいぐるみに届く前に、それを防ぐようにぬいぐるみの前にダン!と攻撃的に足が下ろされた。

その足は聖のもので、彼は眉間に皺を寄せてメレディスを助けた生徒を睨んでいる。

その眼光に怯んだ生徒は「ひっ」と手を引っ込め、聖は無造作にメレディスのぬいぐるみを掴むと、それを憎々しげにメレディスに向って乱暴に投げつけた。


「Son of bitch!!(この尻軽!!)」

「ふーちゃん…」


苛立ちを隠そうともしないで罵倒する背を向けた聖に、縋るように手を差し伸べる。

けれど、背を向けた聖にはそれは見えるはずも無く、美晴を追いかけていった聖の姿がだんだんと涙で滲んでいく。

空しく降ろした手で、メレディスはぬいぐるみを抱きしめて、顔を埋める。

ぬいぐるみに顔を埋め、涙を堪えようとするメレディスに、助けてくれた生徒が心配してくるが、その優しさも今のメレディスの耳に入ってこない。


『とろいんだから、メルは走らなくていーの』


頭にかつて言われた言葉が蘇る。

その言葉を言ってくれた幼馴染みと、最近向けられる視線を思い出してとめどなく涙が零れる。

自分の声も届きそうに無い幼馴染みの態度が、なによりもメレディスの心をえぐっていた。

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