02
前略、人外サポート軍(裏風紀)に無理やり入会させられました。
これを厄介事と言わずしてなんという。
仏は祟らないが神は祟る。という言葉はあるが、祟りを盾になんでもできると思うなよ、と葛は心のなかで恨み言を思う。
…思うだけで、どうにもならないことであるが。
悔しげに睨みつけてくる葛の言葉に目の前で美貌の男は「横暴でもなんでもいいが」と前置きし、ぱちん、と指を鳴らす。
するとそれが合図だったらしく、八咫の傍に控えていた白天狗が数枚の紙を葛に差し出した。
受け取る事は、八咫の横暴に負けたようで忌々しく思うが、そこはぐっと堪えて受け取る。
「…なんだこれ。『美晴 陽。2年壱組所属。4月の第2週頭に天原学園に転入。』…」
そこに書いてあったのは、件の転入生と思わしき詳細だ。
誕生日、保護者、出身校などの簡単なデータと共に、証明写真が添えられている。
美形だ。
とくに女子にモテる顔立ちでもない平凡を自負する葛にとっては(イケメン爆ぜろ)などと真っ先に浮かぶくらいの美しい顔立ちだ。
陽の光を集めたような金髪に、一筋だけ白いメッシュをいれている。
顔立ちも聡明な王子様フェイスといった所だ。頭良さそう。
「爆発しろ」
「そうしてくれると、俺としてもありがたいんだがな。とりあえず、それが件の転入生の資料だ。餞別としてお前にやろう」
「ウワーイ、ウレシイデスネー」
まったくもって嬉しくないが。
そのまま、渡された資料を読み込もうとするが、ふと葛は気がついた。
「…なぁ、八咫先輩…この資料、殆ど白紙なんだけど…」
「お前に渡せる情報はそれくらいだな。あとは自力で調べろ」
「はぁ…ッ!?」
渡された資料に書かれてあるのは、精々少し調べればわかる表の情報だ。
人外に対する被害をあれだけ言っていたのに、裏に関係する情報が一切書かれていないのはどういうことか。
2枚目などまるっきり白紙である。
こんなもの、餞別でもなんでもない。
「おい、せめて判ってる被害状況でも――」
「“4月7日、2年壱組所属の夢魔と接触。その後、夢魔の『食事』が無節操になり、昏睡する生徒が多発”“同日、昼に1年参組の妖精と接触。その妖精が対象に近づいてから起こした誘拐未遂は計6件。被害者は――”」
「!?」
八咫の傍に控えいた白天狗が、表情を変えぬままに言葉を告げると、葛の手の中にある紙に、その通りの文字が浮かんできた。
そのまま一気に述べられた項目は、それでも紙1枚半分。
それも、ところどころ虫食いのように空白がある。
「…なんか空白ある‥っていうか、なにこれ」
「その紙は、精神魔法と錬金術に長けた“魔女”に作らせた特別製です。情報源が真実を言うと其処に書き込まれる物。後さらに調整して書き込まれるのは件の転入生の情報のみにしてもらいました。」
そう説明するなり「“美晴 陽と大前 葛は会ったことがある”」とも白天狗が告げると、なるほど、その言葉は葛の手元の紙には書き込まれることはなかった。
「にしてもこの空白…」
「神にそのまま“正解”を求めるものではないよ。少年。神は人間を導く存在。これはあくまでも仮定を補助する道具。その道具を頂けるだけでも感謝なさい」
「……」
つまり、空白部分は自分で調べろってことか。
よく見ると、すでにある情報の空白部分は殆ど人名のようだ。
夢魔( )とあったり、妖精( )、被害者( )とあるから、なんだかテストの穴埋め問題でも見ている気分である。
「最後に、裏風紀の一員として風紀章をやろう。裏風紀室に入るための通行証だ。無くすなよ」
「……ドーモ」
八咫の言葉に、また白天狗が葛に手のひらサイズのお守りを渡す。
胸ポケットに軽々収まるそれは、黒い袋に収まった小さな水晶の勾玉であった。
葛はこれまで此処を訪れるには裏風紀の誰かに連れて来られなくてはいけなかったが、これでそんな必要もなくなるというわけだ。
「裏風紀室の入り方はわかってますか?」
「……あぁ」
「なら、言うことはありませんね。戻るがいいでしょう」
「……はいよ」
白天狗の質問に、どこか疲れたように答えてしまうのは仕方ない思いたい。
裏風紀室への入り方は特殊だが、人外に関わるものとして何回か連れて来られていたため、いまさら聞くまでもないことだった。
けれど、そのいずれも厄介事を回避するための措置というか、裏風紀=厄介事というイメージはすでに定着している。
そこに自由に入る許可を貰っても、手放しに喜べる気はしないというものだ。
退室を促されたし、素直に部屋を出ていこうとすると、見送るつもりだったのか葛が裏風紀室を一歩出ようとした時に白天狗が「ひとつ」と声をかけてきた。
これまで白天狗は白天狗で、業務じみた淡々とした声しか聞いてこなかったが、内緒話のように告げられた声に小さく振り向くと、思いの外優しい表情で白天狗は言った。
「私から助言を。貴方の良く知る人外に話を聞くと良いでしょう」
「俺の…?」
「えぇ。彼は裏風紀の顧問なので」
「……」
顧問、ということは学生ではなく教師。
そして葛の知る人外でこの学校の教師など、一人しか存在しなかった。
そいつは葛とは長い付き合いの人外であるのだが、裏風紀の顧問なんて話は聞いたこともなく、おそらくこうして白天狗から告げられなければ知らなかったことだろう。
裏風紀に関することを、人間の自分をできるだけ関わらないように言わなかっただろうことは、容易に推測できる。
が、長年信頼してた相手に隠し事されていたようで、寂しく思った。
(…頭痛くなってきた…)
「助言、ありがとうございます。えーっと…」
「現在の裏風紀の副をしてます。3年弐組の倉間 法一です。」
「あー…倉間先輩。いいんすか。そんな助言勝手に言って…」
「構いませんよ。八咫は神であり裏風紀の長ですが、私自身が仕える神はまた別ですから」
雑多な日本の神話状況を垣間見た気がする。
小さく微笑すると「武運を祈ります」と告げて倉間は裏風紀室の扉を閉めた。
どうやら仕事のオンオフをはっきりさせるタイプだったらしい。
裏風紀室の扉が閉まり、ひとつため息を吐いた葛は貰った紙を折りたたんで学生証の中に仕舞い、裏風紀章とともに胸ポケットに閉まった。
(あー…ほんと、面倒くさい…)
時刻は放課後の黄昏時。
この時間帯ならば、おそらく教師が持つ研究室にいるだろうと、倉間からの助言通り、葛は己のよく知る人外の元へ行こうと足を動かした。
(今日はとりあえず、アイツに話を聞くとして…敵情視察は明日にするべきかな)
放課後というだけあって、件の転入生が学校に残ってるとは限らない。
あまり会いたくないが、逃げていてもどうせ裏風紀の誰かに転入生に無理やり会わせられる気がする。
とするなら、早めに、慎重に情報を集めるのが得策だろう。
そんなことを考えていると、問答無用で裏風紀に入れられた事にふつふつと怒りが湧いてきた。
ついでに、思いがけない倉間の気遣いに一度は忘れていたが、裏風紀の顧問であったことを隠していた馴染みの人外への怒りも湧いてきて、気がつけば苛立ちにどんどん足が早くなる。
この苛立ちを神に向けて祟られたらたまったもんではない。
理不尽だと言われようが、葛はこれから向かう先の人外に全てぶつけてやろうと心に決めたのだった。