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「おねがい、美晴を助けて」
「だから、その話は他に当ってくれ…」
一つ覚えのように訴えてくるメレディスに頭が痛くなる。
思わず顔を覆ってしまった葛に代わり、伊吹はにこりとメレディスを諭す。
「ここは嘆願所じゃないよ。相談所。それに、単純に『助けて』なんて言われても話が見えないよ」
「話…?」
「うん、具体的にどうして欲しいとか。そういうの」
「おい、伊吹…!」
関わりたくないからこそ、ぬいぐるみを返したのにこれじゃぁ意味が無いと、葛は洩らす。
対して、伊吹はきょとんとした顔で首をかしげた。
「いいじゃない。聞くだけはタダだよ?カズ」
「俺は責任が持てそうに無いから嫌なんだって!!」
その中で、伊吹の言葉をじっくり考えたメレディスは「えっと…その」と躊躇いがちに口を開いた。
「ふーちゃんを、止めてください…」
「ふーちゃん…?」
「聖 風鹿…黒髪に…金の目の、プーカって妖精です」
そう言われて、葛の脳裏に美晴の取り巻きに「そんなのもいたな」と思い出す。
誘拐未遂の妖精…だったか?
メレディスを追い出すことを諦めた葛は、聖 風鹿についての記憶を辿る。
それにしても、メジャーどころではない妖精の種族名を聞いてもさっぱりわからない。
よくよく思い返してみれば、裏風紀の面々はみな日本・中国の人外である。
長く生きているにしても、海の向こうの種族は詳しくないらしく、伊吹も種族の説明をする気配はない。
もし知っていれば、さっきみたいに自分から教えてくれるだろう。
慧がこの学園にいないことを少し悔やんだ。
彼ならきっと妖精の種類についても知っているだろう。
だが、そう思うのも束の間で、葛の悩みにメレディスが察したのかは不明だが言葉を繋げていた。
「ふーちゃんの種族は…悪戯に人間を浚うって怖がられてるけど…細かく言うと…ふーちゃんの森に人間を誘って、ひとしきり遊ぶんです。追いかけっことか…背中に乗せたり…」
「ふーん…?聞く限り全然怖くないけど…」
「それで、ふーちゃんが満足するまで遊ばれた人間は、人間辞めちゃうか、狂って死んじゃうです」
「なにそれ怖い」
妖精ときゃっきゃうふふした行き先が発狂死とか…
ある意味そのまま浚うよりも性質が悪い。
そんな感想を抱いた葛に、メレディスはぬいぐるみを抱く腕に力を込めて辛そうに顔を歪めて、弱々しく言葉を吐く。
顔を俯かせたメレディスの瞳には涙を溜まっていた。
「ふーちゃん、今美晴を浚おうとしてる…」
「だから『美晴を助けて』か…」
「お願い…!!」
相談者と向かい合わせるように置かれた折り畳みの長机に身を乗りだして、メレディスは葛に訴えた。
勢いのあまり、葛は若干仰け反る。
「ふーちゃん、今までもいっぱい、いっぱい人間浚って…でもすぐに飽きちゃって…妖精王様から注意されるくらい…。だから、美晴を助けて…!!」
メレディスの勢いに飲まれて、葛は言葉を忘れて口を結んでいたが、メレディスの頼みはどう考えても自分には手に余る。
と、いうよりも何故敵対してるといっていい自分の所に頼み込んでくるのかまったく理解できない。
きっぱり諦めてもらえるにはどうしたものかと悩み、集中するために目を瞑りこめかみに手を当てながら頭の中で説得の言葉を捻る。
「…メレディス、だっけか」
「はい!」
「お前が俺にそれをいうのは、俺と転入生が前世で親子だったからか?」
「…ダメ、ですか…?」
不安げに首を傾げるメレディスに葛は「そりゃ…」とコメカミを指で叩きながら説明を続ける。
何度も葛が気にしている、その言葉を。
「前世が親子だったから言われてもな…現世の俺たちは赤の他人だ。親子の絆を信じて頼んできてるなら、残念だけどそんなものを無いって言うぜ。そもそも転入生は因縁とかいって俺の首を絞めてきたんだぜ?そんな奴に普通近寄りたいって思うか?」
「それは…」
視線を落として言葉を濁らせる所から見ると、そう言われればおかしな頼みをしてる事に理解したのだろう。
とりあえず説得の第一歩はできたようだと、葛は改めてメレディスと向き合った。
「はっきり言うが、お前が何度転入生を助けて、って言ってきても俺はそれに頷くことは無い。俺にとっちゃ、あの転入生が不幸に落ちようが、怪我しようが関係ない。」
「そうだねー…むしろ、カズはあの転入生に『殺す』なんて言われてたし」
「…………なにそれ初耳なんだけど…」
いや、首を絞められてる時点で命の危機なんてはっきり感じていたが…と青くなる葛に、伊吹はなんでもない事のように告げた。
「ま、正確に言うと、カズを生贄に玉藻を蘇らせて殺すって感じかな。氷牙君から聞いてないの?」
「…聞いてない…」
「……。あぁ、怖がらせると思ったのかな…」
より真っ青になった葛を見て、伊吹はノートで口元を隠して「ごめんね」と謝る。
口を滑らせて仕舞ったように振舞うその裏で「あの馬鹿…言っておくべき話と秘密にする話の違いもわからないの…」と葛に聞こえない声で小さく呟く。
顔色を真っ青にした葛だが、それならば話は早いと「ともかく」と葛はメレディスに言った。
「俺は、自分に危害を加えようとしてる奴のピンチを救うほど善人じゃないんだ。転入生が俺を殺そうとしてるなら…、聖が転入生攫えば俺に身の危険は無くなる。」
そして、一旦言葉を切り、はっきと告げる。
「むしろ『勝手にしろ』だ」
「………っ、それでも…!!」
葛の言葉に明らかに落胆したように見えたメレディスだが、やはり強く訴えるような瞳で葛を射抜く。
その瞳が諦めない、と語っている。
「諦めないから…!!」
瞳が語っていると思った同じ台詞を告げて、メレディスは腰を上げ、部屋を後にしていった。
その後姿を見て葛ははぁーと息を吐いた。
美晴を助けたいのならば、美晴に好意を持ってる人間に持ちかけるべきだろうに。
そういった人間の方が圧倒的に多い…他ならない美晴のせいで。
それにしても、やはりあのメレディスは美晴の取り巻きではあるが、胸中複雑である。
なんというか、訴える瞳がとにかく必死なのだ。
そのせいで、悪い事をした気分になる
と、言っても美晴を助けるなんて、敵に塩を送るもいい所で、話を聞くのも馬鹿馬鹿しく思うのも事実だ。
やれやれと肩を動かし、気持ちを切り替えようと大きく伸びをしていた葛。
そんな葛に苦笑し、伊吹は几帳面にメレディスの話もノートに書記しようとしてふと気がついた。
「あの子、カズのこと認識してた…」
「……あ」
それはつまり、魔女の秘薬に惑わされないだけの力のある人外であるという事。
そう思い至って葛はもう一つ気が着いた。
メレディスに対して複雑な気分になる理由。
メレディスの態度には、葛への敵愾心が無いのだ。
そして、彼は幾度となく美晴から離れて行動している。
なによりも、美晴の影響力の濃い者を退けると教えられたこの部屋に来た。
それは、つまり――
「…決め付けるのはまだ早いよ。カズ。もう少し、様子を見よう」
「伊吹…」
「例えあの子が正気のままだとしても、転入生に肩入れしてるっぽいしね」
葛はメレディスの去った扉を見つめた。




