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百ノ鬼ト夜ヲ行ク  作者: 春霧
4月【妖精迷路】
22/31

20

翌朝6時頃。

葛が眠い目を擦って居間の方へ向うと、食卓の上には朝食とは思えないほどの豪華な料理が所狭しと並んでいた。

いや、それは原因に心当たりがあるので、葛の中では問題ないと一旦横に置く。

そう、問題なのは…


「なんでアンタがここにいるんですかね…クソ烏…」

「挨拶もなしに開口一番がそれか?まったく、朝から不敬だな。祟るぞ?」


その料理をさも当たり前のように堪能している八咫の存在である。

なんでここに、とかはもう言うだけ無駄だというのは解っているが、ある意味面倒を持ってきた覚えしかない人物であるが故に葛が疑わしげな視線を隠すことはしなかった。

ついで居間に姿を現したのは氷牙で、食卓の上の料理たちを見て「おはようございま…なんですかこれは!!」と驚いた挙句、八咫を確認してさらに目を見張り「何で委員長が居るんですかっ」とうろたえた様子で叫ぶ。

そんな二人を尻目に、八咫は口の端をおかしそうに歪めて、水の入ったワイングラスを手の中で転がす。

無駄に絵になってて腹立たしい。


「俺が朝食を取っていて何か問題が?」

「ありまくりだ!!」


つか問題はそこじゃねぇんだよ!!と葛が心で叫んだは言うまでもない。

葛と八咫のやりとりを見て、やっと驚愕から戻ってきた氷牙は、自身を落ち着かせるために長い長い息を吐いた。


「……とりあえず、この料理は…ジルさんですね」

「おーう、あったりー」


そう言ってキッチンの方から顔を出したアパートの住人の手にはさらに新しい料理が載っていた。

そしてそんな人物の出で立ちを見て、八咫に噛み付いていた葛は思わず脱力する。


「……ジルさん…」

「ん。なんだー?」


ここでジル、と呼ばれた人外の出で立ちを足元から順を追って解説すると。

綺麗な形の爪の色白の裸足、同性の女性から見ても魅力的だろうくびれの下半身を覆うのは色あせたダメージジーンズ。

背中に「少年よ大志を抱け」と達筆な筆文字がプリントされたTシャツ。

豊かな胸元を隠すかのように当てられた青色のシンプルなエプロンは、料理した痕跡で細かい汚れがついていた。


さて、ここまではまだいい。問題はここからだ。


凡庸な恰好だからこそ、手に取るように見事なプロポーションをしている件の人物は首から上は、まるで生気の感じられない馬の被り物で覆われていた。


「何故に馬…」

「あぁ、今、〆切3本に追われて馬車馬の気分でな…」


なるほど、自虐か。

そんな馬頭美女(?)は、ジル・ライヒナームという女性である。

穏やかでありがなら妙に頭に響く蟲惑的な声に、7年前から変わらない美貌と周りは評するが、葛はジルの素顔を見たことは無いし、被り物のせいでいつも声が篭っている。

理由を聞けば、自分の顔が嫌いらしい。

彼女の種族はかの有名な吸血鬼で、同時に擬態が得意な種族でもある。

豊満な女性の体から、筋肉質な男性の体まで、自分の体の外見を作り変えることができる種族なので普通に擬態すればいいのでは?と尋ねたこともあるが、彼女は一言「めんどい」と答えたのを記憶してる。

そんな彼女の職業は前にも述べたように小説家で、充が腐った原因でもある。

そのために充は彼女を「師匠!」と仰ぐ。

ただ、彼女は貴腐人というわけではなく、参考の一環で買ったBL小説を充が見て勝手に陥落したらしいが。

ちなみに男性である慧と、女性であるジルの口調が逆なら丁度いいのに、と思うのは葛一人だけではない。


「まぁ、煮詰まって適当に料理してたら、気がついたらこんなんなってた。葛も氷牙も座って食えや」

「(朝からこんな料理を…?)」


ジルの言葉に思わず食卓の食事を二度見する二人。

ネタに煮詰まると息抜きと言っては持ち前の凝り性を発揮するので、今食卓に並んだ料理もその為なのは容易に納得できた。

確かに美味しそうではある。が、とてつもなく重い。腹に重い。


「ま、俺はついでに頂いてるが」

「おう、どんどん食え。けど悪いがオレにはそれ以上近づくなよ。太陽の使者。吸血鬼にゃ太陽はキツいんでね。」

「仕方ない。供物はありがたく頂こう、闇の女主人よ」

「はっはっは、面白い事言うねぇ。気に入った」

「………」


慇懃無礼で上機嫌な美青年の空のワイングラスに、ヤカンから酒のように水を注ぐ馬頭。

無駄に芝居がかって、傍目からみてやけに楽しそうである。

いや、実際楽しんでいるのかもしれないが。

気にしたら負けだ、と悟りの境地に思い至った葛と氷牙は無言で食卓に着いた。

その後、慧と充がやってきて一波乱あったのは省略しておく。






さすがに朝から豪勢な料理を食べきれるわけはなく、ジルが「じゃ仕事に戻るわ」と自室に帰った所でパックに料理をつめて弁当にならない分は冷蔵庫・冷凍庫に保存した。

入らなかった分は氷牙が使ってない箱で簡易冷凍庫を作ってそこに入れる。とても酷い雪男の使い方である。

しかし、嬉しい誤算は八咫がジルの料理を半分近く食べてくれた事だった。

その様を見て葛は「痩せの大食いかよ」と引き攣ったが、八咫曰く「俺は太陽の化身だからな。食おうと思えばいくらでも食える」だそうだ。

神様チート。

そうして食後のお茶を容易したところで、「なんで朝食でこんな疲れてんだろ」と思ったのは常識派の氷牙と葛だった。


「で、お前たちに一つ報告しておこうと思ってな」


一口、緑茶を飲んで八咫が言葉を洩らした。

その視線は氷牙と葛だけではなく、慧と充にも及んでいる。

天原学園の高等部に通っていない二人にも話を聞かせるとは、なんだか切羽づまった予感がして葛の眉間に皺ができた。


「そこの雪んこは知ってると思うが、転入生は規格外の『魅了』持ちであることがわかった」

「…『魅了』?あー…そういえば伊吹もそんな感じに言ってたような…」


葛が首を傾げると隣の氷牙が「相手の意思に限らず、虜にする能力の事ですよ」と説明する。

慧はわかっているようで静かに聞いていたが、「あっ、僕知ってる!」と充が子供のように手を挙げた。

実際子供なのだが。見た目はともかく。


「軽度なら、なんとなく目を引く程度だけど、力が強くなっていくにつれて無意識に好意を集めていくんだよね。一目惚れされやすい人は大体『魅了』持ち!」

「そしてその魅了の力が強い場合、最終的には好きになりすぎて言いなりになる」


八咫の補足にしーん、とした空気が流れた。


「人外に『魅了』持ちは少なくない。そもそも人間に好かれる外見してるやつが多いからな。だが、一度に大勢の人間を魅了する力の持ち主となると…人外でも数えるほどだ」

「…まさか、とは思うけど…あの転入生がそれに匹敵すると…?」


恐る恐る葛が八咫に聞くと、彼は顎の下に手を組んで不遜に笑って見せた。


「喜べ、クズ。いまや学園の8割弱がお前の敵だ」

「喜べるかーーーーーッ!!」


身を乗り出しバンッと手の平をテーブルに叩きつけた葛だったが、隣の氷牙が落ち着かせるように葛の手に手の平を乗せた。

いつになく硬い表情の氷牙にふと宿った柔らかな視線に、葛は言葉が出なくなる。

怒鳴って、平静を保とうとしてるが、それが葛の怯えと恐怖の裏返しであるのをちゃんと理解してる。

そう、その瞳が告げてるような気がして、今度は居たたまれなくなって言葉を失う。

結局、葛は再び椅子に腰掛けた。


「転入生の魅了に確実に掛かってないのは、裏風紀の幹部。そしてその保護下にある人間。それから、自炊してる寮生と自宅から通ってる生徒くらいか」

「自炊?」

「あの小僧、食堂で魅了を最大限発動しやがったんだよ」


そう言って、面倒くさそうに八咫は話し始めた。

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