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百ノ鬼ト夜ヲ行ク  作者: 春霧
4月【妖精迷路】
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19 side美晴 陽

遠い記憶。

小さな小さな手の平を伸ばすと、必ず笑顔を返してくれる人がいた。

稚い笑顔を振りまくと可愛い、天使と持て囃され、温かく祝福されていた。

自我なんてまだ芽ばえていない頃は、どこもそんなものだろう。

子供は守るべき対象で、自分の子ならば尚更。

けれど、自我を持ち始めて、同い年の子供と接するようになってもそれは変わらなかった。


遊びたい玩具が無くて泣くと、すぐに与えられた。


遊んでる子供達が羨ましくて見詰めてると、誰もが笑顔で迎えてくれた。


大好きなみっちゃんに結婚してくださいって言ったら、笑顔で約束だよって言って貰えた。


寂しいと呟くと、大切な商談を蹴ってまで遊んでくれた。


誰にも懐かない動物が、目を見るだけで愛おしそうに懐いてくる。


いらない、と言えばどんなに高価なモノも人でもすぐに消え去さった。


だれよりも、綺麗だと持て囃された。


好みだな、と思った子が居れば、次の日には相手から告白してくる。


自分の予定が合わなければ、周りが合わせて来る。


他人が大切そうに持ってる物が欲しいと零せば、それを持っていた子供が笑顔でくれた。



たとえ、小さな狭い中であっても、世界は確かに自分を中心に回っていた。

だから、当たり前のように(俺は愛される存在なんだ…!)と誇らしく過ごしていた。

愛されすぎて、変な人間によく襲われる自分は、さらに愛してくれる周りが護ってくれることを疑っていなかった。


けれど、そう自惚れていれたのは13歳までで、14歳の誕生日を境におかしな夢を見るようになった。


整然とした都の道を、知らぬ男と走っていた。


『行くぞヒロマサ!あの妖魔を野放しにはできん!!』

『だからお前は人使いが荒いんだっつーの!!』


水干袴と長い白髪を翻して、弓を抱える男と馬を走らせる。

すさまじい速度で移動するもやもやとした黒い化け物にむかって、ヒロマサと呼ばれた男は矢をつかえることなく弓の弦を弾いた。

ビィンと音が響くと、化け物が苦しいのか速度が鈍くなると、夢の中の自分は、勾玉の連なった数珠を手に言葉を紡いでいく。

やがて、完全に動きを止めた黒い靄から表れたのは牛の姿の無い牛車で、おどろおどろしい人の顔が怨嗟を吐いていた。

自分が言葉を紡いでいくにつれて、それはどんどん苦しげな表情になる。

不意に、化け物が自分に向って黒い炎を飛ばしてきた。

呪文を唱える自分は、避ける余裕は無く、甘んじて受けようと覚悟を決めた。


『ハルアキ!』


自分の後方から焦ったような声が聞こえたと思ったら、矢が炎に向って飛んでいった。

矢は炎を貫通しそのまま化け物の目に刺さり、化け物の苦しみの声に炎が立ち消えた。

かたじけない、と心で礼を言って祝詞を結ぶ。


『急々如律令…!!』


そう言って札を化け物に飛ばすと、劈くような悲鳴を上げて化け物は消えていった。

一仕事終えた、さあ帰ろうと思っていると、横から頭に遠慮の無い拳骨が落ちてきた。


『いてッ!!』

『少しは自分の身を守れ!!この馬鹿!!』


しかし、その言葉に謝罪より先にムカッときたのは自分で、『お前こそ!』とヒロマサの胸倉を掴んだ。


『妖魔の火を攻撃を矢で消そうとするとかどんな脳筋だ!?怨嗟の炎がお前に向ったらどうする!!運よく怯ませられたけれど、術者じゃないお前の方こそ自殺行為に等しいことしてるんだからな!?』

『うるせー!ばーかばーか!』

『こっっの…ムカつく男だな…!お前は…!』

『っは、それはこっちの台詞だ!』



(これは、何だろう…)


物心ついた時から、周りに与えられ、自分の意のままにしてきた。

そんなにムカつくのならば捨てればいいのに、と安易に思う。

けれど、夢の中の自分はムカつく、と言いながらも楽しげに笑っている。


『おまえは本当に俺の予想の斜め上を行くな、ヒロマサ。だからこそ、おもしろい』


つい先ほどまで怒鳴っていたのが嘘のような、綺麗な笑顔だった。


どういうことだ。

俺はこんな感情なんて知らない。

そんな表情なんて知らない。

俺は、夢の中の自分のような笑顔を浮かべたことがあっただろうか…?



眠りにつけば、映画のように流れてくる夢に、いつしか自分は焦がれていた。

それに反比例するように、現実の世界が色あせて見えてくる。

そしてそれを見れば見るたびに、己の魂がそれは過去の自分なんだと告げてくるのがわかった。


いつだって、周りは俺の意のままに動いていて、予想なんてできて当たり前。

そこから生まれる楽しさなど、しょせん自分の好きにできた事で生まれるものでしかない。

俺の周りはいつだって同じ顔で笑う。

全ては俺の機嫌をとるための笑顔。

叱られたことなんて、無い…


夢の中と現実では何が違う?

その問いの答えは、また夢の中にあった。


それはいつもの夢と違って都の風景ではなかった。

時代劇や映画でしか見ないような、平安を思わせる建物の中の夢。

御簾の間から覗く外は、今の日本じゃ考えられないほどの自然でいっぱいだった。

覗く自分の手はまだ小さく、子供であるのがわかる。


『ハルアキ』


そう呼ばれて振り返った先に居たのは、息を飲むほど美しい女。

今の自分とも似た美貌の、女。

そして、同じような空気をも漂わせている、女。

夢の中の自分は『ははうえ!』と女に抱きついた。

女は、微笑みながらその双眸を細めると夢の中の自分の頭を撫でる。

そして一瞬、悲しげに顔を歪ませた。


『ごめんなさいね』


その途端そうか、と思った。

この女が、全ての原因なのだと、わかってしまった。


夢は、俺の魂の記憶をそのまま反映して俺に見せ付けてきた。


前世の俺の母親が、妖狐であること。

転生するたびに、その妖狐と因縁があることを。

――その妖狐が、周囲を操り人形のごとく魅了する魔性であること。


そしてふと思った。

周りが自分を愛してくれるのではなくて、自分が周りを操っているのではないか?

そう思った瞬間、怖くなって…でも確かめなきゃいけないと思った。

目が覚めて、夜中であるにも関わらず、俺は外に飛び出した。

この時、俺は焦ったあまり忘れていた。

自分が小さい頃からよく変な人間に男女問わずストーカーされていることを。

飛び出した先で、真っ先にあった男は俺に長年付き纏ってる人間の一人だった。

一人で飛び出した俺を襲おうと、背後から押し倒されたのだ。

はぁはぁ、と気持ち悪い呼吸に息がつまりうなじを撫で、身体を触る手に、得たいの知れない恐怖を始めて味わった。

だからこそ、本心から言えた。


「くそ…死んじまえ…!!」


きょとん、とした表情は一瞬で、次の瞬間その人物は笑顔になった。

先ほどの恐怖とはまた違う恐怖が、俺を襲った。

その男はふらふらとした足取りで俺から離れると、夜の街に姿を消した。


翌日、近くの公園で首吊り死体が見つかった。

それは紛れも無く、俺が「死ね」と思った男だった。


それでも男に触られた感触が気持ち悪くて、それを払拭するように女を漁った。

あまりに簡単に事が運んでしまう事実に、ふと以前よりそれが簡単になってるような気がした。

偶然だ、と思って今度は両親に強請ってみた。

普通なら、常識や倫理感が邪魔して絶対に叶えられないお願い。

実の子供の自分との性交渉、殺人、自殺――。

結果は、その強請られた通りを笑顔で実行しようとしたので、裏切られた思いと恐怖が積み重なっていった。

直前で「やっぱいい」と拒絶はできたが、あれほど絶望した時はなかった。

そこまですれば嫌でも理解できる。

俺は、夢の妖狐と同じ魔性の力を持っているんだと。足元が崩れるような感覚がした。



こんな夢を見なければ、良かったのかもしれない。

自分が、安倍晴明の生まれ変わりであることに、気がつかなければ、きっとそれなりに幸せだった。

愚かなまでに狭い世界の中で絶望を味わうことはなかった。

けれど、自分の周りがおかしいことに気付いてしまったことで、そんな幻想は簡単に破れてしまった。

周りが不快に感じる態度を取れば、多少は緩和できると気がついたが、年々強まってくその魔性は絶望しか生まない。


(俺は、夢の中のような、世界が欲しいのに――)


そして、俺は思いつく。

前世の記憶を見た俺は、過去身につけた術や学が頭に入ってる。

妖狐との因縁。そして、妖怪の呪いの解き方。


(俺は、玉藻前を殺すために力を宿したのか)


この魔性が玉藻前を起点としてるなら、それを壊せば解放される――

そう、考えがまとまるのは案外早いものだった。


(なら、俺はなんとしても玉藻前を探さなくちゃいけない)


人づてに現代の術者を探し、そうした血筋のものが通う学校などを調べ上げた。

そうして俺はこの学園の存在を知った。

数多の人外が集まる巣窟。天原学園――

まさか目的の存在がそこにいるとは思って無かったけれど、見つかったのならば、やることは一つだ。


「――俺は、欲しいものを、必ず手に入れる」


天原学園の寮の中、天織、亘理、聖を引き連れて美晴は呟いた。

向う先は、寮生たちが賑う食堂。

天原学園は8割近くを寮生が占める。

夕食時の今、その寮生の9割が入れるほど大きな食堂は、今大勢の人間が賑っていることだろう。

美晴の手が、食堂の扉を開けた。


「どんなことをしても」


さぁ、狩りを始めようか。

美晴の声に出ない呟きが、食堂の光に溶けて消えた。

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