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百ノ鬼ト夜ヲ行ク  作者: 春霧
4月【妖精迷路】
20/31

18-2 side???

ぴしり、と異空間に皹が入る。

その皹を中心に、ガラガラと崩れていく雪野原の異空間は崩れていき、そして代わりに“荒野の異空間”へと変貌した。

数学教諭室に戻ると思っていた美晴は眉を動かす。

そして上空に新たな人影があるのに気がついた。


「――まったく、相変わらず甘いね。氷牙君は」


君も言えることだけどね、と呟いた人物の右肩にはいつの間にか気を失った氷牙が俵のように担がれていた。

襟足部分が腰まで届くほど長い漆黒の髪に、仄かに光る薄桃の瞳。そして黒曜石を思わせる二本の角を持つその人物は、歪な形の左手を美晴に向けるとくすりと困ったように微笑んだ。


「裏風紀委員長からの伝言。『裏風紀は大前葛の反魂を阻止する』。カズ君を狙うなら裏風紀を敵に回すことになるよ」

「大妖怪が使いっぱしりかよ…ダッセーな。」

「裏風紀には現在進行形で借りがあるからねー。仕方ない仕方ない」


それに、と鬼は、肩に担いだ氷牙を見やる。


「親が子の心配するのは当然でしょ?」


その鬼の言葉に美晴は驚きの表情を浮かべ、次いでさも可笑しいというように笑い出した。


「はははは…!!心配!?お前がそれを言うか…!茨木童子…!」

「じゃ、言い方を変えようか。便利な駒がなくなるのは困るんだよ」

「はは…っ、その方がよっぽどお前らしい」


そうしてひとしきり笑った後、「まぁいい」と美晴は両手を上げる。


「今日はこれで休戦だ。雪村先生の後ろ盾はわかった。なるほど。俺の魅了が効かない訳だ。大妖怪が“2匹”もいるんじゃぁな」

「…僕とアイツをセットで考えるの止めてくれないかなぁ…」


事実だけど、と茨木童子と呼ばれた鬼が嘆息すると、美晴の背後に見知った学校内の風景が窓のように現れた。


「貸し一つ。面倒くさいから見逃してあげるよ」

「…ま、しかたねーから借りていく。けどな、裏風紀委員長に言っておけよ」

「ん?」

「裏風紀が玉藻を隠すなら、対抗組織を作るまでだ。そうだな…そっちが裏風紀なら、こっちは聖徒会なんてどうだ?」

「変な対抗意識持つねぇ……」


呆れた声を漏らす鬼に、美晴は笑う。

確かに裏風紀に対抗して生徒会を掛けた聖徒会なんてただの駄洒落だろう。

けれど、これほど的を得ている名前も無いだろ?と美晴は笑う。


「力を持ってるのは、何も人外だけじゃないんだぜ?退魔士の組織を作ってやるさ」


人外が集まるこの学園は同時に術師の卵も集まってくる。

美晴と同様陰陽師は勿論、佛魔士、修験者、魔女狩りもいる。

そいつらを探すのは美晴にとって造作も無い事だった。

魅了した人外が恐れてる人物を探せばいいだけだ。

それに、と上空に浮かぶ鬼に向って挑発するように笑った。

歪な、左腕を指して。


「お前の腕を切り取った奴だって、転生してるんだからな」

「……それは初耳だねー」


それまで微笑みを浮かべたままの鬼の表情が驚きに変わったのを見て、美晴は満足げに後ろに下がった。

いくら見逃してくれると言われても、敵に背中を見せる馬鹿ではない。

そうして美晴が異空間の外に完全に出ると、その窓は掻き消えた。

それを確認して鬼はゆっくりと地上に降りてくる。

同時に周りの風景が陽炎のように揺らめいていき、鬼が“裏風紀室の床”に足を着けるとたちまちに消えていった。

鬼の容貌も長かった髪は短くなり、角が消え、左腕も手袋をした普通のそれへと変化する。

薄桃の瞳も、柔らかな茶色の瞳へと変わっていった。


「ご苦労さん、茨木の」

「…僕を使ったんだから、ちゃんと約束は守ってよね」


八咫が、鬼から人間の姿になった伊吹を労うと、伊吹は平坦な口調で八咫に返した。

伊吹が微笑みを絶やさないのが常であるせいか、表情をそぎ落としたような声音は、何かしら不気味なもののように思える。

だが、そう思うのは伊吹よりも弱い立場のものであって、神である八咫には通じない。

八咫はいつものように不遜な態度で伊吹に「あぁ」と応えた。


「酒吞童子が現れたら、お前を差し出すことはせず、護ってやるさ」

「それと、僕の気配の隠蔽も徹底してよね」

「勿論」


そこまでやり取りをして、やっと伊吹はいつもの表情に戻り、肩に担いだ氷牙を見る。

だいぶ消耗したのか、教師の姿とは幾分幼くなっており、人間の姿になった伊吹でさえ軽々と持ち上げられる程になっている。


「まったく、子供じゃないんだからアレくらい注意して欲しいものなんだけどねー…」

「まぁ、フォローするなら…そんなでも一応、妖怪の中じゃ上位なんだがな。で、どうするんだ。それ」


それ、と顎で氷牙を指す八咫に、伊吹は少し考える仕種をする。


「まぁ、冷えさせておけばその内復活すると思うよ?熱で溶けてるようなものだし。一番良いのは雪にそのまま付ける事だけど――」

「よし、倉間。氷結系の人外を呼んでおけ。」


八咫の言葉に、倉間は配下の鴉天狗の何匹かを何処かへと向わせた。

おそらく氷結系の人外を呼ぶための使いだろう。

やがて裏風紀室に連れて来られた人外達の尽力により、氷河はなんとか回復した。

が、目の覚まさない氷牙を前に、子供のように覗き込む八咫と伊吹が投げやりな会話をし始めた。


「こいつ、いつまで寝てるつもりだ…?」

「起きないねぇ…」

「棲家まで送り届けるしかねーか」

「ちょっと、僕の方を見ないでよ。さすがに学園の外出たら僕の気配消せないの、判ってるでしょー?」

「わかってるわかってる。さて、どうしたものか…」

「あ、良い事思いついちゃった!宅急便で送るの」

「…ん?」

「クール宅急便で、送るの。ほら、この子雪の化生だから、こうぎゅっぎゅっぎゅって詰め込んでー」


名案でしょ!とまるで雪の玉を作るかのようにぎゅっぎゅ、とジェスチャーをする伊吹。

……仮にも親子の契りを結んだ者の言葉とは思えないものが聞こえた気がする。と思ったのはその会話を壁際で見守っていた裏風紀の副委員長こと、天狗の倉間。

しかも八咫も「ほほぅ」と言っているあたり、なんだか成り行きが不穏に思えてくる。

ちなみに、伊吹と氷牙は明らかに別種族の人外なので、親子と言うのは伊吹が幼少の頃の氷牙を拾って育てたという意味である。


「昔結構そうやって遊んでたんだから、いけるいける。」

「お前“が”、遊んでいたんじゃないのか?」

「まぁ、うん。氷牙君ならいけるいける」

「そうか。いけるのか」

「うん。いけるいける」


どこまで本気かわからないが、八咫と伊吹がクール宅配便用の発泡スチロールの箱を用意し始めたのを見て、倉間は無言で氷水の入ったバケツを用意した。


この二人だと本当にやりかねない…!


八咫の下で働いている身で実感しているが故に、そう倉間が思い至るのは簡単なことだった。

結果的に鬼畜2人が余所見をしている隙に、倉間が意識の無い氷牙の頭に氷水を浴びせ、その冷たさと衝撃で氷牙の意識は戻り、クール宅急便は使用されることは無かったのだった。


「……頭がふらふらします」

「奇遇ですね。私は頭が痛いです。雪村先生」


氷牙が目覚めて最初の会話がこれである。

先ほどの会話だけでも「どんな幼少期を送ったのか…」と不憫に思った倉間は、以降氷牙を見る目が優しくなったのはここだけの話だ。

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