01『任サレタクナイ命レイ』
此処は八百万の神の国、日本。
土地を統べる神様から、使い古されたお椀に宿るツクモ神まで多種多様な品揃え。
加えて、妖怪・魑魅魍魎もごまんといる。
ついでについでに。
今の世の中、ワールドワイド。
…どういう意味かって?
「――おい、聞いているのか。葛。」
「聞いてますよ。八咫先輩。あと、俺はMじゃないんで、その呼び名止めてもらえます?」
黒い髪に黒い目。
それを際立たせる白い肌。
全身黒で固めた美貌の男が偉そうに脚と指を組んで薄く笑う。
その美貌もさることながら、一際目を惹くのは背中に背負った――いや、生やした黒い、羽。
「いいじゃないか。屑をクズと呼んで何か不都合でも?」
まさにカラスの濡れ羽色、という名に相応しい黒髪をかきあげて男――八咫 雅が、唇の端を歪めた。
そのあまりにも不遜な態度に、向かい合う狐顔の少年が心底嫌そうな顔をする。
「…いーえ。神サマにとって私共はクズでしょーね」
「まぁ、その通りだがな。」
そう、この偉そうな黒い男は八咫烏という神で、人間ではない。
ちなみにそんな神様の傍らに立っている白い翼の美形は和製天使の白天狗。
さらに後ろに控えているのは白天狗の配下の烏天狗たち。
彼らは、知る人ぞ知る“裏風紀”の面々。
それは、この天原学園で、人の世に紛れて暮らす人外の者をサポートする集団だった。
八咫と向かい合う少年は、眉間にシワを寄せて不機嫌であることを隠そうともしないで吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
「八咫先輩。俺は“天狗”でもなけりゃ“妖怪”ですらない。ただ、前世が妖怪だっただけのしがない“人間”です。勧誘されても、何にもできませんよ」
「かつて大妖怪であった奴が何を抜かす。」
「いや、俺はそんなの知りませんし。」
かつて、という言葉に少年の機嫌は更に悪化したとばかりに声が低くなる。
少年の反応をクツクツと喉を鳴らしながら楽しげに笑う八咫は、やはり不遜そのものだろう。
その対応は趣味が悪いと言われて仕方ないし、十中八九人に嫌われる態度だ。
でも目の前の男はそれを補って余りあるほどの美しさと雄々しさの持ち主で、嫌うという感情よりもその美しさに尊敬を抱きそうで、つくづくイケメンは卑怯と思う。
そう思う少年自身が平凡なため、悔しいやら憎らしいやら何やらだ。
さらに言えば、これが相手が人間であれば憎らしくとも、社会に関わっていく限り変わっていく可能性もある。
しかし、相手は神。
この不遜な態度は永劫変わるもので無いことを、長年人外と接している少年は分かってしまうのも悔しかった。
少年の悔しそうな顔にひとしきり満足したのか、八咫は「まぁ、まて」と声を漏らした。
「これは、お前が“人間”だからこその勧誘だ。」
「…どういう事です?」
“裏風紀”は人外をサポートするがゆえに同じ人外でないと入れない。
そんな暗黙の了解があるのは、人外のサポートなど人間には手に余るから当然のことだ。
だというのに、八咫の言い分は妙だった。
その事に疑念を持った少年が「訳が分からない」と怪訝な顔をすると、八咫は面倒くさそうにのたまう。
「“表”の方に厄介なのが転入してきたンだよ。 そいつは神獣・妖怪・精霊・天使・悪魔…、とにかく人外の者を狂わせる気を発してやがるようでな。」
「…は?」
「既に何人か狂わされてる。夢魔の奴らは前にも増して節操がなくなるわ、惚れた妖精は誘拐未遂連発。とある精霊はそいつに喜んでもらおうと負の感情を向ける人間を殺す勢いだわ、はては天使が堕天しやがった。」
「それは…」
「まぁ、こう、端的にいうとだな?そいつの周りは未遂ではあるが行方不明事件と暴力事件が多発…くわえて、天使が堕天するほどのモラルの低下を引き起こす。」
「何ですか。その生物兵器」
夢魔はの悪魔の一種。
妖精は欧州の方の人外、精霊は自然霊の一種。
天使は言わずもがな。
そもそも、人外は人間の考えに合わせることを考えない――いわゆる、自分勝手な輩が多い。
そして戸籍など作られていなかった昔ならいざしらず、現在では一人の人間が消えるだけでも大騒ぎになる。
人間である少年には詳しい事は聞かされていないが、人外は影でひっそりと生きる必要性があるらしく、だからこそ、人間と係る性質の人外は昔と比べ、とても慎重だ。
そんな奴らがたった一人のために、己の不利を顧みず能力をひけらかすなど常識外もいい所。
“狂った”という表現は言い得て妙である。
「それで、だ。狂った奴らを正気にもどすにしろ、対処をするにしろ、人外が行ってミイラ取りがミイラになったらどうする。」
「どうにもなりませんね」
「だから、できる奴が、どうにかするしか無いだろう。」
八咫の言葉に少年はますます嫌そうな顔になった。
ようやく、自分が勧誘されるに至る理由に気がついたからだ。
「お前は確かに人間ではあるが、前世の名残で“普通”ではないからな。これ以上の適任はいないだろう?」
「いやいやいや、俺にできるのは小さな炎を灯すことだけですよ?牙とか爪とか、そんなもんには太刀打ち出きませんからね?」
「本来、“裏”の気の帯びた人間は保護対象だが、目出度くお前はそれを外される…つっても、もともとそんな担当なんぞいなかったがな」
「ぅおい、仕事しろよ!クソ風紀!!」
「お前は保護するほど、弱くなかったというわけだ。喜べ」
「喜べるか!!!」
人間の世が世界に開けて、人外の世界もオープンになった。
彼らは気まぐれに移動し、時には人の世に混じる。
ここは、私立天原学園。
世間一般的には、ちょっと偏差値の高い進学校である。
遠方から入学希望する生徒の為に寮もあり、幼稚舎から大学まで系列校がある。
だけどそれは表の顔。
裏では人の世に紛れる人外が集まる魔境。
神様妖怪・天使に悪魔。
半分足を突っ込んで、人の世では炙れやすい半神・半妖も普通に生活できる奇跡の場所。
それが、この国籍無視の人外の通う学園の真実。
そして前世が妖怪らしい俺の通う高校でもある。
「もう一度言う。大前 葛、お前、裏風紀に入れ。」
「…嫌です」
「祟るぞ」
「横暴だっ!!」
こうして、俺こと大前 葛は裏風紀に任命された。
まったくもってツイてない。