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人外が住んでいる居住は、少なからず隔離されている。
所謂、人外の通る“けものみち”の先にあるのが常だ。
だが、葛の住んでるアパートは人外が住んでいるには少し特殊だ。
入り口は人間の世界に設置されていて、アパートの中身の一部が“けものみち”になっている。
そのせいで、外観とは容量の違う、人外の巣窟になっていた。
「ただいまー」
一見するとアパートに見えない純和風の屋敷。
その玄関を挨拶とともに開けると、中は途轍もなく広い屋敷になっている。
広い中身にふさわしい広い玄関の先、かけてある簾をのけて葛の見知った人物が顔を出した。
「おかえり…って、あれ?カズ君!と慧君、学校は?」
顔を出したのはやはり人外。
ノンフレームの眼鏡を掛けた、美形の人外の多い中わりと普通の容姿の青年だ。
その顔と言葉を聞いて、葛は面倒くさそうに、慧は「えへっ」と可愛らしく小首を傾げる。
「サボった」
「気分悪くて早退しちゃったー」
「それでいいの…?」
悪びれも無い様子の葛と、まったく気分悪そうではない慧を見て「やれやれ」と青年が肩を落とすのは仕方ないだろう。
まるで「困った子だなぁ」と態度が言っている。
ふと、その視線が慧の抱いてるメレディスを捉えた
……心なしか何か目がきらきらしてる気がする。
「って、慧君。その子は?なんで姫抱っこしてるわけ?」
「あ、そうそう。充さん、ちょっとタオルケット容易してくれるかしら?この子客間に寝かせたいの」
「りょーかい。でもそうなった経緯聞かせてねー?」
「いいけど…特に面白い事なんてないわよ?」
「何言ってんの!!姫抱っこなんて、もうwktkするしかないでしょ…!」
「男の娘×チワワって百合百合しいね!!」なんて呟きながら戻っていく青年――充にいつの間にか狐の耳と尻尾が二本が生えていた。
生えてただけではなくて、なんだか嬉しそうに揺れている。
その後ろ姿を見て、慧は「もうっ」と呟いた。
「ほんと、充さんの病気は仕方ないわねー」
「そうだね。」
昔はそんな事なかったのになぁ、と思いながら葛も慧に同意する。
狐は人外の中でも特に感受性豊かといわれるせいか、充は気がつけば何かと人間の恋愛に興味を示すようになっていた。
特に、禁断の~と付くのが好きらしく、ここ数年のお気に入りは男同士の恋愛である。
しかもなんか知らないが、ネットの流行なのか偶に呪文めいた言葉まで使う。
その様子を、病気と言われて否定できる気持ちは葛には無かった。
「私はこんなにも氷牙さん一筋なのに!氷牙さん以外とだなんてありえないわ!」
「……そうだね。」
慧の言葉を聞いて(慧さんの病気も相変わらずだよね…)と葛が思ったのは言うまでも無い。
丁度屋敷の真ん中に位置する中庭は、緑が溢れている。
それはアパートの空間が異界に通じているからか、よくわからない植物も多いが同時に神秘的な雰囲気をもっている庭だった。
その景色を2番目によく見れる位置に客間がある。
ちなみに1番は植物系人外の部屋だ。
と、いうよりこのアパートの緑はその人外の能力によるものだったりする。
純和風の入り口にふさわしい和室の客間で、葛は隅に重ねてある座布団を一枚取ると、それを二つ折りにして壁際に置く。
そして、それを枕にするように慧がメレディスを寝かした。
それにしても、と葛は静かに気を失うメレディスを見ながら心の中で呟く。
見れば見るほど女の子にしか見えない。
背格好も女の子によくあるそれだし、服装が学ランじゃなければ男に見えないだろう。
そんな風にメレディスを見つめる葛に、慧はにやにやと笑いながら言う。
「可愛い子ねー。こんな子、どこで引っ掛けてきたの?カズ君も隅に置けないわねー。いっそ付き合っちゃえ☆」
「や、男はお断りです。」
「……ちょっと、そんな嫌そうな顔すること無いでしょ?冗談よ。じょーだん」
(いや、目が本気だったから)
「で、本当の所、この子とどんな関係?」
「…え。慧さん、盗聴器で分かってるんじゃないの?」
何処に仕掛けられてるかはわからないが、葛自身に盗聴器をつけられているなら、葛に起こった事も聞こえているはずだ。
そう考えての葛の切り替えしだが、「まさか」と慧は長い髪を一つにまとめながら答えた。
「漏れ聞こえる会話だけで解るわけないでしょ?私がわかってるのは、カズ君が厄介ごとに巻き込まれてるみたいだなーって事くらいよ」
「あれ、カズ君、学校で何かあったの?」
そう言ったのはタオルケットを片手に持ってきた充で、一旦は納まってた耳がまたぴこんと出たのが見えた。
「ちょっとクソガラスに厄介ごと押し付けられたんだよ」
「クソガラスって…八咫鴉の事?」
ケッと吐き捨てるように葛が言うと、「あー、今天原学園にいるんだっけ?」と呟きながらメレディスにタオルケットを重ねる充。
どうも八咫烏のことは学園外にいる人外にも知られているらしい。
さすが神の端くれなだけはある。
そんな充に軽く頷くと、葛は視線だけ気を失ってるメレディスに向けた。
「で、こいつはその厄介ごと…の周りをうろちょろしてる奴?」
「…なんで疑問系?」
「まぁ、そいつのこと知らないから」
知っていることといえば、裏風紀から説明された名前と、人外という事ぐらいだ。
たしか、海豹の妖精だっけか、と葛が考えてると、小さなうめき声が聞こえた。
「…ま、詳しいことは本人に聞くのが一番だろ」
タイミングよく、と言うべきか。
ゆっくりと瞳を開けたメレディスに葛はにやりと笑って見せた。
まるで悪役か、と思うくらいのあくどい笑みだったせいか、意識をはっきりさせたメレディスは「ひっ」と青い顔をしてタオルケットにしがみ付いたのは仕方の無い事かもしれない。
「………」
ふと悪戯心が沸いて、にやー、と悪役じみた笑みを作るとメレディスは「ぴゃ!?」 と肩を跳ねさせた。
ふるふると小動物のように怯えるが、保護するより虐めたくなる。
…つまり、打てば響くいい反応を返してくれた。
「………」
クックックック…
「△◎×!?」
「……カズ君、楽しいのは分かるけど、ほどほどにねー?」
「あ、僕お茶煎れて来るねー」
調子に乗って喉で笑う葛に怯えるメレディスの姿を見た二人は(あ、なんか平和そうだ)と判断した慧と充は小さく安堵の息を洩らして口を開いた。
なんだかんだ、見ず知らずの人外より、長年同じ屋根の下で暮らしてる葛が大事である事は彗も充も変わらないようだった。




