フェレット
同棲中の彼女とケンカをした。
理由は晩御飯に関するものだと思ったが、いまとなっては思い出すことができない。
それほどにささいなことだ。
その場は『なあなあ』ですませてしまい、そのままいっしょのベッドで眠った。
朝、目を覚ますと、隣で眠っていた彼女がフェレットになっていた。
フェレットになるほど怒ることでもないだろう。
そう言ってはみたものの、すでにフェレットになっている彼女は聞く耳をもたなかった。
白をベースにしたほんのりと茶色い彼女の毛並みは美しいの一言に尽きる。
彼女をヒザに乗せてなでていると妙に指をかんでくる。
そういえば、自分も彼女も朝御飯をまだ食べていない。
ケンカの原因となった晩御飯のせいで冷蔵庫もカラになっていた。
とりあえず、コンビニで朝御飯を買ってこよう。そして、なにか美味しいものでも買ってきてご機嫌をとろう。
そう思い立ち、彼女を神棚のうえに乗せて部屋を出た。
住んでいるマンションの一階がコンビニになっているため、買い物はすぐに終わった。
自分にはポークリブのレーションとペットボトルのお茶、彼女にはフェレット用のエサとペット用のミルクを買った。
マンションの階段を上がり、自分の部屋のある階にたどり着いた。
なぜか自分の部屋の前に男が立っている。
肩にフェレットを乗せて男はこちらをにらんでいる。
その男とフェレットには見覚えがあった。
彼女の両親、自分にとっては将来の義父と義母にあたるふたりだ。
義母は、彼女と違って輝きにも似た白色の毛並みをしている。
はたして彼女もこの義母のようになってくれるのだろうか。
「用件はわかっているね?」
「はい」
わからないがとりあえずそう答えた。
ドアのカギを開けると、ボクを押しのけるようにして義父は無理やり部屋へ上がり込んだ。
彼女は、ソファーのうえのお気に入りのクッションに丸まっていた。
彼女の姿を見たとたん、義母は義父の肩から駆け下りた。
遮蔽物をすべてかわし、飛ぶような勢いで彼女目がけて体当たりをする。
ソファーから跳ね起きるようにして彼女は回避した。
互いに間合いをとりながら威嚇しあっている。
しばらくそうしていたが、焦れた彼女が義母に襲い掛かる。
それは、あまりにも半端な攻撃だった。
義母はすこし身を引いただけでそれを避け、長い首と胴体を駆使して彼女を押さえ込む。
完全に押さえ込まれる前に、義母の下で彼女はねじるようにして自分のカラダを反転させる。
仰向けで押さえられるカタチになった彼女は後ろ足を使い何度もケリ上げた。
たまらず義母の拘束が緩む。
そのスキをつき、彼女はするりと逃げだした。
ふたたび距離を取り、にらみ合い威嚇しあっていた。
「母さん、そのぐらいでよさないか。母さん」
義父が棒読みでとめにはいる。
それをながめながらボクがペット用ミルクを飲んでいると携帯電話が鳴った。
画面に表示された発信者は彼女だ。
しかし、彼女は、いまも目の前で義母と取っ組み合いをしている。
おそるおそる電話に出てみる。
通話状態になった電話の向こうからは「キュキュ」というフェレットの鳴き声が聞こえた。