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パラダイムしふと!  作者: 月見岳
奇人変人貴人
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しふと1-4 奇人変人貴人

 学生食堂に着くと、そこは既に多くの人で賑わっていました。

 流石に、多くの学生や教師、さらには設備維持のための保安要員や警備要員などの人員の食を満たすための施設だけあって、一度に学生と教師が全員収容できるだけの広さと座席数がありました。食堂で沸き立っている人達をみると、この学園の学生の多さを実感します。

「ここから人を探すのは骨が折れますね」

 この人の海のどこかに、レオルドが席を取っている手筈になっているのですが、探す立場になると見つけ出すのは非常に絶望的な気がします。

「お姉ちゃーん」

人ごみの中で揉まれて翻弄されつつも、懸命に私のほうに来ようとしているティアが見えました。しかし、右から左に流されており、既に私達の位置を過ぎ去ってしまっていました。さようなら……。

「あの、いいんですか。知り合いのようでしたけど」

 知り合いも何も妹です。あんな感じでも一応教師という人に教え導く立場なのです。

「いいんですよ。どうせすぐに現れます」

「あったりー」

 背中に少し柔らかな感触を背中に感じましたが、長らくの軟禁生活で運動不足の私には少々大きすぎる衝撃が襲います。背後からティアが抱きついてきたようです。ついでとばかしに、どさくさに紛れて私の胸を揉みしだくのはよろしくありません。

「ティア、後ろから抱きつくのはやめてください」

「あの、この人は……?」

「あ、妹なんですが、この度教師として赴任してきたのですよ。出来のいい妹なんですがね……」

 未だ私の胸を揉んでいるティアの手をぱしっと叩いて払いのけます。周囲の男子生徒の目があったので、いつまでもこうして放って置くことはできません。

「いったーい」

「ティア、教師らしいところでも見せたらどうです。公の場ですよ」

「一教師である前に、お姉ちゃんの前では妹でありたい」

 うん。真剣な顔して言うことではないですね。

「それでお姉ちゃん、この人は?」

「同室となった人ですよ」

「よろしくお願いします!」

 ふーんと、ティアは何か探るような視線をルルに向けていました。その視線に、ルルはおどおどとしてなんとも居心地が悪そうにしています。

「それで、何用ですか?」

「ん?ああ、えっとね。レオルドが席取っているから見かけたら呼んできてくれって」

一応、教師という肩書であるはずのティアを使いに出すとは、なかなかレオルドも精神力が強くなりつつあるようです。しかし、こうやってティアが出迎えに来ること自体に、ティア自身が疑問を持っていないことも教師としての自覚がないということだと思うのです。

「どこですか?」

「このホールの一番左端っこ」

「……ここはホールの右ですよね」

「そうだよ」

 つまりこの人の群れを突っ切っていく必要があるようです。……嫌だなぁ。

「流石にこの中を行くのは骨が折れますね」

 ルルも苦笑いを浮かべていました。元からあまり人とは関わらず、部族数も少ないエルフにとってこの人の多さは未経験でしょうし、辛いものがあるようです。

「ほら、早く行くよー」

 ぐいっとティアに手を引っ張られて、人の群れの中に放り出されてしまいます。手を繋いでいないとすぐにはぐれてしまいそうな人の多さです。慌ててついて来ようとしていたルルの手を、残っていた方の手で咄嗟に掴みます。そのまま私はティアに引っ張られるような形で人ゴミの中を抜けていきました。もっとも人が集まる場所と言われている帝都で、幼少からずっと生活をしていたティアにはこの程度のことは慣れているのでしょう。

「ほら、どいたどいたぁ!」

「て、ティア。少しペースを落としてください…!」

 あ、足がもつれて転びそう…!日頃の運動不足がこんなところで影響を及ぼしていました。それに元来、私は少し虚弱体質なのです。

 そのために、私はティアに一方的にいいように引っ張られていくだけ。何とか意地でルルの手を握ってはぐれないようにしていますが、いつまで私の力がもつことでしょう。

 そのまま私はティアに振り回されて、ティアが止まった頃にはすでに息が乱れてしまっていました。時間にして五分も満たないぐらいだったはずですが…この様です。ティアもルルも息は上がってしませんでした。

「やっときたか」

きっちりワンテーブル分を確保して座っているレオルドが、何とも言えない苦笑いを浮かべています。この苦笑いは、私の体力のなさを苦笑するものなのか、それともティアのお転婆っぷりを苦笑するものかどちらでしょうか。できることなら後者だと思いたいです。

「ところで、そちらのお嬢さんはどなた?」

 レオルドの視線を受けたルルが、ピクリと体を震わせて私の影に隠れてしまいます。

「ルームメイトですよ」

「はは、なんか怖がられているな。俺」

 特に悪人顔なわけでもなく、むしろその辺の女性を侍らせているような感じなのですけどねぇ。

「……おまえ、今、変なこと思っていただろ」

「なんです、いきなり。失礼ですね」

 実際こうして女性を三人囲っているのですから、私たちを知らない人から見たら、どう思うなんてわかりきっていると思うのですが……。なんて、心の中で思っていることは口には出せません。

「あの……この方は……」

 なにこれ、この可愛いの。エルフ族というものは、ここまで人を魅了するものなのでしょうか。まるで小動物が巣穴から出てくるように、私の後ろからおずおずとしている姿は非常に愛くるしいものがあります。

「ん、私たち姉妹の下僕一号」

「おい!」

 ジョークですよ、ジョーク。半分だけね。

「えっと、私たち姉妹の幼馴染といったところですね」

「幼馴染……」

 じっと、何か観察するようにレオルドを見ています。しかし、しっかりと私の服にしがみつき、背後から体を晒そうとせずに顔だけ覗かせていました。

「あの、ルル・フェニエルです。見ての通りのエルフ族です」

「エルフ族? これまた珍しいな。一族から追放でもされたのか」

「…………」

 ああもう!この馬鹿は自ら地雷を踏みに行っちゃいましたよ。握られている私の服が余計に握られてしまっているので、その部分だけ伸びちゃうことには間違いはないでしょう。

 とりあえず、レオルドの脳天にきつい一発をお見舞いしてやりました。もちろん、私自身の手で引っ叩くには威力不足ですし、何より私の手を傷めてしまうかのうせいがあったので、たまたま近くを通りかかった学園のメイドさんの持っていた丸い金属トレーをお借りしたのです。

 あ、どうもありがとうございました。

「いってーえ! 何をする!」

「あなたは騎士学校で戦う術よりもデリカシーというものを学ぶ必要がありますね。そんなんじゃ、女性に嫌われますよ」

 少なくとも、私の中のポイントはストップ安まで急落しました。

「流石に、私も庇いきれないよ」

 ティアの評価も下がってしまい、私たち姉妹揃っての好感度ポイントの下落です。攻略対象の好感度が下がりましたよ。どうするのでしょうか。

「ごめんなさい、ルルさん。こんな脳筋馬鹿でデリカシーもへったくれもない人で。この馬鹿のことは気にしなくていいから」

「あの…、気にしてませんから」

「そう言ってくださると助かります」

「……俺が悪いのか?」

「それが分からないとは、とてもがっかりだよ」

 はっきりと分かるように、ティアがため息をつきました。

 流石に自分の置かれている立場が理解できたようで、レオルドはしょんぼりとした表情を浮かべていました。ちょこんと座っている姿は、先生か親に怒られている子供の姿を思い浮かべます。

「とりあえず、座りましょうか。そのうち始まるでしょうから。ルルさんもどうぞ」

「えっと、いいんですか」

 ちらりとレオルドを一瞥しています。

「構いませんよ。同じ部屋の者同士じゃないですか」

「あ、ありがとうございます」

 なんというか……見た限りでは感極まって、目が潤んでいるように見えます。なにが、彼女の琴線に触れてしまったのでしょう。まったくもって謎です。

「それにしても、人多いねぇ。ここにいる全員が新入生なんだって」

「そうなんですか。それは多いですね」

 …………ん?

「ティア、何故ここに座っているのですか?」

「え、お姉ちゃんと一緒がいいから」

「あなた教師でしょう。教師用の席があるんじゃないですか?」

「ないよー。だから、どこでもいいのー」

 本来こういう催しが行われるときは、教師のみの席が設置されているはずですが、この学校では生徒と教師が混ざるという方針なのでしょうか。

「嘘はよくないぜティア。お前の席は用意されているだろう?」

「……なんのことかなぁ」

 白々しく目をそらし、吹けもしない口笛を吹こうとしています。一体どうしてこうも分かりやすい反応をするのでしょうか。

「しかも、一番目立つ学園長の横。魔法界の若き天才と言われる有名人を教師として迎えたんだ。そりゃまぁ、見せびらかしたくなるものだぜ」

 ああ、そういうことですか。

「席があるならそっちに行ったほうがいいですよ」

 というか、行け。

「うう……レオルドがばらさなければ……」

 恨めしそうにティアがレオルドを睨みつけますが、対するレオルドは飄々としてやったりという顔をしています。なんとまぁ、稚拙な争いごとでしょうか。夫婦喧嘩は犬も喰わないのです。

「はぁ、こんなことなら、お姉ちゃんと一緒に生徒として行くんだった……」

 深い深いため息を吐いて、ティアは自身の用意されている席の方へと向かって行きました。その丸くなってしまった背中は何とも哀愁を漂わせています。思えば、ティアのシスコン度合いが高すぎる気がします。

 人ごみに揉まれていくティアの背中を見つめ、妙にこの先のことが不安になってきたのでした。


 ※


 式典が始まり、まず最初に行われたのは学園長の挨拶でした。

 あまりこういった式典行事の演台で話すことが好きな人ではないのでしょう。簡単な挨拶程度で終わってしまい、ある意味本題であった爆弾を起爆させて、さっさと演台から降りてしまわれました。

 ……まぁ、その爆弾という内容なんですが、『実は盗賊の襲撃は学園側が仕掛けたものでテストだったこと』だけならまだしも、よりにもよって、『その襲撃がヤラセと見破った者がいた』なんてことまで言っちゃってくれました。必然的に、周囲が騒がしくなるというものです。

 やれ「俺は分かってたから」とか「私のことだわ」とか「一発で分かったよ」とか自己顕示欲いっぱいな上、好き勝手に騒いでいるお金持ちの方々がいらっしゃいますが、発言に信憑性がこれっぽっちもありません。

 学園長が降りた演台には、今度はガタイが大変よろしい若い男性が上がります。見た目からして、脳筋と評するのがいいでしょう。

「では、これより指揮担当選抜者を発表する」

 騒がしい声を掻き消すかのように大きな声が響き渡ります。マイクやスピーカーがないと、こんなにも大変なことになるのですね。

「皆も知っている通り、我が帝国の魔法学校や騎士学校は、有事の際は招集されることがある」

「そうなんですか?」

 ルル、ひきこもり状態だった私に聞かれても分からない。ということで、レオルドに聞いてみます。

「そうなの?」

「……ああ。戦争もそうだが、近隣で駐在騎士だけで対応できない事態や、魔物といった危険生物の駆除と色々と出番は多い」

「へぇ……」

 こんな辺鄙なところであったら、軍隊のような自己完結性と自治機能が必要とされることは仕方がないことかもしれません。

「そのため、我が校では生徒間で一定人数が集まり、小規模部隊を作ることを許可している。パーティーといえば君らにわかりやすいか?」

 これは絶対に除け者にされてしまう人が出てくるでしょう。ええ、私とか。

「その作られた数部隊を統括して指揮する役割が与えらるのが指揮担当選抜者だ」

「へぇ…、騎士団みたいなものが作れるのか」

 レオルドが目を輝かせて話に聞き入っていました。やはり、こういったことには憧れをもつのなんでしょう。

「それでは発表する。イアナ・ウェッソン、クリス・シンプソン、ジョン・ショーカー……」

 何かひっかかるものがありますが、挙げられていく名前はどれも知らない人のものばかりです。そこには、私の名前はもちろんのこと、レオルドやルルの名前も挙がる気配はありません。

 挙がるはずもないけど、もしかしたらと戦々恐々としていた私でいましたが、次の十人目の名前が呼ばれ、これで最後かなと思って呼ばれなかったことに少しホッと――

「最後に、エア・ガーラント」

 ……するはずだったんだけどなぁ。

 って、いやいや、どうしてこうなった。どうして私がこんなことをしないといけないことになっているんでしょうか。辞退できるのであればしたいのですが。

「中でもエア・ガーラントは非常に優秀な成績を残した。唯一、学園の襲撃テストをヤラセと見破った切れ者だ」

 待って、やめて! 『唯一』のところを強調しないで!

 ほら、ちょっと前まで『俺も見破ってたし』とか吹聴していた方々が顔を真っ赤にしているじゃありませんか。これでは、私がそのエア・ガーラントと発覚した日には、どういった陰湿な嫌がらせをされるか分かりません。学園生活なんて、陰湿な部分が大半を占めるのですから。

「よく指揮担当選抜者を見極めてから、どこに編入するかを決めてほしい。以上だ」

 そう言って、男性は演台から降りて行きました。それと変わり、今度は眼鏡をかけた若い女性が演台に上がります。

「では、堅苦しい式典もこれまでにして、これより歓迎と親睦を図る食事会といたします。みなさん、食事が用意されていますので、ご自由にお楽しみください」

 その言葉を待ってましたとばかりに、一斉におしゃべりや食事を取りに移動を始めて騒がしくなる周囲。私はテーブルに突っ伏してしまい、顔をあげる気力もありません。もう、学校辞めたい。

「どうして、こんな訳のわからないものに選抜されるんでしょう……」

「えっと、がんばってください」

 戸惑いながらも、私の背中を擦ってくれるルルに癒しを感じますが、未だに現実を受け入れることができません。いや、受け入れたくありません。

「一体誰が私なんかを……」

「そんなの、一人しかいないだろう」

 私の呟きに、レオルドが答えました。

 えっと思い、私は表を上げると、レオルドは自分の背後のほうに指さしました。正確には、食事を取りに行って少なくなった生徒のおかげで確認ができる、学園の教師が一堂に会する一際大きなテーブル席。その一団の中で和やかに談笑をしているのは、私の妹であり学園の教師となったティア・ガーラント。

 そういえば、試験官だとかあの襲撃のときに言っていましたね。

 そうか、私の妹か。

 あいつがやったのか。

「ティアですか……」

「だろうな」

 ジトっとした目でティアを睨んでいると、私の視線に気付いたようで、こちらのほうにきょとんとしか顔を向けています。最初はどうしてそんな目で見られているのか分からなかったようですが、なにやら察するものがあったのか、すぐにニヤリと口が歪み、不敵な笑みを浮かべていました。

 よし、あとで泣かす。


 ※


 食事は用意されている料理を自分で好きな分だけ取るという形式でした。ほとんど人が自分のテーブル席には戻らず、いわゆるビュッフェ方式と自然となっています。

 和気あいあいと皆様方が陰謀やら思惑が渦巻くコミュニケーションを図っている中、私とルルは適当に料理を見繕ってテーブル席で静かに食べていました。

 レオルドは、見事なまでに高貴なお家の淑女達に見初められてしまったようで、あっという間に囲まれてしまい、料理を食べる暇もなく質問やらなんやらの猛烈なアプローチを受けております。

 貴族や商家の娘にとっては、出世が約束されていたり見込める男や名実ともに良家である男に取り入ることは、自身のステータスや一族の繁栄を強固にすることにもなるため、多方面から多くの人が集まる学園は相手を品定めをする絶好のハンティングエリアとされているのです。

 優秀な騎士を多く輩出するヒューメル家の子息であり、背後には魔法界に名を轟かせているガーラント家があるレオルドは、その家柄や容姿、そして約束された出世と地位を考えると、彼女達の御眼鏡に適う人であると判断されたのでしょう。

 そんな貴族たちのやり取りを迷惑そうに周りから見ているのは、一般入学によるごく普通の学生の方々です。私と同じように料理と取り、テーブル席に固まって食事をしています。時折、テーブル席を移動したりして一般入学生同士、交流しているように見えました。

「あの……」

 そんな人の流れを観察しながらパスタみたいな麺料理を食べていると、対面に座るルルが声をかけてきました。手に持っているパンがおいしそうです。

「なんですか」

 ちゃんと、口にあったものを飲み込んでからしゃべっています。

「いいんですか、レオルドさん困っているみたいですけど」

「あー……」

 ちらりとレオルドの様子をみると、こちらをちらちらと見て、助けてくださいと目でシグナルを送ってきています。放っておいても大丈夫そうです。

「大丈夫でしょう。あれでも何度も社交界には顔を出していますから」

 少なくとも、私よりは経験豊富でしょう。社交界的に。

 だからこそ、ティアや私との関わりを含め、女性の扱いにはそれなりに慣れているはずなのですが、なんでしょうか、あの体たらくは。いいように女性に言い寄られてタジタジになっているだけじゃないですか。少しは女性というものに慣れたらどうです。いいから、そこの一人や二人くらい唾つけぐらいしてつまみ食いでもしておけばいいのです。その後のゴタゴタはどうなっても知りませんけど。

「でも、いいんですか?」

「いいんですよ」

 納得していないような表情でしたが、ルルはそれ以上は何も言わず、手に持っていたパンを手で千切って食べ始めていました。

 そしてこのタイミングで、その人はやってきました。

「あら、こんなところでお食事ですか」

 なんとも皮肉たっぷりと言った口調。きつめな目つきから感じ取ることのできる私を敵対視というか蔑視している視線。そして隠すつもりもない溢れ出る高飛車オーラ。

 間違いなく、手続き待ちのときに絡んできたあのお嬢様に違いありません。名前は確か、イアナ・ウェッソン。そういえば、指揮担当選抜者にも名前が挙がっていたのも思い出しました。あの時の引っかかりはこれでしょう。

「なんです」

「いえ、なにも」

 イアナは何事かと怯えてしまっているルルを一瞥し、明らかに嘲笑っているように見えました。この金髪ダブルドリル、お前のそれで鉱脈でも掘ってやろうか。

 実のところ、このイアナの髪型は、貴族の女性の中で流行りの髪型らしく、学園で見かける貴族女性のそれなりの人が同じようにドリルのような螺旋にしていました。いかせん流行には疎いもので、この事実もティアに教えてもらったのです。だからといって、こんな髪型にするつもりはこれっぽっちもありません。

「ところで、エアさんも指揮担当選抜者に選ばれたようですね。……優秀な成績を残して」

 顔は笑っていますが、言葉の節々、なにより私への視線に含まれるものに良からぬものを感じてしまいます。ここは何としても角立てないように物事を収束させたいものです。

「私としては不本意なんですけどね。この後に、辞退できないものか伺うつもりです」

「辞退ですって?」

 あ、これはバットコミュニケーションですか。明らかに、声色の変化に怒が含まれています。

「ええ」

「あなた馬鹿ですの? 指揮担当選抜者に選ばれることは栄誉なことですよ。それを辞退だなんて……」

「そうですよ。もったいないですよ」

 イアナの反応は想定していたものでありましたが、ルルが辞退に反対と示したことは予想外なことでした。

「え、あの」

「それに私、エアさんと一緒がいいんです!」

「そ、それだったら別に指揮担当選抜者じゃなくても――」

「いえ、私のような『人間』じゃなくてもちゃんと接してくれるエアさんじゃないとダメなんです!」

 あまりにも過度な期待をされてしまっても困ってしまいます。

「今日初めて会ったばかりなのに、こんなことをお願いして厚かましいとは思います。でも、私はエアさんなら大丈夫なんだと分かるんです。だから……お願いします……」

「…………」

 潤んだ目で見つめられて、かわいいなぁと思ってしまいましたが、私とルルは出会ってまだ数時間の関係です。まだお互いのことも知らないし、種族と名前を知って、あとは同室であるという縁でしかありません。それなのに、ルルはこうやって私に縋るようにして頼み込んでいるのです。私なら大丈夫と。

 何が大丈夫なのかは分かりません。確かに、人間ではない種族に対する偏見や差別的なものは根強く、そのために種族間の交流も希薄で、種族の文化への理解に乏しいのが現状です。種族だけではなく、社会の中でも、貴族、騎士、農民、商売人、平民、貧民、奴隷などというような階級社会であるために、互いの理解が希薄であるのです。この階級主義は、この国だけではなく、世界的なものでもあります。

 そんな社会の中、種族も階級も違う他者と短い時間ながら接し、拒絶しなかった私は貴重な――または奇妙な――存在として受け入れられたということでしょう。

 ですが、私は出来た人間ではありません。むしろダメ人間の類でしょう。そんな私に、ルルはお願いしているのです。こうやって、誰かにお願いをされて、頼りにされたことは初めてのことではないでしょうか。

 初めて頼られたという事実に、ちょっと感動してしまいました。

「私は、自分のことをルルさんが期待しているような器ではないと思っています」

 だからこそ、ここは曖昧に誤魔化そうとせずに、私はルルの想いを真剣に受け取る必要があると思いました。

「ですが、ルルさんにこうも可愛くお願いされてしまったら、断るに断れないじゃないですか……」

 可愛いは正義とも言います。

「じゃあ!」

「ええ、辞退はしません。しかし、私一人では心細いので、ルルさんにもご協力をお願いすることになりますが、よろしいでしょうか?」

「――はい!よろこんで」

 がっしりと手を握られてしまい、握手という形になりました。ルルの嬉しさのレベルを表現するがごとく、握手をする手が上下に大きく振られてしまっています。

 やめてください。肩が外れてしまいます。

「あらあら、さっそくお仲間ができてよろしいですねぇ。……エルフですけど」

 あ、こいつの存在を忘れてた。まだ十代半ばですが、ちょっと短期記憶が鈍ってきているのかもしれません。

「ええ、さっそく仲間ができたことは喜ばしく思います」

「……私も仲間を見つけないといけないわね」

 まるで苦虫を噛み潰したような顔をしています。エルフであるルルと一緒にいることを、嫌みを含んで言ったようですが、効果なしと分かって不愉快なのでしょう。

「これで失礼しますわ」

 これ以上は無意味と判断したのでしょう。そう言って、イアナはどこかに歩いて行ってしまいました。一体、何をしに来たのでしょう。嫌みが言いたかっただけでしょうか……。

「なんだったんでしょうね、一体」

「えっと、分かりません」

 きっと、あのドリルヘアーが動くのなら、今頃は猛烈な回転をしているんじゃないかなぁ、なんてことを思いながら、止まってしまっていた食事を再開することにしました。

 いつもより食べすぎである感じは否めませんが、ここの食事は様々な人が満足にいくように作られているらしく、結構おいしくて食が進んでしまいます。

 これは、太ってしまうかもしれません。きっと、多くの女性を苦しめることになるでしょう。

 周囲から聞こえてくる評価を耳にすると、デザートのほうもおいしいらしく、期待してもいいと思います。あとで取ってこよう。

 我ながらにして単純だとは思いますが、この時にはすっかり料理の魅惑に取り憑かれてしまっていました。さっきまでの嫌なことはすっぽりと彼方のほうにと忘れ去っていたのです。

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