しふと1-1 奇人変人貴人
この世界に産み落とされて15年。まさか、こんなにも波乱万丈な濃い人生を歩んでいかないといけないとは思いもしませんでした。
極まれに、前世の記憶を持って産まれてくる人がいると聞きます。かくいうこの私も、前世の記憶を持って産まれてきた人間です。
大抵の人は、乳幼児期の自我形成によって記憶をなくすらしいですが、私の場合は今でもその記憶は鮮明に残っていますし、少なからず、私という自我形成にも影響を及ぼしたと過言でもありません。いうなれば、前世は男で、今世は女。女性としての自我形成に、前世の男の頃の記憶が影響し、あまり自分の性意識に希薄になってしまったのはご愛嬌でしょう。まぁ、それ以外の原因はあるのですが―。
初めて、自分が女だと知ったときは驚きました。しかし、それ以上に驚いたのはこの世界そのものでした。
魔法と剣のファンタジー異世界。科学の代わりに魔法学が技術発展の要となっているこの世界。科学的にも文化的にも、まだまだ近代的とは到底言えず、ヨーロッパ史でいう『中世~近世』というところでしょう。
しかし残念なことに、魔法の世界に産まれたにもかかわらず、私は魔法の適性が全くのゼロでした。この世界の一般の人ですら使える『種火を起こす程度』の魔法ですら使えないダメっぷり。医者によると、体内の魔力が極端なまでに少なく、本来なら外的要因によって一定水準に回復する魔力ですら、魔力を受け取る器が小さく、体内に溜め込むことができないとのことです。いうなれば、『慢性魔力欠乏症』といえるでしょう。その症状として、一般的に魔力欠乏になると起こる、『瞳が紅蓮に赤く染まる』という症状が常に出ています。
それが、一般家庭なら不自由な生活が強いられるだけで住むかもしれませんが、よりにもよって、魔法で名を馳せている貴族、ガーラント家に生まれてしまったのも運の尽きでした。
始めは、最初に産まれた子として蝶よ花よと可愛がられていました。でも、跡取りとしての男が産まれず、ついには、双子で生まれた姉をーーつまりは私の性別を偽りさせ、跡取りの男として育て始められました。その後、慢性魔力欠乏症が発覚。様々な手を打つも、一時的なものでどうにもならず、しばらくして跡取りの男が産まれたこともあり、私の男装生活はお役御免となります。さらに間髪いれずに双子の妹が覚醒し、歴代で優秀な才能を持つことが発覚。私は完璧なまでにいらない子となりました。
こうして、私はガーラント家の生き恥やらと罵られて10にして家を追い出され、領地内にある森の深くに佇む一軒の小屋に身柄を移されたのです。そしてそれから約3年。それは、私にとって一番の幸せの時でした。何にも縛られない自由な生活と、少々デンジャラスな生活を営んでいました。
しかし――
そんな生活もわずかでした。
ある日やってきた、我が家の者達によって、半ば無理やり――というか、ほぼ拉致同然に元の本家の方に連れ戻されてしまいました。当時、仲良くなって私を補佐してくれていた妖精さん達が、懸命に追い払おうとしてくれましたが、多勢に無勢というところでしょう。結局のところ敵わず、解散という号令を受けて皆さん自然に帰って行きました。
そして、本家に戻ると待っていたのは、地獄の軟禁生活でした。
ありとあらゆる行動が制限され、1日の大半を用意された自室で過ごし、 家事労働もなく、すべてを雇っているメイドが仕事を行い、そして、強制的に行われるある習い事。
正直、習い事の内容を口にするのは、かなりはばかれます。ただ、精神的にかなり追いつめられる内容だったということは言っておきます。
こういうことが重なり、ストレスが蓄積して言った結果、私は次第に腐っていきました。習い事ということストレスもありますが、なにより私、一日一時間以上は外に出て体を動かさないと、体の調子が出ないのです。まったく、性格が荒んでいかなかっただけよかったでしょうか。
こうして、強制ニート監禁生活が二年を迎えたころでした。
「あなたには、これから有名な魔法学校に通ってもらいます」
唯一の楽しみとなっていた、午後のティータイムの一時に現れた闖入者によって、そんな宣言が一方的に発せられました。
突然のことで驚きましたが、闖入者の顔を見ると、ああ、この人なら仕方がないとあきらめてしまいました。そんな方なのです、この人は。
「母上。いきなり来るなりなんでしょうか。久しぶりに会う娘に挨拶もなしですか」
「あら、母親に対して随分な物言いね。あなたこそ少しは立場をまきわえたら?」
その高圧的な態度が気に入りません。ですが、あらゆる面において私の方が劣っているのは明らかですし、こちらが態度を軟化させなければなりません。
長い物には巻かれろ。世渡りのミスが命に関わる世界です。
「……失礼しました。こちらでご一緒に紅茶でもいかがですか?」
「無能と一緒なんてご遠慮願うわ」
かっちーん。
確かに、魔法なんて使えないですが、私には前世で培った技術と知識があります。森に住んでいた頃は、そのおかげで魔法がなくてもそれなりに楽な生活ができましたし、危険からも身を守ることができました。
贔屓にしていた鍛錬所は、私の技術導入したおかげで、この世界の製鉄レベルに比べて、ぶっちぎりの高度な技術水準となっており、今やかなりの企業となっています。もちろん、その鍛錬所のあった小さな村は、見事に景気回復し、今までにない活気にわいています。
確かに、魔法に関しては無能です。これは認めざるおえません。しかし、私にはそれを補う術があるのです。
ですが、
「只でさえ、変な物を造る変人と言われているのに、その母親なんて思いたくもないわ」
魔法至上主義のこの世界では、私はただの奇人変人扱い。理解してくれる人間なんて、ほとんどいません。
「明後日の昼に迎えの馬車が来るから、準備していなさい」
ただ一方的に好き勝手言ってくれて、母上殿は私の部屋から出ていきました。私が逃げ出さないように、かちりと扉の鍵がかけられたのも分かります。ですが、たまには外に出してくれてもいいのじゃないでしょうか。
「……はぁ」
仕方がありません。せっかくの午後のティータイムを切り上げて、私は部屋にある荷物をまとめ始めました。
正直、反抗してバックレてもいいかと思っていますが、その後に待ち受けるであろう面倒な展開と、あまりにも耐えがたい辱めのことを考えると、素直に言うことを聞くのが賢明なのです。
とはいえ、私の部屋には、あまりものを置いていません。召し物は朝、メイドさんが用意してくれますし、食事も運ばれてきます。
つまり、荷造りするとしても数冊の本と、森で生活していた時分に使用していた護身用の銃とその弾薬。あとは、手持ちのわずかなお金ぐらいでしょうか。
その程度で終わってしまう簡単な荷造りです。必要とされるものはメイドさんがやってくれるでしょう。というか、軟禁されている私ではできないので、やってくださらないと困るのです。
一寸先は闇。まったくもって、私の将来が心配でなりません。お先真っ暗ですよ。
※
あっという間に日は過ぎるもので、イヤだイヤだと内心で駄々をこねていると、知らぬ間に予定の時間までもうすぐという、どうあがいても覆りようのない現実を突きつけられます。
既に、馬車には荷物が積み込まれており、あとはこれに乗って、市場に売られていく子牛のごとくドナドナされていくだけです。
長距離の移動と言うことで、身に危険が及ぶ可能性を考慮して、携帯可能な銃ーーハンドガンを一丁携帯しておくことにしました。
銃自体があまり主要な武器でないこの世界では、銃自体の技術も未熟なものでした。初めてこの世界の銃を見たときは、軽く絶望すら覚えたほどです。それが、前装式マスケット銃なだけマシと思えばいいのしょうか。
おかげで大変な苦労をしましたが、回転式ハンドガンとボルトアクション式ライフルの二丁を制作。それと同時に実包を一定量生産可能にしました。これには、あの私が技術提供した鍛錬所に協力してもらっています。
ライフルは既に馬車に積み込まれており、私はこうして手元にあるハンドガンの整備を行っているのです。
回転式弾倉はスイングアウト方式で飛び出す仕組みで、装弾数は六発。シングルアクションという仕様になっています。丈夫で、構造も私にとっては簡単という、それなりのスペックとなりました。
おかげて、こういうちょっとした時間でも整備ができるのです。
「お嬢様、お時間です」
「……わかりました」
どうやら、ついに年貢の納め時が訪れてしまったようです。私は、弾倉に弾が装填されていることを確認すると、スカートで隠しているホルスターに収納しました。
そして、ゆっくりと開かれていた扉をくぐります。約二年ぶりに出た外の世界は、あいにくの雨模様でした。まるで、私の心中を表しているようです。
私は、雨に濡れた土や草木の、あの独特な匂いを懐かしみいながら、メイドさんがさしてくれている傘の中を歩いて、馬車の前まできました。
「~~っ、~~」
「~~~~」
馬車の扉を開けようとしたとき、中から声が聞こえてきました。一つは女性、もう一つは男性の声でしょうか。なにやらもめているようですが、痴話喧嘩でしょうか。誰か相乗りをするとは聞いていませんが……。
「……誰かいるの?」
隣にいるメイドさんに聞いても、やんわりとごまかすように笑うだけでした。
仕方がありません。私はため息をついて扉を開きました。
「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんーー」
「おい、やめ、落ち着けおい!」
この世界にはありませんが、まるで壊れたラジカセのように同じ言葉を呟きながら、輝きのない目でどこか遠い一点を見つめている女性を、これまた顔から苦労性がにじみ出ている男性が、女性の肩を揺さぶっていました。
思わず、そのまま扉を閉めてしまいたい衝動に駆られましたが、その二人の顔に見覚えがありました。というか、おもいっきり知り合いです。
「なにやっているんですか、ティア、レオルド」
私の声に、二人がこちらに振り向きました。
「お、おお。エア。久しぶりーー」
「お、おねえちゃーん!!」
目に輝きを取り戻した女性が、満面の笑みを浮かべながら、私に抱きついてきました。それはもちろん見事なまでのタックルです。そして、じりじりと首を締めあげてくるそれは、まさに私を落とそうという意志が、間違って伝わってくるほど強烈なものです。
ええ、苦しくて死にそうです。
「おい、そのままじゃあエアが死ぬぞ。はなせ」
「むぅ……」
しぶしぶ、といった感じで、私は解放されました。
この、私を絞め殺しかけていた女性は、ティア・ガーラント。その美しい外見の中に保有する魔力は、他の追随を許さないほど莫大な魔力を秘め、多数の魔法使いが協力してやっとできるような高度な魔術を、たった一人でこなしてしまう卓越した魔法のコントロール技術を持つ、化け物のような天才魔法使い。それが我が妹君です。
そして、その隣にいる苦労がにじみ出ている男性は、レオルド・ヒューメル。いわゆる、私たち姉妹の幼なじみというべき存在でしょう。騎士を多く排出するヒューメル家のご子息ですが、ガーラント家と親交があり、私たち姉妹の遊び相手兼護衛……かどうかはわかりませんが、よく我が家に入り浸っていたのです。
「それで、貴方たちがどうしてこの馬車に?」
「私も学校にいくからだよ?」
「同文」
「……行く必要ないでしょう。むしろ、帝国魔法研究院に行くべきでしょうに。魔法学校行っても、貴女が学ぶことはないでしょう? レオルドも、貴方くらいの剣術の腕があれば、いくらでも騎士団に入れるでしょうに」
「だから、私、教師として魔法学校に行くことになりましたー!」
「あー、俺は騎士団の試験には受かったんだが、とりあえず騎士学校で訓練してこいと言われてな。それで、併設されている騎士学校にだなぁ」
ティアが教師?いやいや、そんなオカルトありえない。第一、あの傲慢の権化ともいえる母上殿が、有名校とはいえ、たかが一端の魔法学校の教師になることを了承が降りるはずがないのです。
レオルドだってそうです。その腕だけでも、帝都の騎士学校にでもいけるであろうに、何故この帝都からちょっと離れた魔法学校の、しかも併設という騎士学校なんぞにわざわざ入学することに決めたのでしょうか。
どうせ、これといった明確な理由はないのでしょう。あの二人には。問いつめるだけ、私の時間と労力の無駄です。
「はぁ……、とにかく、どちらか詰めてくれますか。座れませんので」
同時に、二人が席を詰めました。心なしか、何か試されている気がしますが、たぶん、気のせいでしょう。ええ、たぶん。
ティアの隣に腰掛けると、すぐに馬車が走り出しました。
アスファルトなんてものはなく、未舗装の道をサスペンションのない馬車で走るという酷なものです。やはりといいますか、なかなかの振動と衝撃がダイレクトに伝わってきます。それ故でしょうか、少しでも振動を押さえようとシートが沈み込むように柔らかく造られています。それでも、馬車の速度が速いと、振動が凄まじいものを感じます。
「魔法学校までどのくらいでしょう。母上には何もどことも聞いてませんからさっぱりです」
「アリス魔法学校?馬車で三日は掛かるんじゃないかなぁ。途中、馬の休憩と入れ替えとかもあるし」
「三日……」
我が妹の暢気な声に、少し絶望を覚えました。
三日間、この馬車に揺られ続けろとか、絶対に無理です。お尻がランブータンになってしまうかもしれません。ああ、サスペンションのありがたみを、今すごく実感しています。
「途中、最近野盗が出没するらしい地点を通るけど、ある程度の集団になって通過する手筈になっているし、大丈夫だろう。まぁ、野盗が襲ってきても、俺が守ってやるよ」
なんとも勇ましいお言葉ですが、それは前ふりという奴ではないのでしょうか。一抹の不安が私の頭を横切るのでした。
※
それは、移動三日目のことでした。馬の入れ替えが済み、野盗出没地域を通過するために、いくつかの馬車が集まって、ギルドによって護衛されながら進んでいました。 物々しい雰囲気でしたが、なに滞りもなく順調に物事は進んでいき、まもなく魔法学校にたどり着こうかという頃でした。
突然、道が陥没し、先頭を騎乗していっていたギルドメンバー数名が落馬。そして、周囲の茂みから集団を取り囲むように人が現れ、否応なしに戦端が開かれることとなりました。
「うおおおおおおおおおおっーー!」
飛び交う怒声に激しくぶつかり合う金属音。そして、あたりに響きわたる爆音。その喧噪は、まるで戦場の真っ直中に放り込まれたかのような錯覚を感じます。
いや、実際に戦場になりつつあるといったところなんですが。
「はぁ……、やっぱりですか」
案の定といいますか、今現在、絶賛野盗の襲撃を受けている真っ最中でございます。外では、護衛任務を請け負っているギルドのみなさまが戦っていらっしゃいますが、どうにもこうにも、新人さんのような場慣れしていない未熟な者が多いようで、まさに烏合の衆というべき惨状でした。
兵力や装備ではこちらが上回っていますが、兵士の質に関しては野盗側が上。装備に振り回されているような状態では、どちらに勝機があるか明白です。
「まずいですね。押されています。このままでは、いずれ捕まってなにされるか分かりませんよ」
主に、体を汚される方向で。
「な、なんでお姉ちゃんはそんなに冷静なの!?」
「慌てたところでどうにもなりません。冷静に状況をみてこそ、策ができるというものです」
とはいえ、既に混乱を来しているこちら側を指揮したところで、これだけの戦況をひっくり返す機は過ぎ去ってしまっています。
「おい、どうする。このままじゃあ、じり貧だぞ」
「……火力で押し返すしかないでしょう。範囲魔法攻撃でも放てば、どんな相手でも一瞬は怯みます。そこを狙って一気に畳み込みます」
幸いなことに、相手の野盗側には魔法攻撃専門の魔法使いはいないみたいです。こちらには、天才と謳われている我が妹もいますし、野盗が襲ったのは、魔法学校行きの馬車集団。他の馬車にも魔法使いがいることでしょう。
ならば、こちらのほうが火力優勢には間違いありません。
「救援は? 私たちだけでしょうか?」
「魔法学校から来るよ。私が念話で助けを求めておいたから。でも、あと十分くらいは掛かると思う」
「十分か! とても持ちそうにないな!」
レオルドが笑いながらそんなことを言っていますが、救援が来るのならなんとかなりそうです。十分ならなんとかなります。
「私たちも加勢しましょう。ギルドの方だけでは持ちこたえられません」
「おいおい、本気か? 俺やティアはまだしも、エア、お前は……」
レオルドの言いたいことは分かります。身に危険が迫ったとき、本来なら魔法によるシールド展開による防御を行いますが、私は魔法がからっきしな上、慢性魔力欠乏症であるが故に、シールド展開はできないどころか、他人にかけてもらった治癒魔法や強化魔法を吸収し無効にしてしまうのです。
矢一本で、いとも簡単に死んでしまう、何とも脆い存在なんでしょうか。だからこそ、私が戦闘への介入を提示したことが意外なのでしょう。
「馬鹿にしちゃいけません。私だってやるときはやりますよ。武器だってあります」
「武器って、銃だろ。正直弓とかのほうがいいぞ」
この世界では、まだ前装式の銃が出始めたばかりで、武器としての性能、信頼性が低く、有効射程は弓矢より劣り、威力も不十分な代物でした。そのため、銃はあまり普及せず、弓矢が第一線の装備として現役なのです。
しかし、私の銃はオーバーテクノロジーやらオーパーツとでもいえるボルトアクション式小銃。五発クリップ方式ですので、ある程度の連射ができ、有効射程、威力、精度ともにこの世界の銃を軽く上回ります。
護身用に持っているレボルバー式拳銃でも、うまく狙えば十分でしょう。
「大丈夫ですよ。心配はいりません」
「でもなーー」
「それに、危なくなったら守ってくれるのでしょ? 騎士様?」
「お、おう、まあな」
おやおや、なに照れてるのでしょうか。まったく、ティアと長らく連んでいたのなら、多少なりとも女性に耐性だあってもいいものでしょうに。
私の中で、少しいたずら心が芽生えましたが、今はそれどころではありませんでした。いけませんいけません。
今、手元にある武器はリボルバー式拳銃のみ。装填されている六発と、予備で持っている弾数がリロード二回分二当たる12発。攻撃力に不安が残るので、やはりライフルがあった方がいいでしょう。
しかし、残念なことにライフルと弾薬は、馬車の上に荷物としてくくりつけられています。取り出すにも時間が掛かり、狙われる可能性が大きいです。
「そういえば、馬車の上の荷物に、私のとっておきがあるのですが……どうしましょう」
「あ、なら私に任せて」
ほいっ、とティアの軽いかけ声とともに、何もない空間から、私のライフルと荷物を詰め込んだバックが落ちてきました。魔法とは、なんとも便利なものでしょうか。
「これでしょ?」
「ええ、そうです。さすがですね」
「へへん」
膨らみに乏しい、ない胸を張っていますが、かまってられる時間はありません。時間は、私たちの味方ではないのです。
私は、さっそく自分のバックを開けることにします。中には、私の衣類に紛れて、拳銃とライフルの弾を保管しているケースがあるはずです。
なにやら興味を持ったティアとレオルドがのぞき込んできます。あまり、人のバックの中身をのぞきみるのはよろしくないと思うのですが。
気にせずにバックを開けると、色とりどりの衣装やら下着やらが詰め込まれていました。
「うおっ」
顔を赤くして、レオルドが顔を背けます。彼には少し刺激が強すぎたようです。ただの下着なんですがねぇ。
ごっちゃりとした衣類の中、ただ一つ銀色に光るケースが異質でした。これが、弾薬の入ったケースです。
このケース、魔法術式が組み込まれており、この手のひらサイズの小さなケースでも、数千発という弾薬が収納されているのです。全く、本当に魔法とは便利なのものですね。この世界で科学が発展しないのも頷けます。
「お姉ちゃん。男がいるんだし、下着あるんだったら、そう恥じらいもなく漁るのはちょっと……」
「ただの下着ですよ。気にしません」
「勘弁してくれ……」
なにやら、レオルドの方から、絶望を含んだ切実な嘆きの声が聞こえました。ですが、そんなの関係ありません。
「さて、行きますよ。彼らには躾が必要です」
※
馬車を出るとそこは地獄絵図ーーではありませんでした。覚悟して出たのですが、剣が交わる音はするものの、周りには敵らしき人物は見あたりません。とんだ肩すかしです。前後の馬車の扉が開かれているので、どうやら既に逃げ出したようです。荷物を取らず、よほど慌てていたのでしょうか。
「で、どうするだ。エア」
「まずは、敵陣のど真ん中にでも、ティアの魔法でもぶち込んでもらいましょうか。それだけで十分に混乱を引き起こすでしょう」
そのためには、現在の交戦区域を知る必要がありますが、これもティアに丸投げしましょう。魔法マジ便利。
「ティア、索敵をお願いできますか?」
「ハーイ」
小柄な体格と同じ大きさの杖を、地面にしっかりと打ちつけると、目を瞑り集中力を高め始めました。
「むむう」
眉間に皺を寄せて、何かを我慢しているようにしか見えませんが、これでもしっかり魔法使用中なのです。冗談にしか見えませんが。
「んー。んん? あー、うん。あ、いたいた。えっと……うん、よし」
「わかりましたか?」
「大体ねー」
ティアは、杖を使って地面に器用に図を書き始めました。
「馬車二台先くらいに三人、それより三十メートル奥に二人だよ」
「……それだけですか?」
「うん」
おかしい。どう考えてもおかしいです。少数の奇襲作戦とはいえ、数が少なすぎる気がします。たった五人で、護衛のギルドを退けることが可能でしょうか? 奇襲、練度という要因があったにせよ、難しいと思うのですが。
しかし、実際こうやって襲撃を成功させているとなると、一人一人がかなりの強さの持ち主であり、連携もスムーズなのでしょう。兵力で上回る護衛のギルドを退ける相手を、さらに数で劣る私達がどこまでやれるか、今更ながら疑問に思います。
「……音を消して、ゆっくりと接近しましょう。一度、様子を確認したほうが良さそうです」
「そうだな」
「んじゃ、音鳴らないようにするねー」
えいっと、ティアの小さなかけ声で、消音の魔法がティアとレオルドに付加されたのでしょう。私? そんなのかけられても効きません。
「慎重に行きましょう。くれぐれも攻撃しないでください」
距離自体はそれほど遠いものではありません。しかし、消音の補助魔法が付加されているティアとレオルドは普通に歩くことができますが、私は歩き方で音を少なくするカバーをしなければなりません。必然、歩く速度が遅くなるのです。
「お姉ちゃん、もう少し速く移動できない?」
「無理言わないでください」
「俺が背負った方が速いな」
「結構です」
剣が交わる音と怒号で、多少の音がなったところで気づかれることはないはずです。むしろ、背負われるほうが目立てしまうと思うのですが。
「…………ん?」
しかし、なぜでしょう。私の頭の片隅に何か引っかかるものがあるのです。言いしれぬ違和感。どこかパズルのピースを間違えてしまっているような気持ち悪さが、私の胸中を渦巻いているのです。
「レオルド、敵は確認できますか? 音が近くなっていますが」
「ちょっと待て」
馬車の物陰から、レオルドがこっそり様子を伺います。
「いや、見えないな」
「ティア、常時索敵して位置を把握する事ができますか?」
「できるけど、移動しながらは無理だよ」
「少し、お願いできますか。敵の動きが知りたいです」
「できるけど、移動しながらは無理だよ」
「少し、お願いできますか。敵の動きが知りたいです」
「わかった。やってみる」
これで、常時展開型の目が確保されました。
「レオルド、何か変に思うところはありませんか? こういうのは、私よりも場数を踏んでいるのでしょう?」
「変に、か。確かにあるな。野盗が馬車に近づいてこないことだな」
「やはり、そう思いますか」
野盗が襲撃してきたのなら、普通は馬車の荷物を嬉々として奪いに来て、馬車を目がけて殺到してくるはずです。それが、どの馬車の荷物も奪われた形跡もなく、荒らされた形跡もありません。
「ティア、どうですか」
「動きないよ」
「全くですか」
「全く」
戦闘状態なら、全く動きがないというのはあまりにも不自然です。いよいよ、おかしくなってきましたよ。
魔法による、幻覚を見せられているのかとも思いましたが、そういう魔法が発動すればティアが気づくはずでしょう。第一、回復魔法すら効かない『慢性魔力欠乏症』の私なら、幻惑系の魔法も効かないでしょう。攻撃魔法は喰らうと一撃で死んでしまう理不尽なものですが。
考えられるのは、今ティアが捉えているのは偽物……所謂デコイであるという可能性。なら、なぜ優勢であった野盗がデコイを撒く必要があるのでしょうか。
そもそも、本当に野盗なのでしょうか。
多くの浮かび上がる疑問から推測すると、これは、
「罠? いえ、違いますね。そう……これは……私たちをテストしていると感じるべきでしょうか」
「テスト?」
「ええそうです。思えば不自然な所ばかりでした。これ程の喧騒が聞こえますが、負傷者や遺体の一つも見ていません。そして、ギルドと野盗側の不自然な動き。全く奪われていない荷物。戦闘形跡がない戦場。状況から推測するしかありませんが、これは『やらせ』なのではないでしょうか」
そう、やらせ。多分ですが、これは魔法学校側が仕掛けたものでしょう。魔法学校とはいえ、軍学校と同じようなもの。なにかしらの適性や実力、行動をテストするための『やらせ』と考えられます。そして、今私の横で背を向けてビクビクとしているこの妹が、試験監督といったところでしょうか。たしか、魔法学校の教師として赴任するという話でしたが、生徒である私達と同じ馬車に乗っていることがおかしいでしょう。普通、新しく赴任する教師は、生徒が来るよりも先に着いておかないといけませんし。
「ティア」
私の呼びかけに、背中を震わせていました。ここまで分かりやすい反応をされると、答えが丸わかりというものです。
「あなたもグルですね?」
「ななん、なんのこと!?」
「この戦闘がやらせだとしたら、適性や実力、行動を見るテストでしょう。それには、試験官が必要です」
私は、一瞥しました。それだけで、、ティアの顔が面白いくらいに引きつっています。
「あなたなんでしょう。試験官は。あなたほどの魔法使いが野盗のデコイを見破れないはずがありませんからね」
我ながら、無理のあるちょっとした状況証拠しかないしっちゃかめっちゃかな推論だとは思いますが、ティアの様子から見て、自分からボロを出して自爆して自供するまで時間はなさそうです。出来のいい我が妹君ではありますが、ちょっと頭のが残念で顔に出やすいのが難点です。
「まぁ、証拠らしい証拠もありませんし、状況だけで語った穴だらけの推論です。まったくもって話すのも恥ずかしいものですよ」
ふうっと、大きく息を吐きました。戦闘に近い状況ゆえでしょう。冷静につとめようと思っていても、やはり興奮状態にあったようで少しばかり心が落ち着きました。
「しかしながら、ティア、あなたは昔から分かりやすいというか、顔に簡単に出やすいのですよ」
「うそ!」
ペタペタと顔に触れている行動が、如何にも分かりやすいという反応だというのが気づいていないでしょう。それが可愛らしいのです。
「そう言うお前は鉄面皮だけどな」
「なにか言いました?」
「……いーや、なにも」
白々しく目を逸らして吹けてない口笛を吹いているレオルドは、あとできっちり締めることにしましょう。
はっとした顔で、自分の反応が答えになりかけていると気が付いたティアは、ぱっと自分の顔に触れるのを止めました。そして私の顔を伺うと、ばっちりとみられていたことに気が付いてがっくりと肩を落としました。
「うー、なんでなのよぉ」
弱弱しく白旗が上がりました。
「お姉ちゃんの言う通り、これはテストだよ。私のせいでばれるとは思わなかったけど。アリス魔法学校入学にあたり、どのような生徒であるか見極めるものだよ」
「やはり、そうでしたか」
ばれるなんて前代未聞だよぉと、嘆く声が聞こえますが、そんなこと知ったこっちゃありません。着任早々、減給処分くらいにはなるのではないでしょうか。
「テストだったのは分かった。それで、馬車はいつ動くんだ」
確かにそうです。馬車を動かしていた方はどこかに消えてしまい、周りにいるのは私たちだけ。このままでは、一向に馬車が動くことはないでしょう。
「そのうち戻ってくるのでないでしょうか。ずっと放置は流石にないと思います。入学式の時間もありますので」
ちらりとティアを一瞥すると、目が泳いでおり、視線を逸らされました。
これは……。
「……撤回します。これは自力で魔法学校に辿り着くのもテストの条件に入っているみたいです」
「なに」
「残りがどの程度距離があるかわかりませんが、急いだ方がいいのでないでしょうか」
「確かに、馬車を走らせてギリギリってところか」
「ならさっさと行ってしまいましょう。こんな茶番みたいなテストに付き合ってられません」
「ちゃ、茶番……」
「おいおい、仮にもテストだろ」
「秘密にしておきながら、ばれたのですよ。それが分かって付き合うなんて馴れ合いじゃないですか。もっと魔法学校側に真剣さが必要です」
そう言い放つと、私はさっさと馬車に戻ることにします。歩く音すら気を付けていたことが馬鹿らしく思えます。そんな私の後ろを苦笑いを浮かべながらレオルドが追従してきますが、ティアはすっかり意気消沈といったようで、その場でへたり込んでしまっていました。
「レオルド、ティアも一緒に馬車に連れてきてください」
「わ、私まだ試験の監督が!」
「問答無用です。あ、魔法使って逃げようものなら、あなたの鞄の下着ばら撒いていくから」
「お姉ちゃん鬼畜!だったら私の荷物ごと--」
「なら、一生口ききません。私、強情ですから」
「うう、お姉ちゃんのいう通りにしますぅ」
ティアはとめどなく涙を溢れさせていました。
自他ともに認めるシスコンのティアには、下着云々よりも脅し半分冗談半分でも口をきかないと言った方が効果的なのです。
渋々といった感じに重い足取りでティアは馬車に乗り込んでいきました。
「では、レオルド。馬車の操作をお願いできますか」
「馬車か。あんまりやったことはないが、まかせとけ」
頼りになるのかならないのか微妙な自信です。しかし、私とティアは馬車どころか馬にすら跨ったことがないので任せるしかありません。
「それじゃあ、頼みましたよ」
「……あぁ」
レオルドの拙い馬車の運転によって、また馬車は進み始めました。