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少年と呪いと少女

 ルーネスは物心ついた頃から自分が人と違うことを理解していた。自分が侯爵である父の実の子どもでないことも分かっていた。

 公爵家の館で働く使用人たちは誰も自分に近づかないようにしているし、どうしても仕方なく接しなければ行けないときは酷く怯えていた。


 その訳を知ったのは六歳になったときだった。父である侯爵より説明されたのだ。

 ルーネスが本当は王の子どもであり、右手に浮かんだ呪班のために養子となったこと。侯爵の養子になった理由は、神聖イグニット王国内でもっとも魔力の強い者がネスカリア侯爵だったからだ。

 侯爵から告げられたことはルーネスも薄々知っている事実だった。

 人の口に戸は立てられないものである。使用人のひそひそと話す噂話が、ルーネスの耳に入ることも少なくは無かった。

 恐らく、侯爵もそのことに気づきルーネスに捻じ曲がった情報が伝わる前に、予め話しておこうと考えたのだろう。


 その日からルーネスは右手に手袋をはめることになった。手袋にはネスカリア侯爵が施した魔封じの魔法が施されていた。

 手袋に掛けられた魔法はルーネスの右手に在る呪班の進行を抑える効果がある。ネスカリア侯爵の命で、ルーネスは一日の殆どをこの手袋を身に着けて過ごすことになった。


 そして、この手袋がルーネスを苛むことになる。

 呪いの進行を抑えているためか、呪班を中心に激痛がルーネスを襲うようになったのだ。痛みは大抵日中と、寝ている深夜にやってくる。

 骨に針を突き刺されているような痛みが右手を襲い、立っていられなくなるのだ。夜中に叫び声を上げて飛び起きたこともある。

 この事態は、使用人たちに態度を悪化させた。ルーネスはますます彼らに避けられるようになる。侯爵は呪班を抑えるのが精一杯で、痛みを軽減することは無理だろうと難しい顔をしてルーネスに告げた。


 それ以来、ルーネスはこの激痛と日々戦っていた。使用人たちの前で痛みに襲われると、呪いが移るのではないかとうるさく騒ぐので、ルーネスは人気のない裏庭で痛みをやり過ごすことが多くなった。


 その日も、午後の一般教養の教師が来る前に痛みの前兆が現れ、部屋を飛び出してきたのだ。

 使用人たちもルーネスが何処に行っているのかを何となく察しているので、彼が戻ってくるまで探しに来る事はない。


 そして、右手が激痛に襲われたとき、突然背中に衝撃を受け目の前の地面に勢いよく倒れた。


「うぐっ」


「何処じゃ、ここ」


 背中に謎の圧力がかかり、そこから声が聞こえる。誰かがルーネスの背中に乗っているだ。


「ぐにゃぐにゃ?」

 

 声からして自分と同じ子どもだ。聞いた事もないような甘やかな声をしている。


「何してるの?」


 その声を聞いてルーネスは全身を緊張させた。どうやら背中の人物は今自分の存在に気づいたようだ。

 ルーネスは頭の中が混乱していた。突然現れた人物が誰かであるかなどではなく、人とこんなに密接に触れ合ったことが無いのだ。

 一体どのような対応をしていいか全く分からなかった。

 ルーネスがぐるぐると思考の渦に揉まれている間に、ふっと背中の重みが無くなった。

 はっとしたルーネスだったが、その一瞬後。


「えいっ」


 どす


「ぐっ」


 油断していた時に激しい衝撃が背中を襲った。


「なーんだ、やっぱり生きてるじゃん」


 酷く楽しそうな声を聞きながら、ルーネスの意識は一時的に途切れてしまった。


「あ、気づいた」


 ルーネスが気がつくと、自分の顔を覗く少女と目があった。

 肩までの濃い赤茶の髪に深い茶色の目の美少女だ。つんと上を向いた鼻と、ぷっくりとした唇が可愛らしい。

 ルーネスは現状が良く分からず、目を見開いたまま固まってしまった。


「人間って、弱っちぃのね」


 少女はルーネスの顔を見ながらしみじみと呟いた。


「とーさまと似てるけど、あなたの方がキラキラね」


 そして、何の警戒も無くルーネスの頭に手を伸ばすと、彼の髪を触りだす。


「キラキラ~」


 彼女は楽しそうに彼の髪を弄っている。その表情に恐れの気配は見えない。


「さらさら~」


「あの、君だれ?」  


 ルーネスは決死の覚悟で目の前の少女に声を掛けた。

 少女は何故かキョロキョロと辺りを見回している。


「む?何やら声がする?」


「いや、目の前にいるけど」


 ルーネスは極自然に返事をする事に成功した。


「え、喋れるの?」


「喋れる、よ」


 何故か酷く驚いている少女にルーネスはたどたどしく答える。教師以外の人と話すのはほぼ初めてなので、声が掠れて震えていた。


「ふーん。何も言わないから、喋れないのかと思った。私、シアよ」


 シアと名乗った美少女はイグニット王国どころか、人間世界ではかなり有名なルーネスを知らなかった。

 話しているとどうやらルーネスの呪いについても知らないようだ。シアは物怖じしないでルーネスに話掛けてくる。


「じゃあ、ここで何してるの?」


 シアのその質問にルーネスは氷ついた。人と会話をする事に慣れていないルーネスは、とっさに返答することが出来ない。

 実は、呪班の痛みが先ほどから激しくなっていた。まだ耐えられるが後どのくらい持つか分からない。

 うまく言葉を見つけられないまま、シアに話しかけられてしまう。


「腕、痛いの?」


 その一言でルーネスは恐慌状態に陥った。

 右手にある呪班を見られたら、どうなるのか。

 ルーネスはシアの顔が自分の右手を見て恐怖に歪むところを想像して、目の前が真っ暗になってしまうような気がした。


「見せて、治してあげる」


 だから、シアが伸ばした手を反射的に振り払ってしまったのだ。

 その瞬間、ルーネスは正気に帰った。振り払われた手を見つめたまま動かないシアを見て、ルーネスは絶望の表情を浮かべた。


「あ、ご、めん。その、大丈夫、だから、本当に、何でもないから」


 自分の口からどんな言葉が出ているのかすらよく分からない。


「ちょこざいなっ!とうっ!」


「えっ!うわぁ」


 そして、ルーネスは二度目のシアの奇襲を受けてノックダウンした。


 ルーネスが目を覚ますと不思議なことに呪班の痛みは引いていた。気絶している間に治まったのだろうか。癖で左手で右手を触ろうとして、ルーネスは体が動かないことに気がついた。

 左手どころか全身が痺れているように動かない。唯一動くのは眼球くらいだ。

 ルーネスは仰向けで顔だけを左に向けて寝ている。

 混乱しているルーネスの耳に甘い子どもの声が届く。


「あ、気がついた。人間って本当に脆いね。ちょっとだけ動けなくするつもりだったのに」


 聞き慣れない声だ。だが聞き覚えがある。この声は確か


「シ、ア?」


 体の痺れは徐々に取れつつあり、ルーネスは何とか声を話すことが出来た。


「うん?何?」


 さらさらと何かがルーネスの髪に触れている。恐らくシアがルーネスの髪を梳いているのだ。


「キラキラ~、さらさら~」


 シアは可愛らしい声を出しながらルーネスの頭を撫でている。

 暫らくの間2人の間に会話は無く、シアの何とも言えない歌だけが流れていた。


「さらさら~・・・、何かむかつく」


「いたっ」


 しかし、突然シアがルーネスの髪を引っ張りルーネスはびくりと肩を竦ませた。


「えいっ、えいっ」


「いやっ、ちょっと」


「えいっ、えいっ、・・・はげろ!」


「うわぁ!ごめんなさい!」


 とりあえず、ルーネスは反射的に謝っていた。


「そのサラ艶、許すまじ」


「すいません」


 ルーネスは何故か鬼気迫るシアの様子に途惑っていた。


「シ、シア、の髪の方がきれいだと思う」


「む、そう?」


「うん」


 ルーネスの言葉にシアは自分の髪を摘む。彼女の髪は濃い赤茶の色だ。暗がりで見たら殆ど黒髪にしか見えないほど濃い色合いである。

 髪の色は魔力の強さに比例する。魔力が強いほど色が濃く、そして黒に近くなる。

 逆に金髪や銀髪は精霊力や神力が強いと言われていた。

 

 ルーネスの養父であるネスカリア侯爵は濃紺の髪をしている。シアの髪色は侯爵よりも濃い色合いをしているかもしれない。


「私の髪は昔のかーさまと同じなんだ」


「それじゃ、シアの母上は魔法使いなのか?」


 ルーネスの質問にシアはきょとんとした顔をした。


「魔法使い?違うよ。シアのかーさまは魔女だよ」


「え?・・・ま、じょ?」


 今度はルーネスがきょとんとする番だった。


「そうだよ。だから、ルーネスの右手もかーさまに言えば何とかなるかもね」


「え?あっ!」


 シアの言葉にルーネスは目を見開いた。良く見ると、シアは白い手袋を左手に持ってプラプラさせている。

 ルーネスは飛びおきて自分の右手を確認した。体の痺れはすっかり消えてしまっている。そして、ルーネスの右手から白い手袋も消えていた。


「あ、れ?呪班が・・・」


 右手の呪班は見慣れたものとは様相を変えていた。醜い虫が這いずっているようなものから、蔦のような形に変わっている。色も赤黒い色から、黒い色に変化していた。


「私じゃ消せないや。痛みは消せたけど」


「え、これ、シアが」


「呪いに、呪いを重ね掛けしたんだよ」


「呪いを?」


「そうだよ。痛覚の無くなる呪いを上から掛けたの」


「それが、呪い?」


 痛みを感じないことが呪いとはとても思えない。ルーネスはそう思った。


「ふふん、実は痛みを持続させる呪いなんだけどね。改良してみました!」


「え、そうなんだ」


 シアは自慢げに胸を張っている。しかし、突然立ち上がると辺りをキョロキョロと見回し始めた。


「何?どうかした?」

 

 只ならぬ様子にルーネスも慌てて立ち上がる。シアは何かを探しているようだ。


「かーさまが呼んでる」


「え?」


 シアの言葉にルーネスは耳を澄ますが、女性の声など聞こえない。


「私、帰らないと」


 ルーネスはその言葉にはっとした。随分と長い時間を二人で過ごしたが、ずっと一緒に居れる訳が無い。


「帰る?」


「うん、あ!」


 シアが一点を見つめて声を上げた。ルーネスがそちらに視線を向けると、赤く輝く魔法陣が出現し始めていた。


「かーさまだ!」


 シアはその魔法陣に向って走り出した。

 ルーネスはとっさにシアの手を掴もうと手を伸ばす。しかし、シアの小さな手はするりとルーネスの手を擦りぬけてしまう。

 そして、シアはあっという間に魔法陣の前まで辿り着いてしまった。


「あ、忘れてた。これ、返すね」

 

 シアは魔法陣の前でくるりと反転すると、手に持ったままだったルーネスの手袋を放り投げた。ルーネスは反射的にその手袋を受け止める。


「またね、ルーネス。じゃあね、ばいばーい!」


 シアは口早にそう告げると、魔法陣に飛び込んでしまった。シアを飲み込んだ魔法陣は、一度大きく輝くと何事も無かったように消えてしまう。


 後に残ったのは、白い手袋を握りしめて呆然と立ち竦むルーネスだけだ。



キラキラ~さらさら~

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