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落っこちた魔女の娘

 その日、シアは魔女の城で魔法の練習をしていた。魔女や賢者となれば本能的に魔法を使う事が出来るが、魔女の娘であっても魔女ではない彼女は魔法を使う練習をしなければうまく操る事が出来ない。

 攻撃魔法や単純な防御魔法はごり押しでどうにかなるが、繊細な操作のいる召喚魔法や転移系の魔法は練習が必要だった。


 シアは城の一室で床に一心不乱に魔法陣を描いている。灰色の石の床に、赤と黒い線が複雑な模様を作り出していた。

 シアが転移魔法を発動するのは今日が初めてだ。成功すれば城の中にいる母の元に行くはずある。


「やった、出来た!」


 シアは勢い良く立ち上がると、出来上がった魔法陣を見下ろす。

 悪魔の血と魔族の骨を使って出来上がった魔法陣は、美しくも禍々しい。


「ううーん?何か、かーさまの言ってたのと違う?」


 シアは首を傾げながら、描き上げた魔法陣の周りをぐるぐると回る。


「おかしいなぁ、これ使えばバッチリだって、とーさまが言ってたのに」


 シアは両手に持っていた魔法のチョークを見る。これは魔法の練習をするシアに父が贈ってくれた物だ。

 悪魔の血を固めた赤いチョークと、魔族の骨から造り出した黒いチョーク。

 それぞれ一本で、国が一つ吹き飛ぶほどの魔法を発動出来るのだが、シアはそんな事は知らない。


 何せ彼女は、ほんの七歳だからだ。

 父から貰ったチョークも、何かすごいやつ程度の認識しかない。


「ま、いいや!本の通り描いたもん」


 シアは結局、感じた違和感を無視する事にした。

 

 そして魔法陣の指定の位置に座ると、慎重に魔力を流し込む。

 魔法陣には、するするとシアの魔力が浸透していく。滑らかに魔力が行き渡るのは、魔法陣が正確に描き上げられている証拠だ。


 因みに、この魔法陣を並みの魔法使いが作動させようとしたら、百人は必要である。高名な魔法使いでも、魔力枯渇覚悟で三人は必要だろう。


 だが、シアは魔法陣の展開を速める為に加速の呪文を唱えながら、顔色一つ変えず魔力を流し込んでいく。

 やがて、隅々までシアの魔力を吸い上げた魔法陣は淡く輝き出した。


「やった!成、功?」


 魔法陣が作動し展開する瞬間、シアは違和感を感じた。

 何かを忘れているような気がする。


「・・・あ、行き先、描き込むの忘れた」


 シアはその言葉を残して、魔法陣の上から消える。

 そして、その姿は『ソフィラエ』の魔女の城からも消えた。


 うっかりミスに気づいた瞬間、シアは転移魔法特有の負荷を感じた。普通は不備のある魔法陣は作動しても展開はしないものだが、シアの使った魔法のチョークがその誤差を無理に埋めてしまった。


 無理に埋めたのだからだ、当然歪みも出る。シアは転移には成功したが、何処か知らない場所に落っこちてしまった。


「うぐっ」


「何処じゃ、ここ」


 シアは転移した先の景色を見てそう呟いた。

 何処かの庭のようだが、見たことのない場所である。

 一瞬、父の城に転移したのかと思ったが、父の城に比べて空気中の魔素が薄い。


 それに、何だか座っている地面がぐにゃぐにゃしている。


「ぐにゃぐにゃ?」


 不審に思ったシアが、視線を下に移すとシアの下に人が倒れていた。

 正確に言えば、人の上にシアが乗っているのだが。

 シアはうつ伏せに倒れている人物を見て、不思議そうに尋ねた。


「何してるの?」


「・・・・・・」


 返事がない。まるで死体のようだ。


 シアは一瞬何かを考えるように空中に視線を向けると、何か閃いたように頷いた。


「えいっ!」


 そして、可愛らしさ声と共に軽くジャンプをした。勿論、謎の人物の背に乗ったままで。


「ぐっ」


「なーんだ、やっぱり生きてるじゃん」


 苦しげな呻き声を聞いて、シアはご機嫌な声を上げる。


「シアを騙そうなんて、出来っこないんだからね!」


 シアは偉そうに小さな胸を反らし、腕組みをする。

 そして、やっとうつ伏せの人物の上から動く事にした。

 しかし、うつ伏せの人物はぐったりとして動かない。

 



「人間って、弱っちぃのね」


 シアは目の前に座る人物を見て、しみじみと呟いた。シアの目の前には自分と同じくらいの子どもが座っている。子どもはシアが下敷きにしていた人物である。

 シアの死んだふりは通用しません攻撃により、著しい損害を受けたようなので彼女が治癒魔法を掛けてあげたのだ。


「とーさまと似てるけど、あなたの方がキラキラね」


 シアは目の前の人物の髪を見ながらそうつぶやいた。シアの父の髪も銀色だが、もっとくすんでいて鋼のように渋い色をしている。


「キラキラ~」


 シアは掛け声を掛けながら、目の前の銀髪を指で梳いて遊び出した。


「さらさら~」


「あの、君だれ?」


 しばらくの間、シアの謎の掛け声のみが響いていたのだが、突然別の声がした。


「む?何やら声がする?」


「いや、目の前にいるけど」


 シアはキョロキョロと辺りを見回していたが、声の主に気づくと驚きの声を上げた。


「え、喋れるの?」


「喋れる、よ」


 シアの驚きように、逆に驚きながら銀髪の持ち主は応えた。


「ふーん。何も言わないから、喋れないのかと思った。私、シアよ」


「え?」


「だから、私はシア。あなたが聞いたんじゃない。あなたは、誰?」


「知、らないの?」


 目の前の人物はシアが自分を知らない事に酷く動揺した。そして何故か、若干の恐れすら伺える。


「知らない、あなた誰?」


「ル、ルーネス」


「ルーネス?ふーん。いい名前じゃん」


「え?」


 銀髪の人物、ルーネスはシアの言葉を聞いて驚いていた。


「知らない?僕のこと、本当に知らない?」


 シアはルーネスの言葉を聞いて拗ねたような顔をした。その顔は破滅的に可愛い。


「知らないったらぁ。私、城から出ることあんまりないもの」


「・・・お城から、来たの?」


「そうよ。お城から落っこちたの」


「落っこちた?」


「もう!何度も言わせない!失敗して恥ずかしいの!」


「ご、ごめん」


 シアは顔を真っ赤にして怒ったが、照れが全面に出ていたので余り怖くない。本人もそれが解っていたので、そのままぷいっとそっぽを向いてしまう。


「あ、ごめん」


「つーん」


「えっと。もう聞かない」


「なら、許す」


 くりっとシアは顔を戻した。

 そして、今度はシアがルーネスに質問を始めた。


「ルーネスはここに一人なの?」


「え、いや。館の中に人はいる」


「じゃあ、ここで何してるの?」


「そ、れは」


 シアの質問にルーネスは突然顔を曇らせた。シアはその様子を不思議そうに見ていたが、ふと彼の右腕に目を留める。

 無意識だろうが、ルーネスは左腕で右腕を掴んでいた。


 その仕草にシアは眉を寄せる。怪我は先ほど治癒魔法で治した筈である。もしや、治癒の魔法がちゃんと展開しなかったのだろうか。


「腕、痛いの?」


 シアの声にルーネスがぎくりと肩を揺らす。間違いない。腕の怪我が治っていないに違いない。

 魔法を掛けた時は気づかなかったが、シアは治癒魔法は苦手な方だ。上手く行かないこともある。


「見せて、治してあげる」


「何でもない!触るな!」


 ぱちんと軽い音がして、シアの手が振り払われた。

 その音を聞いてルーネスは顔色を変える。見る見るうちに青ざめていく。


 シアは振り払われた手をぼうっと見ていた。


「あ、ご、めん。その、大丈夫、だから、本当に、何でもないから」


 ルーネスは必死に謝りながらも、また左腕で強く右腕を掴んでいる。


 そのとき、シアの瞳が妖しく光った。


「ちょこざいなっ!とうっ!」


「えっ!うわぁ」


 シアの威勢の良い掛け声の後に、ゴスという音がして、ドスと言う音が響いた。


「ふふん、生意気だぞ!」


「うっ」


 ルーネスに馬乗りになった状態でシアは勝ち誇った表情をした。

 ルーネスはシアの下敷きになった状態で目を回している。


「よいしょっと、・・・これで、よし」


 シアは素早く拘束魔法を唱えると、ルーネスの右腕に手を伸ばした。

 ルーネスは不思議な事に手に白い手袋をはめている。


「ん?この手袋、魔法が掛かってる?」


 シアはその手袋に触れて僅かな魔力の名残に気付いた。

 何かを阻害する魔法のようだ。封印系の魔法のような気もする。


「むむっ、さてはこれが邪魔をしたんだな」


 封印系の魔法は本来の効果の他に、別の魔法の効果を阻害する副作用的な効果がある。

 シアは深く考える事なく、ルーネスの右腕から手袋を抜き取った。


「あれま?」


 ルーネスの右手には赤黒い醜い痣が浮かんでいた。

 無数の芋虫が絡みついたような痣は、指先から手の甲、手首を通りシャツの裾の中に隠れている部分にも延びているようだ。

 それを見たシアは顔を顰めた。


「何じゃこりゃ?」


子どもって、純粋に残酷ですよね

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