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砦への帰還

 シアはルーネスの前に座り、馬に騎乗していた。

 さぁ、砦に帰還しようとしていた時、砦からの援軍が到着したのだ。

 援軍はコララドの砦に残っていた騎士たちで、戦闘になる直前に逃がした騎士たちの馬を回収していた。

 そのため、徒歩ではなく馬で帰還出来ることになったのだ。


 シアはルーネスの前に座った状態で、キョロキョロと落ち着きなく周囲を見ている。

 背の高いルーネスの前に座っているために、まるで小さな子供のように見える。


「おい、シノアス。あれ、魔女だよな?団長と一緒に馬に乗ってる、ちっこいの」


 団長のルーネスよりやや後方を走っているシノアスに、話し掛けている騎士がいた。

 援軍を率いてきたガイアスだ。大柄で筋骨逞しい彼は、厳つい顔に困惑した表情を浮かべている。


「ええ、恐らく」


「一体、どうなってるんだ。魔物の大群に襲われてるっていうからよ、砦の腐れ騎士ぶん殴って飛び出して駆けつけて見りゃ、戦闘は終わってるわ、血の海なのにお前ら小綺麗になってるわ、おまけに魔女までいるって」


 どうなってるんだよ。


 ガイアスの聞きたいことは分かる。しかし、それはシノアスも団長に聞きたい事だった。


「詳しい事は全くわかりませんが、どうやら団長とあの魔女殿は知り合いのようです」


「はぁ、団長の知り合いねぇ」


 ガイアスはシノアスも詳しい事を知らないと分かると、無駄口を止めてシノアスから少し離れた。

 馬を走らせることに集中するのだろう。

 先ほどかりら少しずつ速度が上がっている。

 シノアスは前方で翻る眩しい銀髪の持ち主を見やり、その人物の両腕に囲われている魔女に思いを馳せた。


 魔女は世界に混沌をもたらす存在だ。

 味方につければ心強いが、敵に回せばまず死を覚悟しなければならないだろう。


 どういう訳かわからないが、団長は今回現れた魔女と知り合いのようである。

 それもかなり親しそうであった。

 一体、魔女と何時何処で出会ったのかわからないが、ひょっとしたら団長の呪いと関係があるのかもしれない。

 必要な指示以外口を開くことのない寡黙な団長だが、砦につけば詳しく説明してくれるだろう。

 シノアスはそう結論付けて、自身も遅れないように馬の歩調を速めた。


 そして無事、銀翼の騎士団たちは、夕暮れ前にコララドの丘に到着した。




 砦に着いた銀翼の騎士団を迎えたのは、怒りに顔を真っ赤に染めた砦の上級騎士だった。

 何となく遠目からでも騎士の顔面の左側が酷く腫れているのが分かる。心当たりのあるシノアスは、ガイアスの方に視線を移す。しかし、ガイアスは明後日の方向を見ていた。


 これは面倒な事になった。

 シノアス以外の騎士たちも心を一つにして思った。

 恐らくガイアスはごねる騎士に痺れを切らして、強行手段に出たのだろう。実際、魔物の群れに囲まれていた時は一刻も早く援軍に辿り着いて欲しかったのだから、ガイアスの行動は攻められない。


「おい、貴様ら!」


 銀翼の騎士たちが近づくよりも早く、砦の入り口から1人の騎士が出て来た。


「何が魔物群れが現れただ!魔物と戦った後など無いではないかっ!」


 出て来たのはひょろりとした細面の男だ。確か、父親が伯爵でその三男だったか。そして、侯爵の次男の取り巻きの一人だ。


「魔物の群れなど嘘だったのだろ!」


 男は唾を激しく飛ばしながら、団長のルーネスに怒鳴り散らしていた。


「さっさと馬から降りろ!そしてアグノーツ様に謝罪しないかっ!」


 アグノーツ、その名前が出た瞬間、数名の騎士の顔に嫌悪の表情が浮かんだ。最も激しかったのはガイアスだ。

 アグノーツと言うのはコララドの砦を任されている上級騎士であり、侯爵を父に持つ七光り騎士だ。

 銀翼の騎士団にさぼっていた砦の修理を押し付け、援軍の出動を渋り、ガイアスにぶん殴られた人物である。


「くずくずするな!何をぼさっとしている!早く・・・だ、誰だ!?」


 馬から降りないルーネスに延々と悪態を吐いていた男は、突然飛び上がった。

 ルーネスの腕の間からシアが顔を出したのだ。


「うるさいなぁ、一体、なぁに?」


 どうやら寝ていたようである。声も動作もぼんやりしている。

 アグノーツの取り巻きの男はシアの存在に全く気づいていなかったようで、細い両目を見開いている。


「お、女?いや、こ、子供か?」


 激しく動揺しているのか声が震えている。


「ぅうーん、ここ何処?」


 シアは両腕を伸ばして伸びをすると、背後のルーネスを振り仰いだ。


「コララドの砦だ」


「ふーん」


「お、おい!誰、誰だ!そいつは!?」


 男の態度にルーネスを除く銀翼の騎士たちがひやりとした。

 フードを被っているからだろう、男はシアが魔女だと気づいていない。まぁ、こんな所に魔女が居るなど思いもしないだろうが。

 コララドの丘で魔女のシアに助けられた騎士たちは、彼女が見た目からでは想像もつかないほど恐ろしい存在だ知っている。

 彼女の機嫌を損ねるのはどう考えても不味いだろう。


「うるさいなぁ、お前こそ誰だよ」


 シアは不機嫌そうに馬の上から男を見下ろした。


「お、お前は」


 男はシアに見つめられて、正確に言うとシアの顔を確認してから挙動が更に落ち着かなくなった。

 男を不機嫌に見下ろすシアは、大変な美少女だった。

 形の良い眉に大きな目、すべすべとした薔薇色の頬、すっとした鼻に愛らしいピンクの唇。ムスッとした表情でさえ魅力的である。


 突然現れた美少女を呆然と見つめていた男を正気に戻したのは、背後から掛けられたらアグノーツ騎士の苛立った声だった。


「何をごちゃごちゃとしているんだ!」


「あ、アグノーツ様」


 動揺している男を突き飛ばし、アグノーツがルーネスの側までやってくる。

 その頬は酷く腫れ上がり、凡庸な顔が醜く歪んでいた。


「おい、貴様の部下は野蛮な奴ばかりだな!この顔を見ろ!上官を殴るなと、騎士とは思えん所業だ!」


 アグノーツは一息に其処まで喋ると、シアの存在に気付いた。

 シアは新たに現れたうるさい男の存在をキョトンとした表情で見ている。


「ん?何だ、その娘は?」


 アグノーツは見知らぬ娘を不審に見ながらも、シアの美貌に気づき好色な目線を向ける。


「お前こそ何だよ」


 アグノーツは鈴を転がすような愛らしい声色で言い返され、反射的に名乗ってしまった。


「わ、私はアグノーツだ。この砦の責任者だ!」


 何とか威厳を保とうと、最後の方は語尾を強め顎を逸らして言い放ったが、どうみても強がっているようにしか見えなかった。


「ふーん、シアはルーネスの友だちだよ。ねっ!」


 最後の呼びかけはルーネスに向けて行い、シアはルーネスを振り仰いだ。

 アグノーツはその様子に顔を顰めた。よく分からないが、目の前の美少女は呪われた汚らわしい騎士の友だという。


「何を言っている、その男は忌まわしい呪いを受けたけ・・・がっ」


 アグノーツの言葉は唐突に途切れた。喉に巻きついた鎖が彼の首を締め上げたからだ。


「かっ、・・・がっが・・・!」


 鎖は弛んだり締め上げたりを繰り返し、アグノーツの意識が飛ばない程度に空気を取り入れさせる。

 喉を締め上げられる度に、アグノーツの喉奥から苦しげな呻き声と舌が飛び出す。


「ひっ、ひ、ぃい」


 取り巻きのひょろりとした男が、その様子を見て腰を抜かしていた。恐ろしいのか全身が酷く震えている。しかし、目はアグノーツを締め上げる鎖に釘付けだった。


 鎖は虚空から突然に現れ、アグノーツの首に巻きついた。アグノーツは鎖を解こうと必死になってもがいているが、不思議なことにアグノーツの指は鎖に触れることは出来ないようで、自分の喉の皮をかきむしっているだけだった。


 鎖がアグノーツを締め上げる間隔は徐々に狭くなり、やがてアグノーツの顔は酸欠で赤黒くなっていった。


「シア、殺すな」


「む、何でさ。こいつ嫌い」


「そいつが死ぬと、後々面倒になる」


「むーっ、仕方ないなぁ」


 シアは些か不服そうだったが、アグノーツを締め上げていた鎖を解いた。鎖は出て来た時と同じ様に、するりと虚空に消えていく。

 解放されたアグノーツは完全に気を失っているようで、ぴくりとも動かない。


 ルーネスはアグノーツの状態どころか、一瞥もくれることなくさっさと砦の中に入っていく。

 他の銀翼の騎士たちも僅かに遅れてその後を追いかけた。


 不思議と銀翼の騎士たちはシアの事が恐ろしくなかった。確かに恐ろしい存在なのだろうが、いけ好かないアグノーツを締め上げてくれたからかもしれない。



家に帰るまでが遠足ですよ!

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