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騎士団長の微笑み

 魔女。

 それは、希望をもたらし絶望を連れてくる者。人々を救い、或いは滅ぼす者。


 天空の島『ソフィラエ』に在る魔女の城に住み、気紛れに下界に降りては、人の世を掻き乱す存在。


 時に最善であり、時に最悪。


 彼女たちは人々に敬われ、或いは畏れられる。そして、時に愛され、嫌悪されてきた存在。


 祝福をもたらし、一方で災厄をばらまく者。


 彼女たちの機嫌を損ねてはならない、それは即ち破滅を意味する。


 目の前に降り立った存在を確認して、銀翼の騎士たちは誰もが驚きに目を見開いた。

 ローブのフードに隠されていた漆黒の髪、それは、魔女の証。


 上級位の魔物などより、もっと大物が出てきた。魔女など世界に数人しかいない存在である。

 それが何故、我々の目の前に現れたのか。


 「やぁ、人間諸君!私は魔女だ!」


 小さな魔女は簡潔に挨拶すると、スタスタと騎士たちに近づいて来た。

 警戒する様子もなく、自然体に見える。それが一層の警戒を煽る。しかし、騎士たちは近づく魔女に対して、攻撃は愚か後退する事も出来ずにその場に立っていた。


 なぜなら、此処で真っ先に指示を出す団長が魔女を見つめたまま微動だにしないからだ。


 「主、よ」


 「何だい?我が友」


 「探し人は、どのような、容姿なのだ」


 「うーん、最後に会った時は・・・小さくて、銀色で、キラキラだった!」


 「・・・そのような、人物。見当たらない、な」


 「・・・・・・ううん?」


 魔女、シアは覚えている友人の気配を探りながら、人間たちに近づいていた。

 そして、遂にシアは1人の人物の前で足を止める。


 「はて?銀色でキラキラだけど、何かでかくて、ごついな」


 「・・・主よ、声に出ているぞ」


 イヴァンはそっと心話で忠告した。シアの目の前には彼女の頭は一つ半は背の高い、美丈夫が立っている。

 返り血を浴びた白銀の鎧に、刃こぼれの目立つ大剣という、なかなかに凄惨な姿だが、それでも不思議と清冽な気品を漂わせている。


 シアは頭の天辺から爪先まで、目の前の白銀の騎士を眺めてからポツリと呟いた。


 「まさか、ルーネス?」


 「シア、か」


 シアの口からは疑問系がこぼれ落ち、ルーネスの口からは確認の声が漏れた。


 「・・・声、ひっく!すんごく、でかくなってるし!でも、ルーネスだ!」


 「シアは、変わらないな」


 「むーっ、失敬な!ちゃんと成長してるぞ」


 シアとルーネスはごく自然に会話し始めた。周囲にいた騎士たちはその様子を呆然と見ている。


 騎士たちは酷く動揺していていた。魔物に取り囲まれても揺るがなかった彼らの精神が、激しく揺さぶられていた。

 それは、目の前に現れた魔女と団長が既知の仲であったことが原因ではない。


 あの、団長が。微笑んでいる。


 それが、常に厳しい訓練と過酷な任務をこなしている騎士たちの精神を、混乱の極みに追いやっていた。


 銀翼の騎士団団長であるルーネスは氷の彫像と言われる程の、鉄面皮だ。

 どんな状況でも常に冷静沈着、そしてその秀麗な顔立ちに表情が浮かぶ事は、滅多にない。

 どれほどの強敵を倒そうと感動に表情が動く事はなく、どのような侮蔑の言葉をかけられようと無表情を歪める事はなかった。

 長く付き合いのある者達だけが、わずかな感情の揺らぎを琥珀色の目から拾い上げることが出来た。

 呪いで感情が死んでいるのだ、と云う噂まであるくらいなのだ。


 その団長が、微笑みながら会話をしている!


 その微笑みを見た者は、一生の幸運を使い果たして凄惨な死を遂げると云われている、あの団長が!


 魔物の襲撃よりも、自分たちの団長の微笑みに精神的損害を受けた騎士たちを正気に戻したのは、魔女シアだった。


 「ん?ルーネス、固まっている人間と、倒れている人間はルーネスの知り合い?」


 「私の部下だ」


 「ふーん、何だか死にそうなのも居るから、取りあえず」


 シアは徐に両手を掲げると、指で空中に複雑な紋様描いていく。そして、素早く魔法陣を作り上げると発動させるための呪文を唱えた。


 「痛いの痛いの、飛んでいけ~!」


 「「「・・・・・・」」」


 何とも気の抜ける呪文と共に、騎士たちの怪我と毒はきれいさっぱり消えていた。


 「シノアス、立てるか」


 ルーネスはシアの魔法に動じる様子も見せず、片膝を着いていた騎士、シノアスに声を掛けた。シノアスは銀翼の騎士団の副団長の一人である。


 「ええ、大丈夫です」


 「被害の確認と装備の点検をしろ。終わりしだい砦に帰還する」


 「了解しました」


 シノアスに命令を下すルーネスの顔には、先ほどの微笑みの名残は全くなく、いつも通りの美しいが冷たい氷像のような団長に戻っていた。


 「ねぇ、ねぇ。どこに行くの?」


 シアはルーネスのマントを引っ張りながら訊ねた。肩ほどの長さの黒髪が、サラサラと揺れている。


 「この先にある砦だ」


 「砦?ふーん、どのくらい掛かるの?」


 「馬なら一時間、徒歩なら倍は掛かるか」


 「えー、そんなに掛かるのー」


 騎士たちは、副団長シノアスに各々の状態や装備の報告をしながら団長ルーネスと魔女シアの会話を聞いていた。


 魔女、だよな?髪の毛、真っ黒だし。なんか、ちっこいんですけど。変な呪文だったけど、回復呪文?しかし、何か随分気安いな、団長に。てか、団長と知り合いなのかよ。


 努めて無表情の彼らの心の中には、様々な疑問と思いが嵐のように渦巻いていた。


 「うーん、ルーネス、何だかドロドロのべちゃべちゃだね」


 「魔物の群れと、戦った後だからな」


 ルーネスは他の騎士に比べて怪我も汚れも少なかったのだが、それでも魔物の血や泥で騎士の鎧やマントは汚れている。


 「むむっ!ちちんぷいぷいのぷ~い」


 シアの変テコだか、何だか可愛らしい呪文と共に騎士たちの姿は一変した。

 鎧やマントに付いていた魔物の体液や汚れは消え失せ、髪や体まで風呂上がりのようにさっぱりとしている。

 鎧と剣に残っている傷のみが、激しい戦闘を物語っているが、それを除けば出立前より小綺麗になってしまった。


 「・・・全員、問題ありません。直ぐに出立出来ます」


 シノアスは団長のルーネスに分かり切った報告をする。


 「おーっ、ルーネスのキラキラ度合いが上がった!」


 シアは綺麗になったルーネスに感動の声を上げている。

 くるくるとルーネスの周囲を周り、キラキラとその瞳を輝かせている。


 騎士たちは、何故だか回復した体力がゴリゴリと削られていくような気がしてならなかった。


微笑みの爆弾!!

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