家族となるということ
「最初はね、私恵の事が大嫌いだったの。」
母からの第一声は、まったく予想せぬ言葉だった。
思わず目を見開いてしまう。
それを面白がるように母は笑った。
「咲のそんな顔久しぶりにみるわ。」
「びっくりするよ、そりゃ。」
やっぱりなんて思うはずがなかった。
母もあの人も、てっきり両想いで周りも見ずに愛に突っ走ったのだと思っていたから。
「恵とは高校の時に出会ったんだけど、当時の恵はすごく・・・ん〜、荒れてた、のよね?」
「不良だったって事?」
「そうね。」
煙草もお酒もギャンブルもしないあの人が不良。
いつも笑顔で優しくて、私に対して声を荒げて怒った事のないあの人が不良。
「全然想像出来ない。」
「でしょ。私も変わりぶりに驚いたもの。」
母が驚くなら、私は想像もできないのは当たり前のような気がした。
「私は普通の生徒だったから。あまり関わりたくなかったし、学生の身分で好き勝手する人嫌いだったのよね。」
結構言いたい放題けなしているなと、少し同情心がわいてしまった。
「じゃあどうして好きになったの?」
「嫌い過ぎて意識し過ぎちゃったのよね、きっと。気付いたら私が恵の事好きになってて、目が離せなくなってたの。」
よくわからない心理だった。
嫌いだったのに、好きになる事も。
気付いたら好きだったという感覚も。
「でもね、その当時は同性愛の偏見が今よりもっと強くて。告白なんて出来なかった。」
「それでも、付き合ったんだ。」
「結果的にはね。」
苦笑しながら、母は目を伏せた。
「じゃあ・・何で私はうまれたの?」
母の顔がさらに伏し目がちになった。
だけど、話の流れからにして私の登場は不自然過ぎたから。
いくら私でも女同士で子供が出来ない事は知っている。
「咲はね・・。」
少し身体に緊張が走る。
今まで聞きたくても聞けなかった事が、今明らかになる。
「咲は・・・・・。」
母はとても辛そうだった。
言い出そうにも中々声に出来ないでいた。
「ごめんなさい、咲。まだ私にはいう勇気がないわ。でも必ず話すから。その時まで・・待っててくれないかしら・・・。」
頷くしかなかった。
正直、まだ私も聞く勇気がなかったのかもしれない。
「でもね、恵は全て受け止めてくれて、私と一緒に咲を育てるって決めてくれたの。例え、周りにどう思われようと。親族から絶縁されても。私と咲を守る為に、残りの人生を捧げるって誓ってくれたのよ。」
「なん・・で?」
「分かってるでしょ?咲も。」
「・・・・・。」
「いいの?このまま、恵と離れても。」
「でも・・私、酷い事いっちゃったし・・・。」
「家族は、そんな事で崩れたりしないわ。それに昔から恵は咲に甘いから。」
「私が本当の娘じゃないから?」
「馬鹿ね。恵のはただの親バカよ。」
ママ、やっぱり言い方酷いよ。
そう言いながら、やっと笑う事が出来た。
寝室のドアをノックしたが、返事はなかった。
そろそろと静かに扉をあけ、中を覗くと布団に膨らみがある。
寝てしまったのだろうか。
「めぐちゃん・・・起きてる?」
久しぶりに名前を呼んだ。
が、呼吸でかすかに布団が動くだけで、反応はない。
淋しくなって近付くと、異変に気付いた。
口での呼吸が荒く、額にわかるほどの汗が見えたのだ。
「ママ!」
急いで母を呼ぶと、走って駆けつけてきた母は容態をみるなり携帯で救急車を呼んだ。
「恵!恵!声聞こえる?」
肩を叩き、意識の確認をするが、恵は応答しない。
苦しそうに呼吸し、眉間にシワを寄せ苦痛の表情をみせる。
何が起きたかも分からず、ただ呆然とそれを見つめているしかなかった。
そのうち、恵の身体はすうっと力がぬけ、動かなくなった。
「大丈夫よ、気を失っただけみたいだから。」
「ほん・・とうに?」
ガタガタ震えだす自分の身体
母が震える手を恵の胸にのせ、心音をきかせてくれた。
どきどくと音がする。
生きている。
ほっと安心したのも束の間で、駆けつけた救急隊が担架で運びだすと、また不安で胸が潰れそうだった。
「咲はここにいなさい。」
「いや!絶対いや!私もいく!」
1人になりたくない
そばにいたい
私は母に抱きついた状態で一緒に救急車へ乗り込んだ。