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第4話 死地に向かう

学園祭の喧騒から少し離れたカフェスペース。

紙コップの湯気が揺れる中、岳人のスマホが短く震えた。


――実行事務局からだ。


「……ちょっとゴメン」


席を外し、少し離れた場所で応答する。

その、ほんの数十秒の隙だった。


背後から、低く粘つくような声がした。


「……おい、風子じゃねえか」


嫌な予感がして、岳人は振り返る。

派手な服装に、威圧的な態度。

軽音サークルの影田かげたがニヤッと笑いながらこちらを見ている。


周囲の空気が、一瞬で重くなる。


「久しぶりだな。

今日は、そいつが相手か?」


意味の分からない言葉に、岳人は眉をひそめた。


一方で、風子の表情が一気に凍りつく。

足早に影田の横を通り過ぎようとする。


影田が距離を詰め、低い声で言った。


「あのときすっぽかしたデートの約束、今日は果たしてもらうからな」


「バイトはもうやめたの! お金も返したでしょ!」


「契約は契約だろ。こっちがキャンセルしない限り、断れねえんだよ」


――契約?


岳人の思考が、一気に追いつかなくなる。


「風子ちゃん……契約って?」


震える声で問いかける。

風子は一瞬だけ岳人を見て、すぐに目を伏せた。


影田が、嗤う。


「知らねえのか? こいつ、レンタル彼女やってたんだぜ」


耳鳴りがした。

胸の奥が冷えていく。


「レンタル彼女……それって?」


風子は目をそらしたまま、唇をかんだ。


その沈黙に、岳人の喉が詰まった。

声を出そうとしても、息が続かなかった。


影田はニヤリと笑うと、乱暴に風子の腕をつかむ。


「いいから来い」


風子がよろめく。

抵抗するが、力では抗えない。


「――風子ちゃん!」


岳人の声は、雑踏にかき消された。

気づけば、二人の姿は人混みの向こうへ消えていた。


残された岳人は、呆然とその場に立ち尽くす。


――風子ちゃんがレンタル彼女!?


胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。


俺は……客だったのか?


違う。そうじゃない。


信じたい。

けれど、目を逸らした風子が頭から離れない。


追いかけなければ……。


足が動かない。


頭の中が真っ白だった。


積み上げてきた計画も、努力も、その前提ごと一瞬で色を失った。




***




傷心のまま、立ち尽くす。


「風子ちゃん、軽音の影田と一緒だったけど」


リンと亮が、通りかかる。


「……ちょっと、いろいろあって」


「あれ、もしかしてフラれた~?」


冗談めいた声に、岳人は答えられなかった。


「……レンタル彼女だった」


岳人は絞り出すように、聞いた話をそのまま伝えた。


「契約が残ってるからって……」


リンが静かにうなずく。


「……専門学校に入った頃、無理してた時期があったらしい。

実習費も重なって、変なバイトに手を出したって言ってた」


「……やっぱり」


覚悟していた答えを突きつけられた気がした。


絶望が、胸に広がる。


「でも、すぐにやめたよ」


「え?」


「怖い目に遭ったって言ってた……

もう一年以上、前の話だよ」


「一年も前?」


「だから、もう関係ないはず」


岳人は何か言おうとしたが、言葉が出なかった。


「それにね」


リンは言葉を続ける。


「キャンドルナイト。

岳人が頑張って作ってたって言ったら、すっごく楽しみにしてた」


「それって……」


「絶対、一緒に見たいって」


胸が、ずきりと痛んだ。


風子の泣き出しそうな顔が浮かぶ。

  

……俺は、信じきれなかった。


取り返しのつかないことをした気がした。




***




亮が岳人をまっすぐ見る。


「このままでいいのか? お前の計画、まだ終わってないだろ」


岳人は拳を握りしめる。

脳裏に、孫子の言葉がよみがえった。


「『死地にあれば、戦わざるを得ず』

――絶体絶命なら戦うしかない」


岳人は顔を上げ、宣言する。


「風子ちゃんを取り戻す。

そして、一緒にキャンドルナイトを見るんだ!」


リンと亮が頷く。


迷いは、もうない。


岳人は踵を返し、軽音サークルの部室へと走り出す。

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