第3話 大事なのは勢い
学園祭当日の朝。
校門前に立つ佐久間岳人は、腕時計を三度目に見て、また深呼吸した。
(落ち着け……今日は委員長としての仕事――そして、デートだ)
責任感と緊張が、胸の中でせめぎ合う。
そんなとき、不意に視界が明るくなった。
「お待たせー!」
振り向いた瞬間、岳人の思考は完全に停止した。
白いブラウスにデニムジャケットとミニスカ。
秋風に揺れる軽く巻いた髪が、朝の光を反射してきらめいている。
まるでアイドルの登場シーンのようで、周囲の学生たちも一瞬視線を奪われていた。
(……ヒロイン、現実に存在してたのか)
居酒屋で黒いエプロン姿の「元気な看板娘」だった藤村風子は、
今は学園祭そのものを象徴するような存在感でそこに立っていた。
「どう? 今日はちょっと気合い入れてきたんだ」
「……すごく、似合ってる」
考えるより先に口が動いていた。
風子は照れたように笑い、岳人の理性はまた一段階後退する。
(兵法書に書いてなかったぞ……アイドル級の可愛さへの対処法)
***
「ごめんね、遅れちゃって」
「い、いや、俺も今来たところ。
ミーティングが長引いちゃって、俺がいないとまとまらないから」
頼られる委員長像をアピールしたつもりだったが、声は少し上ずっていた。
まずは腹ごしらえ。
模擬店へ向かう二人に、すれ違う人々が振り返る。
(やっぱり、風子ちゃんが目立っている)
気恥ずかしさと誇らしさが入り混じり、岳人はふわふわと歩いた。
***
最初の計画、模擬店サービスのフライドポテト。
「『軍糧を敵に因る』――食料は現地で手早く、最小コストで済ませる」
作戦としては、完璧のはず。
だが、模擬店責任者の亮が現れた瞬間、事態は崩壊する。
「風子ちゃん、スイーツ系どう? 岳人が奢るって」
岳人が遮る間もなく、風子がカウンターに詰め寄った。
「ほんと? じゃあチュロスとマカロン、それとエスプレッソ!」
思わぬ出費に岳人は肩を落とす。
「岳人さんはポテトだけ?」
「うん、俺は、これが一番好き。」
係に手を回して用意させた二人分のポテトをついばむ。
揚げすぎたポテトの苦味が妙に心に染みた。
***
中国文学ブース。
風子の反応は薄い。
岳人が何を説明しても「へぇ〜」で終わる。
一通りの説明の後――
「俺、中国文学専攻なんだ。将来は古典の先生かなって」
「古典? 一番退屈だった授業だった」
風子は飲茶のおかわりをしながら、無邪気に笑った。
岳人が力なく肩を落とす。
気まずい沈黙が落ちかけたそのとき、学生スタッフが慌てて駆け込んできた。
「委員長、すみません! 業者さんが……」
トラブル対応に追われる岳人を、風子は黙って見ていた。
伝票を確認し、追加注文を即断。
場が収まると、風子がぽつりと言う。
「委員長って、こういうのもやるんだ」
「まあ……仕事だから」
「ふ~ん、けっこう頼りにされてるんだね」
その一言で、胸の奥が少し軽くなった。
昼食は風子の希望でクレープ。
写真を撮ってはしゃぐ姿に、岳人は何も言えなくなる。
(……明日はカップ麺だな)
***
午後。
次はバンド演奏。絶対盛り上げてみせる。
(参加費は痛い。でも、この空気を変えたい)
ステージへ向かう途中、カラオケブースの前を通る。
客足はまばらで、手拍子も続いていなかった。
(やっぱり、素人ステージは難しいな。来年への反省点だ)
司会者が、半ば冗談めかして声をかける。
「そこのお二人さん、一曲どう?」
「私、出る!」
「えっ!?」
止める間もなく、風子が勢いよくステージに駆け上がった。
イントロが流れ、迷いなくマイクを握る。
笑顔のまま、思いきり歌い出す。
その瞬間、空気が変わった。
風子のビジュアルに惹かれて、観客が次々と集まる。
拍手が起こり、スマホを掲げる人まで現れ、会場は一気に熱を帯びた。
「次は彼氏!」
「彼氏」と呼ばれた瞬間、岳人は少し照れながら呟く。
「『善く戦う者は、これを勢に求めて人に責めず』
――ここは、勢いだ!」
勢いでステージに上がった結果は、惨敗。
音痴。リズム迷子。大爆笑。
それを見ながら、風子は楽しそうに笑っていた。
「最高だったよ」
顔が真っ赤になる。
でも、不思議と嫌ではなかった。
計画は崩れた。
それでも、確かに“勢い”は、二人の距離を縮めていた。
――恋も戦も、時には勢いが一番。
すでに太陽は傾き、空はオレンジ色に染まり始めていた。




