第2話 恋は拙攻
学園祭準備室。
机の上には、色とりどりの企画書や伝票が山のように広がっていた。
騒がしく行き交う委員たちの背中をよそに、岳人は、机の隅で一冊のノートを開いていた。
赤ペン片手に、真剣な表情で書き込む文字。
――『エスコート計画』
「『兵は勝つを貴び、久しきを貴ばず』
――学園祭も、デートも、無駄に時間はかけられない」
ぼそりと呟き、岳人はスケジュール欄に線を引く。
最近、履修を始めた中国古典の影響で、思考が完全に兵法寄りになっていた。
恋愛も、戦みたいなものだ。
何も考えずに突っ込んで、うまくいくほど簡単じゃない。
だから――勝つためには、戦略がいる。
自分に言い聞かせるように、ペン先に力を込めた。
「おい、岳人。なに唸ってんだ?」
亮が入り口から顔を出した。
いつもの軽薄な笑みを浮かべ、無遠慮に覗き込む。
――
10:00 事務局でスタッフミーティング
10:30 校門で待ち合わせ。混雑前に行動開始
10:45 模擬店でフライドポテト。朝食代わり
11:30 展示見学。中国文学のブースで教養をアピール
12:30 模擬店で焼きそば。昼食代わり
13:00 ステージイベント観覧(観覧費必要・プロ登場)
15:00 事務局でスタッフミーティング(委員長として頼られる姿を見せる)
16:00 カフェでまったり。親交を深める
18:00 キャンドルナイト。暗がりで隣に座るシチュエーションを計画
19:00 花火大会。クライマックスで完璧に印象を残す
――
「なんだこれ?」
「風子ちゃんエスコート計画だ」
「は? そんなのノリで回ればよくね?」
亮は、ページを見ながらため息をつく。
「……まるで修学旅行のしおりだな」
「無駄がないだろ」
岳人は胸を張った。
「いや、褒めてないって。無駄がなさすぎて逆に怖いわ」
亮は頭をかきながら苦笑する。
「しかし、しょぼいな~。もっと、こうドーンと金かけろよ。
学食レストランとか、VIP席とかさ」
「無理だ」
即答だった。
「俺のバイト代を考えろ。今、見栄を張っても後が続かない。
俺は――持続可能な恋愛を目指してる」
「やめろ。恋愛をSDGsみたいに言うな」
亮が突っ込む。
「ていうか、この計画、丸一日あるけど……
お前委員長だろ? 仕事どうすんだよ」
「それもやる。だから計画が必要なんだ」
「無理ゲー臭しかしねぇな」
岳人はペンを持つ手を止め、真顔で言った。
「時間をかければいいってものじゃない。
孫子も言ってる――『拙速を聞くも、巧久を睹ざる』」
「つまり?」
「早いほうが勝つ! 効率重視ってことだ」
胸を張る岳人に、亮は呆れた顔でため息をついた。
「効率効率って……それで風子ちゃんが喜ぶと思ってんのか?」
一瞬、言葉に詰まる。
だが岳人には、譲れない一点があった。
「勝負は、このキャンドルナイト」
キャンドルナイトの文字をペンで叩く。
「俺が一番力を入れた企画だ。絶対に成功させたい」
亮は少しだけ表情を改め、肩を叩いた。
「それは認める。あれ、結構ロマンチックだしな」
***
岳人はノートを閉じ、小さく息を吐いた。
「……これでいい」
「いいわけあるか!」
亮は即答だった。
岳人からノートを取り上げ、くるくると丸めて目の前で振った。
「このノート、風子ちゃんに見せるなよ。絶対、引かれるから」
「分かってる」
岳人は静かに答える。
「でも、俺は本気だ。
彼女を楽しませたいし、学園祭も失敗したくない」
それは、恋愛経験の乏しい岳人が、兵法を唯一の頼りに真剣に考えた計画だった。
***
夕陽が差し込み、ノートの表紙を朱色に染める。
胸の鼓動が、少し早くなる。
「まあ、そこまで言うなら応援してやるよ」
亮は軽く笑って、背中を向ける。
「でも覚えとけ。恋愛はコスパじゃなくてパッションだ。
計画通りいかなくても、楽しませる気持ちが一番だぞ」
岳人は黙って頷いた。
「……拙速でいい」
ノートを抱きしめ、心の中で繰り返す。
「キャンドルナイトと花火大会で、俺は勝負する」
準備室の喧騒に、その声はかき消された。
だがその決意は、確かに岳人の胸に刻まれていた。




