第1話 出会い
秋の夜風が、ほんの少し冷たくなりはじめた頃。
大学三年の佐久間岳人は、学園祭実行委員会の打ち合わせを終え、居酒屋へ向かっていた。
同じ委員会の灯田亮と靜本リンに誘われ、慣れない飲み会に参加する羽目になったのである。
そこで出会ったのが、藤村風子だった。
「いらっしゃいませー!」
店内に響いた明るい声が、ざわついた空気を一瞬で塗り替える。
思わず顔を上げた岳人の視界に、黒いエプロン姿の少女が飛び込んできた。
肩までの栗色の髪。
ぱっちりとした瞳に、屈託のない笑顔。
笑うたびに覗く八重歯が、場の温度を一気に上げる。
――まぶしい。
それが、岳人の率直な感想だった。
「あっ、リンさん、亮さん、こんにちは」
「この子、風子ちゃん。美容専門学校の二年生で、私の同居人」
「風子です! はじめまして」
リンが紹介すると、少女は元気よく頭を下げた。
くるりんぱのローポニーの髪がふわりと揺れる。
(なるほど、髪の巻き方がプロっぽい)
見とれる岳人に風子がにっこり微笑む。
慌てて、目をそらす。
文学部中国文学科に通う、真面目さだけが取り柄の堅実人間。
人当たりの良さと責任感で信頼は厚いが、
その慎重さゆえに恋愛という名の戦場に足を踏み入れたことは一度もない。
そんな岳人にとって、彼女の笑顔は刺激が強すぎた。
亮が、手慣れた様子でタブレット端末を操作する。
「おい、岳人は何飲む?」
「じゃあ……ビ、ビールを……」
「ご注文、喜んでー!」
自分でも情けなくなるほど声が震える。
風子はそれを見逃さず、くすっと笑って厨房へ消えていった。
***
「お疲れー! 委員長、今日も完璧な進行だったな」
ビールが運ばれてきてすぐ、亮がジョッキを片手に肩を叩いてきた。
刹那主義でノリだけで生きているような男だが、なぜか憎めない友人だ。
「えっ、何?」
「だから、完璧な進行だったって。聞いてるか?」
「そ、そうか。仕事だからな。準備が遅れれば、全体に迷惑がかかる」
「はいはい、模範解答」
「でも、そういうところが岳人のいいところだよ」
リンが明るく笑った。
だが、岳人の意識は完全に風子の方へと持っていかれていた。
「ねえ、岳人、聞いてる?」
「聞いてる、聞いてるよ」
慌てて、視線をテーブルに戻す。
グラスの結露を指でなぞりながら、先ほどの彼女の笑顔を反芻していた。
***
注文された料理を運んできた風子が、岳人の顔を覗き込む。
「あれ? 委員長さん、もう顔赤いですよ?」
「からかわないでやってくれ。こいつ、女子耐性ゼロだから」
亮が余計なことを言い、風子は楽しそうに肩をすくめる。
「だって、かわいいんだもん」
完全に翻弄されながら、岳人は飲めないビールを無理に流し込んだ。
料理が運ばれるたびに響く「喜んで!」の声に、胸はそのたび波打つ。
「おい、さすがにペース、早くないか?」
亮の声が、遠くに聞こえる。
――これは、まずい。
そう思った頃には、もう遅かった。
***
「大丈夫ですか?」
おしぼりを持った風子が、声を掛けてきた。
岳人が慌てて姿勢を正す。
風子の視線が、リンの持っていた学園祭の資料に止まった。
「学園祭ですか?」
「うん、風子ちゃんも来てよ」
「行っていいんですか?」
「もちろん。彼氏と来れば」
リンの一言に、風子は即答した。
「いませんよ、彼氏」
――その瞬間。
岳人の表情が、パッと明るくなった。
「ふ~ん」
それを見たリンが意味ありげに含み笑いをして、レモンサワーを飲む。
「じゃあ、岳人に案内してもらえば?」
小首を傾げて、風子が上目使いで岳人の顔を覗く。
「岳人さん、案内していただけますか……だめ?」
理性より先に、口が動いていた。
「喜んで!」
店内が一瞬静まった気がした。
次の瞬間、亮とリンの爆笑がどっと押し寄せた。
岳人は我に返り、自分の言葉に愕然とする。
(やってしまった。居酒屋のバイトか、俺は)
だが、すぐに恥ずかしさは消えた。
――学園祭、彼女に楽しんで欲しい。
代わりに、そんな思いがあふれだしていた。




