最終話 私たちの場所、私たちの未来
ファリスが村を出てから、ここでの生活はもっと色褪せてしまった。
もともと何もない場所に、さらに何もなくなってしまった。
今まで傍にいてくれたファリスは、遠い王都にいる。
寂しさが募るたびに、彼女から届いた手紙を読み返し、その文字を見てはファリスに思いを馳せた。書いた返信への手紙が待ち遠しくて、来る日も来る日も手紙を待つ日々が続いた。
半年ほど過ぎたある日、彼女から手紙と一緒に耳飾りが届いた。
とても美しい青が印象的だった。
青。
ファリスが、私の瞳の色を選んでくれたのが、とても嬉しかった。
お礼に、私も何か贈りたい。
そう思い、必死に貯めたお金を手に、滅多に来ない行商人が来ると、いつもそこに行っていた。行商人が運んでくる物はほとんどが生活必需品だったけれど、たまに装飾品も持ってきてくれたからだ。
「……あ、これ……」
「お嬢ちゃん、どうだい?珍しいブローチだろう。馬をかたどってるんだ」
「馬……騎士なら、乗馬しなくちゃいけないわよね……」
私は乗馬はできないけれど、ファリスは昔から馬に乗るのが上手だった。
きっと騎士なら、馬には乗らなくちゃいけないのではないだろうか。
落馬して大けがなんてしてほしくはない。
「……おじさん、これください」
「はいよ。何かに包むかい?」
「贈り物にしたいの。いいのはある?」
「あぁ、ちょっと待ってな。これならどうだい?」
「ありがとう。お願いするわ」
ついでにファリスの寄宿舎まで手紙の配達もお願いしておいた。
思ったよりもお金がかかってしまったけれど、ファリスの気持ちに応えたかったから。
おじさんがにやにやして「恋人かい?」なんて尋ねてきて、私はどうしてか顔がものすごく熱くなってしまって、困ってしまった。
分からない。恋人って、男女のことを言うのではなかったかしら?
この気持ちは、恋なのだろうか。
ファリスは、男の子じゃなくて女の子だ。
私みたいな、冬には景色と同化してしまう真っ白な髪ではない、美しい金色の髪と緑色の瞳を持つ、背が私よりも高くて、まるでどこかの王子様のような人。
そう言ったら、ファリスは怒るだろうか。
こうして離れてしまうと余計に、私が思い浮かべるファリスは輝いているように思えた。
きっと訓練で、もっと凛々しく、美しくなっているに違いない。
そんなファリスが、私に「迎えに来たよ、キャスカ」なんて言ってくれたら?
「おい、嬢ちゃん!顔が真っ赤だぞ?おい!……大変だ!誰か!この嬢ちゃん熱があるぞ!」
顔に熱が上った私はその場でへたり込んでしまい、ちょっとした騒動を引き起こしてしまった。両親が心配して駆けつけてくれたが、申し訳ないことをしてしまった。
言い訳を考えるのに苦労したけれど、自覚してしまったからには、この気持ちと向き合っていかなければならなくなってしまった。
あぁ、ファリス。
私のファリス。
早く会いたい……。
この思いが彼女に届けば、どんなにいいことだろう。
でも――もしファリスが感じている気持ちが、私の気持ちとは違うものだったとしたら?
ううん。それでもいい。
それならそれで、私はファリスとずっと友達でいられるようにしたい。
たとえ、思いあう恋人として一緒にはいられなくても。
だってあなたは、私のために騎士にまでなろうとしてくれているのだから。
私の思いが報われなくても構わない。
ただ、あなたに恩返しができればそれでいい。
ファリスが去り半年が過ぎ、村はすっかり秋の様子を見せている。
私も含め、みな収穫の作業と越冬の準備で大忙しの日々を送っている。
夜、窓から外を見やり、星空を眺める。
澄んだ空気が、星々を煌めかせていた。
今、ファリスも同じ夜空を見ているだろうか。
「ファリス。ここで頑張るよ、私。あなたが帰ってくるまで、ずっと」
ファリスから贈られた、青の耳飾りに触れながら、流れる星に願いをかけた。
――――――
「キャスカ……キャスカ!早く起きなさい。今日は大切な日なんでしょ!」
「ううん……はっ!そ、そうだった!」
「もう日が昇ってるのよ。もうすぐでしょう?ファリスちゃんが帰ってくるの」
そう言われてベッドから飛び起きた。
あれから季節が二巡りした早春。
騎士学校を無事卒業し、一旦村に帰ってくるという知らせを手紙で知った。
あれから何通も手紙をやりとりしては、遠いファリスを思い、そして自分の気持ちと向き合ってきた。
私は、彼女に見合うだけの私になれているだろうか。
手紙を受け取って、もちろん嬉しかったけれど……成長しているはずのファリスに並び立つことができなかったらどうしよう。
そんな不安ばかり募るようになった。
ただ単に彼女を思う気持ちだけあってもだめだ。
私も、彼女の頑張りに並べるだけの何かを持っていないと。
ファリスには、騎士という道があった。
だからそれを目指して努力して、そしてそれを成し遂げた。
私は――どうだっただろうか。
ただこの村、この環境への不満を募らせるばかりで、ファリスの重荷になっていなかっただろうか。
――キャスカを迎えに来るよ――
彼女はそう言って旅立った。
なら私も、彼女の努力に見合うだけの私にならないとだめだ。
何事にも消極的で、自分からは何もしようとはしてこなかった私は、初めて自分から、何かをしようとした。
具体的に何をすべきかは分からなかった。
でも、今のこの生活、この村での生活の中で、私という存在を、自分で認めてもいいと思えるだけの何かに変えなければいけなかった。
そうでなければ、ファリスに迎えられるだけの価値が、私にはないとも思えた。
それまで嫌々ながら関わってきた村の行事や家の手伝い、畑仕事、料理、炊事。
ただの村娘の私にできることは限られていたけど、少なくとも私にできることがあるなら、と、積極的に関わるようになった。
そのお陰か、それまで関わってこなかった村の人たちとの交流も増え、いろんなことを覚え、できるようになった。
結局、疎まれていたと感じていたのは、私が一方的にかかわりを避けようとしていただけで、実際はそんなことはなかったと知った。
それにみんな――特に年若い同い年くらいの子たちは、男女関係なく、私とキャスカのことを知っているようで、手紙が届くたびに冷やかされもしたけど、それもどこか心地よかった。みんな、意地悪で言っているわけじゃないことだけは分かったからだと思う。
女同士なのにおかしい。
そんな風に思うことがよくあった。
でも、そういった子たちの中にも、本気で応援してくれる子がいてくれたり、あとはきっと母もうっすらと気づいていたりしたと思うけど、とにかくそのお陰で、気にしないようにすることができた。
きっと、私一人で抱えていたら、自分で自分の首を絞める結果になっていたんだと思う。
そういった意味でも、こうやっていろんな人と関わるようになって、よかったと思えた。
「さ、早く支度しなさい。もたもたしてるとファリスちゃんと寝間着のまま会うことになるわよ?」
「そ、それはだめ!」
い、急がないと!
今日ばかりは、起こしに来てくれた母親に感謝した。
――――――
村のみんなと一緒に、村の玄関口となっている門の出口でファリスが到着するのを待っていた。
「見えた!ファリス姉ちゃんだよ!」
「わぁ!ファリスー!」
小さな子供たちが真っ先に見つけたようだ。
私も目を凝らすと、遠くから手を振っている彼女の姿が見えた。
道中の護衛だろうか、数人の騎士らしき姿もその後ろから一緒に歩いてくるのが見えた。そのうちの一人は女性のようだけど、ファリス以外の女性騎士って、まさか手紙で言っていた……
「おーい!キャスカー!!」
わぁ!となぜか歓声が上がる。
主に女の子たちが私とファリスのほうを交互に見ながら意味深な目つきで私を急かすように前に押し出す。
「ちょ、お、押さないでったら!もう、その目で見るのやめて!もう、ませてるんだから……って、きゃっ」
いつの間にか走ってきていたファリスに抱きしめられていた。
きゃあ!っと歓声が一斉に上がる。
指笛まで鳴らしてる子がいる。まったく、見世物じゃないんだってば。
でも。
2年も、ずっと待ってたんだから。
これくらいは、いいよね?
会わないうちに、背がさらに高くなって、体もがっしりしてる。
抱きしめられているから、ファリスの髪が耳元にかかって、少しくすぐったかった。
「……ファリス、お帰りなさい」
「うん。ただいまキャスカ。会いたかったよ、ずっと」
「私もよファリス。ずっとずっと、あなたに会いたかった。あなたにふさわしい私でいようって、私もここで頑張ってきたの」
「うん。私もだよ、キャスカ。君を迎えられるように、頑張ってきたんだ」
抱きしめられたままだから分からないけど、耳元に何かが当たる感触があった。
ひょっとして……
「ファリス、ひょっとして耳飾りつけてる?」
「うん。君に会うんだから、君の瞳の色をした耳飾りをつけてるよ。ほら、それに君がくれた馬のブローチも」
「……私のこと好きすぎでしょファリス……」
なるべく
なるべく小声で言ったつもりだった。
聞こえないで欲しいと思ったけど、言わずにはいられなかった。
小声になったのは……否定されたら悲しいのと……みんなの面前だっていうのもあった。
でも
耳のいいファリスにはちゃんと聞こえてたらしく
「うん、大好きだよキャスカ!キャスカも私が贈った耳飾り、付けてくれてるじゃないか!同じだね!」
きゃあ、と今日一番の嬌声が上がったのは当然だろう。
おかげでまた頬が火照って、顔が赤くなってることだろう。
「こ、声が大きいのよファリスったら!小声で返しなさいよね!」
「あはは、ごめんごめん……大好きだよキャスカ。ずっとずっと君に会いたかった」
「……もう、恥ずかしいじゃない、ファリスったら。バカ!……大好き」
また嬌声が上がる。恥ずかしいからみんなのほうなんか見れないけど、今度は小声だったはずなのに、みんなにも聞こえてる風なのはなぜなの……?
「……ごめん我慢できないや」
「え?ちょ……んん!」
唇と唇が触れる、柔らかな感触。
想像していなかったわけじゃないけど、突然のことで頭が真っ白になった。
「好きだけじゃ足りない。キャスカ……愛してる。今までも、これからも」
「……こ……」
「……こ?」
「こんな所でなんでキスするのよバカー!初めてだったのに!」
「え、ちょ……ど、どうして怒ってるのさキャスカ?私たち、両想いでしょう?」
「ええ両想いよ!こっちがどれだけ不安に思ってたか知ってるわけ?それを簡単に飛び越えてきちゃうんだからファリスったら!もう!」
もう「ファリスお帰りなさい」的なムードも吹っ飛んでしまった。
意図せず私とファリスの公開告白大会になってしまっている。
怒り心頭の私を不安げに見つめるファリスは、悔しいことにものすごく綺麗で、今までずっと思い描いていたどんなファリスよりも、ずっとずっとカッコよかった。
「……ごめんキャスカ……一目見ると、もう抑えてた感情が溢れちゃって……」
「二人きりの時に言ってほしかったわよ、もう……いいよ、許してあげる。私も愛してる、ファリス」
一体いつからこんな前のめりな性格になっちゃったんだろう。
でも昔からか。騎士になるって言ってたのも、私を迎えに来るって言ってたのも、ずっとそうだったんだ。
背が足りないから、背伸びしてファリスに抱き着く。
何か聞こえてくるけど、もう今更。後の祭りよ。
もやもやと2年間悩んでたことが、なんだか吹っ切れた気がする。
男前……って言ったら傷つくのかな、でも輪をかけてカッコよくて綺麗になって帰ってきたファリスは、間違いなく私の王子様になってくれた。
「……ありがとう、ファリス。帰ってきてくれて」
「私こそ。キャスカ、ずっと一緒だよ」
「うん」
さて。
良い子はここまでよ。子供は帰りなさい!あと親も帰って!お願いだから!
遠巻きに見てるけど、騎士の人たちもじっと見てないであっちに行って!
結局、大騒動になっちゃったけど、村の人たちはおおむね私たちの関係について好意的に見てくれている。
心配だった両親も、ファリスちゃんになら安心して任せられる、と言ってくれてる。
村には一時的に帰省したみたいで、すぐに王都まで戻らなくちゃいけないらしかった。
いよいよか。
それを聞いてすぐに両親に伝えると、承諾してくれた。
村の人たち――特に今まで一緒だった、同じ年くらいのみんなにも伝えた。
小さな子は泣き出したりしたけど、でも一生の別れってわけじゃないと思うから。
そう言ってなんとか諭したりしながら、いろんな人に別れを告げて回った。
ファリスは卒業して、教官だったニーヴァ少佐っていう女性騎士の下で働くことになったみたい。ニーヴァ少佐の隊は派遣任務が主任務みたいで、いろんな場所に行くことになるみたい。幸い、1回の派遣にかかる期間はせいぜい1,2週間ってとこみたいだから、ひとまずは安心だろうけど。
住まいに関しては、私はファリスの友人というか……恥ずかしいんだけど、「伴侶」ってことで同棲を許可されたようだ。それでね、やっぱり騎士団の中には同性を伴侶と認めるのか云々でひと悶着あったらしいけど……この時にニーヴァ少佐が後ろ盾になってくれたってファリスが言ってた。それもあってか、ニーヴァ少佐の隊を希望したんだって。
で、そんな甲斐あって用意してくれた私たちの家だけど、わざわざ夫婦用のものを用意してくれたらしく……。
まったくもって余計な気をまわしてくれたようで、文句を言いたいんだけど……とにかく、大きなダブルベッド一つしかないっていう点は最初は二人でギャアギャア言ってた。
まぁ言ってたのは私だけなんだけど……ファリスったらなんであんなに落ち着いてるんだろう。正直、一緒に眠るなんて、ドキドキしすぎていまだになかなか眠れないくらい嬉しいことなのは、ファリスには秘密。
「しばらくは私もまだ武勲が足りないから、いろんな場所に回されることになるだろうけど……」
「ううん。平気よ。だてに2年間ファリスのことを待ってないわよ?それに、いろんな場所に行けるかもしれないなんて素敵じゃない!最高よ」
「うーん、派遣任務にはキャスカも連れていける訳じゃないんだけど……」
「分かってるってば。それでもよ。いつかは村に帰る時もあるかもしれないけど、やっぱりせっかくファリスに連れ出してもらったんだもの。一緒にいろんな場所に行ってみたいわよ」
ベッドのうえで、私がファリスにまたがった。
こうやって見下ろすファリスの姿も、女っぽさを感じてドキドキしてくる。
「約束通り、連れだしてくれたわね」
「ふふ……『こんな村出て行ってやる病』、治ってよかったね」
「ふん!ファリスこそ『騎士になりたい病』が治ってよかったわよ!茶化さないでよもう!感謝してるんだから……」
「ごめんごめん、可愛くてつい。えへ」
「もう、『えへ』じゃないわよ!可愛いのが腹が立つわね全く……私がついていくのは、それがあなただからよ。ファリスが傍にいてくれるからこそ、私も頑張れるって思えたんだから」
「キャスカ……」
「だからどこまでも、いつまでもついていくわよ、ファリス」
私の髪がファリスの顔に触れる。
くすぐったそうだけど、そのまま私は唇を落とした。
柔らかい、唇と唇の感触。
「……大好きよ、ファリス」
「……愛してるよ、キャスカ」
恥ずかしくて「愛してる」って言えないのは許して。
「ふふ、恥ずかしがってるキャスカって、なんだかそそるね」
「あんたは雰囲気をぶち壊すんじゃないわよ!」
Fin
今回はハッピーエンド、ちょっと甘めのお話になりました。
もうちょっとシリアスな展開を書いていたつもりが、ファリスが暴走してコミカルな感じが強めになってしまい……キャスカだって、いつの間にかツンデレに……(-_-;)でも書いていて久しぶりに楽しかったです。
キーワードの「馬」から騎士物語を思いつき、そこから発展させました。なんとなくキーワードを生かせた世界観になったかと思っています。
ありま氷炎様、企画していただきありがとうございました。




