第2話 あの子のいない町、あの子を思う気持ち
※ファリス視点
キャスカとお別れをして、ずっと生まれ育った村を出てしばらくしてから、騎士団から来た迎えの人と合流できた。
「やぁ。入団試験以来だな。私のことは覚えているか?」
「ニーヴァ様!お久しぶりです!」
「おお、よかった。改めてよろしくな。アリエス=ニーヴァ少佐だ。相変わらず元気がいいようで何よりだ」
その人は入団試験でお見かけした、女性騎士の方だった。
試験会場の入り口で、私が女だという理由だけで門前払いさせられそうだったところを助けてくれたし、面接試験でも他の男性試験官から意地悪な質問をされた時も、それを咎めて公正な質問に変えるようにしてくれた。
「まさかニーヴァ様が来てくださるなんて!」
「ははは。私以来の女性の試験通過者なんだからな。不甲斐ない男どもには任せておけん。さぁこっちだ」
「はい、よろしくお願いします!」
そのあとはニーヴァ様の案内で騎士学校がある王都まで馬車で移動したんだけど……憧れの騎士学校での生活は、いい意味でも悪い意味でも予想外だった。
私は当然、同期で入団試験に合格した候補生の中では唯一の女で、ほかの騎士団員はニーヴァ様以外は全員が男だった。
そうなると当然というか……性的なからかいという、極めて不快なやりとりへの対処に大半の労力を割かなくてはならなくなった。
生まれてからずっとあの村で、キャスカと一緒に生きてきた私には、そういった異性とのやりとりに免疫がなかった。そのおかげで、今まで経験したことがない、いろんな……言葉にはしづらい、いわゆる洗礼というものを経験して、慣れざるを得なかった。そのいなし方も含めて。
幸い、そういったセクハラめいたことは言葉によるものばかりで、実力行使で無理やり……といったことは起きなかった。ニーヴァ様が目を光らせてくれていたのが大きかった。
同時に、講義と訓練以外の時間に、ニーヴァ様との緊急連絡の取り方を教えてもらい、相手を拘束する体術的な対処法にもかなりの時間を割いてくれた。そのおかげで、騎士学校生活が半年も過ぎるころには、もし実力行使に及べばどうなってしまうのかが知れ渡ることになったようで、いろんな意味で……精神的にも、肉体的にも鍛えられたと言えると思う。
講義も訓練も、決して楽ではなかったけど、私が女であるという理由でほかの団員に劣るとみなされることだけは我慢がならなかった。
だって、私には約束があるから。
キャスカと一緒に、あの村を出て旅に出るっていう。
行く当てなんてないけど、ずっとあの村の中で生きていくには、私とキャスカには狭すぎた。
真っ白な、冬の妖精のようなキャスカ。
彼女の髪色と青い瞳が、冷たく澄んだ空気の中、雪に反射した光を受けてきらきらと輝いている様子は、幻想的ですらあった。
いつもキャスカは村を出たいって言っていたけど、私もそう思い始めたのは、キャスカをこのままこの村に留めておきたくないっていう、私の我儘な願望を抱き始めたのもあった。
これからもずっとキャスカと一緒にいたい。
でもこのままだと、一緒にはいられても、ずっとこの閉ざされた世界で生きていくだけになってしまう。
――それだけはだめだ。
山賊や魔物の脅威も冬の厳しさもない町の暮らしなんて、私たちの村では、おとぎ話以外の何物でもなかった。村での生活がぎりぎりで維持できていたのも、騎士団が定期的に巡回に来てくれていたおかげだったと知ったのも、ずいぶん大きくなってからだ。
だから私は、騎士になろうと思った。
その時はまだニーヴァ様のような女性騎士がいるとは知らなかったけど、男にできて女にはできないなんてことはないと思った。だって、私は村のどの男の子よりも、力も強かったし足も速かったんだから。
村にも男の子はもちろんいたけど、ここにいる騎士とは違って、もっと純粋だったし擦れていなかった。たぶん、毎日の生活で精一杯で、そんなことを思う余力も気力もなかったんだと思う。それくらい、村での生活は厳しかった。
だから当然、男の子の中にも、私みたいに村を出ていきたいって考えてる子はいたけど、道中の山賊や魔物を恐れて、みんな諦めざるを得なかったんだと思う。
そう思って、いつもいつも体を鍛えてた。キャスカも訓練のサポートをしてくれるようになって、ますます訓練に明け暮れるようになった。なれるかどうか分からなかったけど、キャスカと一緒に、外の世界へ出られるようにするためなら辛くはなかった。
両親も、私を何度も説得しようとしたけど、意志を曲げない私に、ついに入団試験を受けられるように手はずを整えてくれた。
今、こうして騎士学校で生活できているのも、キャスカと両親、そしてニーヴァ様のおかげだ。
キャスカから届いた手紙を読み返した後、机に大切にしまって床に就いた。
――――――
訓練も講義もない休日の朝、ニーヴァ様の部屋に呼ばれた。
「失礼します。第17期生、ファリス候補生です」
「ああ、入っていいよ」
「はっ。失礼します」
ニーヴァ様の私室はかなり広かった。
少佐ともなれば当然かな。
ともあれ、軍服ではないニーヴァ様を見るのは初めてだった。
「お呼びでしょうかニーヴァ少佐殿」
「ああ、アリエスでいい。敬称は不要だよ。今日は休暇なんだし『少佐』も閉店中だ」
「……そ、それではアリエス様」
「ふふ。ああ、それでいい。ファリス、今日は君も休暇だろう?何か予定はあるか?」
「いえ特には……。強いて言えば故郷にいる友人に手紙を書こうかと思っていました」
「ほう。なら今日は一緒に王都を回らないか?友人への土産も何かあるかもしれんし手紙のネタにもなるだろう」
「はっ、ご一緒させていただきます」
「堅苦しいなファリス……まぁいい。では行こうか」
「はっ!」
「……ふふ、頑固な奴だ」
すごく気さくなニーヴァ様……アリエス様だけど、一介の候補生の私と少佐では天と地ほども階級が違うんだから、当然じゃないだろうか。
なんだか上機嫌なアリエス様に連れられて、王都を散歩することになった。
「わぁ……これが……王都の街並み……」
「どうだ。賑わっているだろう?その様子だと街へ出たのは初めてだったようだな」
「は、はい、その通りで……キャスカが見たらどう思うだろう……」
思えば入団してからはずっと寄宿舎から外にあまり出ていなかった。
騎士学校が王都にあるのは知っていたけど、その王都をゆっくりと歩く機会も余裕もなかったのかもしれない。
こんなに人間っているんだ、って思うくらい人通りが多い。
露店もたくさん出てるし、おいしそうな食べ物も、綺麗な服も装飾品も並んでる。
私が珍しそうに商品を見て立ち止まるたびにアリエス様は私の分もぜんぶお金を出してくれた。申し訳なかったけど、「心配いらない。佐官ともなると金は使いきれんくらい貰うから遠慮するな」とのことだった。実家からのわずかな仕送りを使わずに取っておいた、まだ候補生の私を慮ってくれたのだろう。おかげでキャスカとおそろいの耳飾りも買うことができた。
少し歩き疲れた頃、アリエス様に喫茶店という場所に連れられた。
こんなお店、村にはなかった。
どうやらここで食べ物や飲み物を注文できるみたいだ。
注文したものが私たちに届き、まだ珍しそうにキョロキョロする私を面白そうに見ていたらしいアリエス様に声をかけられた。
「ふふ……どうだ。少し疲れたか?」
「……え?あ、は、はい、少しだけ……村では見られない光景だったので珍しくて……でもお土産もちゃんと買えてよかったです」
「そういえば耳飾りを買っていたな。故郷の友人にか?」
「はい。私の……大切な人なんです」
「……ほぅ。詳しく聞かせろ」
アリエス様に促されるまま、私は今までのこと――キャスカと一緒に生きてきたこと、騎士になりたいと思ったきっかけ――そしてこれからのことを話した。
気づくとたくさん話してしまっていて、でもアリエス様は優しいまなざしで私を見てくれていた。
「……ファリス。君は騎士学校を卒業したらどうしたい?」
「……私は……ずっと、キャスカをあの村から出してあげたいって思っていました。騎士の巡回がないと、商人すら村に来られないあの村から出て、二人でどこか遠くに旅をしてみたいって、そう思っていました。だから騎士になって、あの子を、キャスカを迎えに行くって約束をしたんです。だから、それが叶うなら何でもします」
アリエス様が湯気の立つ……コーヒー、という飲み物を飲み干す。
私は初めての味覚に戸惑いながら、たくさんのミルクと砂糖を入れて飲みながら話している。
「そうか……まずこれを言っておこうか。どの配属先になったとしても、故郷から家族や友人を呼んで一緒に住んだりすることはよくあることだ。だから、君の友人をこの王都に呼んで一緒に暮らすことはできる」
「よかった……それなら……それなら、キャスカを……故郷の友人を、こ、この王都に呼んで、一緒に暮らすことも、で、できますか?」
「ああ、安心しろ。それは問題ない」
「はぁ……よかった……」
「ふふ、その心配する気持ちもわかる。だが、卒業後の配属先のほうがメインだぞ。騎士学校を出たら、いずれかの団に配属が決まる。王都に駐留する部隊もあれば、国境線近くの部隊や、君の故郷に派遣されているように、派遣任務を主とする部隊もある。中には国外への派遣任務もある」
「国外……この国の、外、ですか?」
「あぁ。君にはまだ想像もできないかもしれないが……。とにかく、どんな任務に就くか、本人の希望を尊重する場合もあるし、ある程度、軍に貢献してから本人の希望が通る場合もある。そこは実力の世界だ」
「そう……ですか……」
実力の世界。
一瞬、厳しさを感じたけれど、よく考えれば、私が来た場所とはそういう場所だった。
実力がなければ、生き残ることだってできない。
実力がなければ、大切な人を守ることもできないんだ。
「アリエス様。まだ私にははっきりとは分かりません。でも、よく考えます。キャスカのためにも」
「……君にとって、キャスカはそこまで大切な人なのだな」
「はい。彼女がいなければ、今の私はありませんでした。貧しい村に生きる、一人の女のままだったでしょう。騎士になろうと思ったのも、彼女を守ろうと思ったのも、すべてキャスカがいてくれたからです」
キャスカ。
私の、生きる希望。
私の、生きがい。
彼女が笑って生きていける場所に、連れて行ってあげたい。
だからこの道を選んだんだ。
「私には……キャスカがすべてなんです。彼女なしの人生なんて考えられない。できることなら、ずっとずっと、片時も離れたくなかった。でも……彼女が笑って生きていけるには、私にはこの道を選ぶ以外の方法が思いつきませんでした。キャスカのことを思うと、とても苦しくなる時があります。早く会いたい。早く声が聞きたい。早く……あの笑顔を向けてほしい。そう、思います。だから、もっと頑張らなくちゃって、そう、思うんです」
手元にある、お揃いの耳飾り。
青い耳飾りが、キャスカの瞳を連想させて思わず手に取った。
自分の分を手に取り、耳につけてみた。
「こうしていると……彼女が傍にいてくれるみたいに思えます。今日、連れ出していただいて、ありがとうございました、アリエス様」
「……若いとは、良いことだな」
「アリエス様……?」
「いや。独り言だ。若者から青春を取り上げてはならないものだと改めて思ったのさ。まったく、君の話で私はもうおなかいっぱいだ」
「……まだ何もお召し上がりではないみたいですが……?」
「ふふ、いい。君はそのまま純粋なままでいておくれ」
アリエス様の最後の言葉の意味はしばらく理解できなかったが、そういう恋愛上の意味を含んでいると知った時、私はキャスカを思い浮かべてはベッドの中で悶えることとなったし、アリエス様のにやにやした笑みの意味が分かって恥ずかしくなってしまった。
もっとも、一番応援してくれていたのもアリエス様だったけれど。




