中の人
「...だから彼女は最初から...」
目の前の女性がそう言った。相席飲み屋で酒を飲みながら彼女の体験談を聞いていた。彼女は元Vtuber事務所の運営だったらしい。事務所は大きくなって、今では退社したのを後悔しているそうだ。いや正直なところ退社して正解かもしれない。
「...ってどういう...」
ジョッキがぶつかる音が響き、彼女は生ビールのジョッキを一気に飲み干した。
「だから...」
そういって、彼女はもう一度、話してくれた。周りの音が少しずつ消えていく無音になるのと彼女の甘い声がだんだん大きくなる感覚になる。僕の視界で何かが蠢くような...そんな気配も混ざりながら...
「これは一、二年前の話だけど一人のマネージャーをしていた時の話 そのVtuber...仮に彼女っていうわね。彼女は事務所で一番登録者数が多くて人気で、とても真面目で礼儀正しく、謙虚でそして、リスナーを大事にしていたわ...」
「だけど...」
僕が少し口をはさんだ。
「誰も彼女と実際に会ったことがないの...」
環境音が消え、僕の心拍が聞こえる。
彼女は話を続ける。
「打ち合わせとか企画会議とか...会えないとは言え、リモート会議とかで顔を見るなんてことは最低でもできたわよ...だけど彼女だけバーチャルの状態でしか姿を見せたことがない...」
そんな人もいるんだなと少し鳩尾辺りに何かが蠢くような気味悪い何かを感じた。
彼女は店員呼びまたビールを頼んでいた。
「彼女を直接誰もみたことがない...」
「そうよ...だから彼女の家に凸したの...だけど古そうなアパートで部屋番号を見たら空き部屋だった...窓から部屋をのぞき込んだら...パソコンが数台あったの...誰もいないし...って言うか空き部屋だから人がいなくて当然だけど、その時スマホにピコって通知が来たの...彼女の『ライブが始まります』って」
「だから会社を辞めたの...まぁいい踏ん切りがついたから助かったんだけど」
「そうなんですか...」
僕は焼き鳥を食べていたら彼女のスマホと僕のスマホから通知が鳴った。
とある配信開始の通知だった。
【配信タイトル:いま私の話をしていたでしょ?】




