スタートライン。
-----------------
「宙彩カナタ、前へ!!」
呼びかけに応じ、返事をし、運動館ステージ上に向かい歩みを進める。
「やっぱり、あいつか」という落胆、「ちくしょう」という悔しさ、尊敬、羨望、憧れ、感心、称賛、ありとあらゆる感情が入り乱れ、一人の人物が視線の的になる。
”宙彩カナタ”22歳。
成績優秀、容姿端麗、人望があり、誰に対しても優しく接し、非の打ち所がない好青年。
カナタが壇上に立ち、証書を受け取る。
「…やはり君か、カナタ君。成績を見ても、学校生活を見ても、いつも皆の手本になってくれて助かったよ。もちろん、君の目標は宇宙飛行士だろう。今後もこの調子で精進し、日本を背負う立派な男になってくれ。」
「…もちろんです!この四年間、お世話になりました。校長先生がくださったこのご恩は、絶対忘れません。先生のような方に、必ずなります。」
少し涙ぐんだ校長と熱い抱擁を交わす。辺りにも感動が伝わったのか、鼻水をすする音や、下を向き、手を目元におく者もいた。
壇上から降り、列に戻ろうとするカナタを、一人、また一人と拍手が増え、総勢300人余りの騒音が包む。
ここは”航空宇宙局専門学校”。宇宙飛行士になるために、パイロットの知識を学ぶ場所。世界中から優秀な人材が集まる、極めて競争率が高い学校。そして今日、カナタ含む30期生の卒業式。首席で卒業するカナタに証書が渡されたのだ。
カナタは首席で卒業したことに充足感を感じ、そして自分以外の涙を流す存在を、くだらないと考えていた。
(…なんでみんな自分以外の称賛をあたかも自分がもらったみたいに感動してるんだ?…負けたんだよお前らは、僕に…自分ができなかったことを他人が達成してうれし泣き?…はっ、馬鹿馬鹿しい…そんなんだからダメなんだ…おまえらは…)
他人にやさしく接する、それすらも評価のため。全て自分のため。自分のために他者を助け、評価を得ようとする。
それが宙彩カナタの本質。
「あ…あのお…先輩!」
卒業式が終わり、帰路に就こうとするカナタを女の子が呼び止める。
「…あー…えっと…何か用?」
「あの…先輩…私…ずっと…」
「まず君誰?」
「え、そ…そんな…ひどくないですか…?私…3年間ずっと…」
「…ごめんね、用事があるんだ。」
何の躊躇もなく踵を返す。
「おい!カナタ!」
少し歩くと、男がカナタの肩に手を回しながら話しかけてくる。
「お前!今あの子と何話してたんだよー!」
「え?いや、大したことじゃないよ。」
「嘘つけー!どうせ告白されてたんだろ!?お前は見るたびに女の子に告られてて羨ましいなー!」
「はは…まいったな…」
「で!?なんて答えたのよ!また振ったのか!?」
「うん、まあね。まだ勉学に集中したいんだ。」
「いつもあの子と一緒にいただろ!勉強するときも!」
「そうだっけ…?あの子に見覚えないんだけどな。」
「はあ!?何言ってんだお前!同じサークルの後輩ちゃんだろー!?」
「え?あぁ…そうだったんだ。」
「そうだったんだってお前…忘れることあるか!?」
「ちょっと忘れっぽいかも。」
「まさか俺の事も忘れたなんて言わないよな!?ずっと同じクラスで毎日話してたもんな!?」
「あー…もういいや…」
肩に回されていた手を乱暴に振りほどく。
「え…?」
「どうせ今日で卒業、ここでの学生からの評価はもういらない。」
男を置いてきぼりにして家に帰る。
自室の椅子に腰かけ、ため息をつく。
(…今日で4年間の監獄生活も終わりだ…疲れたな…我ながらよくやった…話の通じないバカ相手に話を合わせるのも…困ったやつに手を差し伸べたのも…すべて内申点のため…おかげで成績含めオールトップ…4年間の苦労の賜物だ…校長、加齢臭すごかったな…この苦痛も全部…)
スマホが音を立てて振動する。画面を見ると一通のメールが届いていた。
(…これのためだ!)
送信元は航空宇宙局本部。宇宙飛行士選抜試験の推薦通過の知らせだった。
(…推薦!このために頑張ったんだ!これがあれば僕はこのままエスカレーター式で宇宙飛行士になれる…必ず掴んでやる…この宙を…僕の栄光への道を!…ん…?)
続けて、またも航空宇宙局からメールが届いた。
(…今回のシャトルロケットの特別搭乗員…?…あぁ…どうせ大金はたいて宇宙旅行への権利を買ったどっかの社長だろ…宇宙に行くというその熱は認めてやるが…やり方が汚いんだよ…さて…どこのお偉いさんかな…)
「…え?…死刑囚…?」
-------------------------------------------------
「……88……89……90……91……92……」
仰向けに寝転がりながら数を数える。アスファルトに囲われた正方形の部屋に無機質な声が響く。日の光が届きにくいのか薄暗く、換気用のファンが故障したままほうちされており、空気の淀みが目に見えて分かるほどの不衛生な場所。誰かであろう黒ずんだ汚れがあちらこちらにへばりついている。部屋には布のない二段ベッド、トイレ、2冊の本しかなく、常に腐敗臭が漂う。
「……96……97……98……99……100………………101……」
「おいうるせーよ!!」
101まで数えると同時に隣人から壁をガンガンと叩かれる。
「いつも100までじゃねーか!それまでは我慢できるがそれ以上は気が狂いそうなんだよ!!頼むからやめてくれえ!」
「…悪いね、でも…今日はいい事がありそうなんだよ…少し我慢してくれ……102……」
「なんだあ!?いい事だとお!?笑わせてくれんじゃねえか!!こんのクソみてーな場所でいい事かあ!!?やっと”死刑執行”されるってことかよ!?」
「……ふっ……ふふふ…あはははははははは!!……そんなんじゃない…そんなのよりもっと……いい事だよ……」
ガンガンと格子を叩かれる。目をやると看守の服装をした二人がライトでこちらを照らしているようだ。
「空崎 蒼依!!起きろ!!署長がお呼びだ!!」
上半身を起き上がらせ、にやりと口角を上げる。
「ちょうど…いい事があるような気がしたんだ…」
手錠を拘束されたまま、長い時間を歩かされる。まともな食事をとっていない蒼依としては、少し辛いものがあった。
「なあ…看守さんよお…まだ歩かせるつもりか?いい加減足が棒になっちまう。」
「黙れ。問答は禁止されている。」
「…つれねーなあ。少しくらいいいじゃんかよ…」
「ここだ。」
長時間歩かされ、着いた場所は面会所だった。既にガラスの向こうには座っている人物がいる。男だ。顔の皴は濃く、険しい顔をしている。年齢は60程だろうか。蒼依は半ば無理やり座らされる。
「署長さんですかー?…初めまして。俺のためにご足労感謝です~。」
「無駄な会話はしない。必要な情報しか話すことはない。」
署長が横に置いていたカバンの中から数枚の紙を取り出し、目線をそれに移す。
「早速本題に入る。お前は知らないと思うが…まもなくシャトルロケットが、未知の惑星探査のために地球を発つ。」
「…へえ~。それはそれは…興味深い…」
「だろうな。お前の宇宙嗜好に関しては”レス野郎”から聞いてる。」
「あ~…余計な事を…」
「今回の宇宙への旅に優秀な研究者が搭乗する。宇宙空間での新薬の開発がしたいんだと、疑似ではなく現地で。そこでだ、お前には今回その新薬開発のためのモルモットになってもらいたいのだ。なんでも、その研究者が言うには人間でないと意味がないと。死刑囚ならば実験体にしても問題ないと判断された。まあ、お前には拒否権はないようなものだがな。」
「倫理観なくなったんですかあ…?拒否権は俺みたいな死刑囚にはないとして…なんで俺なんですか?」
「航空宇宙局本部からの指名だ。我々は知らん。」
「…あ~……そうゆうことね……分かりました。行きますよ。天井のシミを数えるのには飽き飽きしてたとこなんで。」
「当然だ。ついでに、予備にもう一匹モルモットいるそうだ。指名はあるか?」
「……じゃあその”レス野郎”でいいですよ。修学旅行みたいでわくわくするな~。」
「楽観的な奴だ。死ぬかもしれないんだぞ。」
「……人生何も考えないほうが楽しいですよ。」
--------------------------------------
「空崎 蒼依!!
アレクレス・キャンバー!!歩け!」
「ん~…久々の外の空気はうまいな!アレク!」
「そうだな。感謝するぞ、アオイ。」
「いいってことよ!俺たちは嚙み合わせがいい!だろ?」
「あぁ。ところで、この宇宙への旅は利益か?趣味か?」
「…ん~…どっちもだな~。けど、俺たちの目標には…必ず近づく。」
「OK.なんにせよ、俺はお前に従おう。」
拘束されたまま、武装した数名に囲まれ、護送車に乗せられる。行き先は、航空宇宙局本部だ。




