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悪役令嬢たるもの  作者: 藤原ライカ


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第9話 第二王子と大公子

 


 この光景に、はじめこそ虚を衝かれた様子のクリストファーだったが、


「オルフェスの大公子が、どうしてここに?」


 このあたりはさすがというか、すぐに表情を整える。


「忘れたか。俺もこの学園に在籍しているんだが」


「忘れていたな。この2年、ほとんど顔をみたことがなかったからな」


「そりゃ、そうだろ。どっかの第二王子とちがって、俺は忙しい。俺に会いたいなら、おまえが大公家に出向いてこいよ」


「相変わらず口が悪い。いかに大公家とはいえ、王家に対する敬意がまるでないな」


「悪いな。俺が頭を下げるのは、国王陛下ぐらいだ。実質、学園で遊んでばかりいる皇太子に下げる頭はない。俺と対等に話がしたければ、おまえも戦場にこいよ。それなりの戦果をあげたら、まともな敬意をはらってやるから」


 この言い争いでは、どうやってもクリストファーに()はない。


 大陸最年少のソードマスターにして竜騎士のジークバルトは、すでに幾度も敵国の侵攻を防ぎ、ロマリア王国にはなくてはならない軍事の要だ。


 かたやクリストファーは、第二王子としての公務はあるものの、それも皇太子である兄と比べたらずっと少なく、いまだ政務にもたずさわっていない状況だ。


 学園を卒業してからは、徐々に第二王子として重要な役目を果たすようにはなるだろうけれど、現時点での王国への貢献度は、ジークバルトには遠く及ばない。


 それはクリストファーもわかっているのか、グッと怒りを抑えて、話を戻した。


「それで、国境沿いで演習中の大公子が、イザベラ嬢にどんな用がある?」


「わざわざ教えてやる必要があるか?」


「そちらも忘れているらしいな。彼女は、僕の婚約者だ。手を離せ」


「面白いな、それ」


 軽く笑ったジークバルトだが、その目は一切笑っていない。


 イザベラの手を取りながら、もう片方で腰を引き寄せる。


「離さない――って言ったら、どうする?」


「それこそ、面白いな。オルフェス大公子には、他人の婚約者を欲しがる悪癖があるようだ。王城で報告しておいた方がいいだろうな」


 クリストファーの声が低くなり、全身から怒気がはなたれる――が、その程度では、オルフェスの死神はたじろがない。


「好きにすればいい。そうだ、それなら俺もひとつ、うちの者が仕入れた情報を持って、王城で陛下に伝えよう。婚約者のいるどこかの王子が、婚約者以外の女に髪飾りを贈っているようですよ、と」


 張りつめた空気に、まわりの視線が集まりだしたころ。


「行きましょう、ジークバルト様」


 イザベラが逆に、ジークバルトの手を引いた。


 その行為に、眉間のしわを深くしたクリストファーの前で優雅に一礼する。


「殿下、どういう風の吹き回しかは存じ上げませんが、これまで、ただの一度も夕食に誘われていませんでしたので、今夜、急にいわれましても、こちらにも予定がございます。お話はいずれまた。殿下はいつものように、ミラーラ子爵令嬢とお食事をお取りくださいませ」


 悪役令嬢たるもの――相手が少々反省して歩み寄ってきたからといって、手を緩めたりはしない。


 完膚なきまでに――それが悪役令嬢イザベラである。


 ジークバルトに対していたときの険しさとは打ってかわり、イザベラの言葉に傷ついた顔をみせるクリストファーに、追い打ちをかける。


「ああ、それから。ジークバルト様のことを王城であれこれいっても、あまり意味がございませんよ。この方は元々、厚顔不遜でなんでもありの悪名高き大公子様ですから。いまさら、悪癖のひとつやふたつ出たところで、痛くも痒くもないでしょう。それに今夜は、三か月前、婚約者に誕生日を祝ってもらえなかった憐れなわたしのために、ジークバルト様が食事にお誘いくださった――ただ、それだけのことにございます」


 言葉の刃は、見事にクリストファーに突き刺さった。


 イザベラにとって意外だったのは、思いのほかクリストファーが罪悪感を覚えているらしいこと。


 あまりに直接的なイザベラの言葉に、衝撃を受けて絶句したあと、途方もなく苦し気な表情を浮かべていた。罪悪感に加えて、後悔している様子までうかがえる。


 それを目にして、少々驚いたイザベラだったが、まっさきに思ったことは――


 いまさらだわ。


 随分と傷ついた顔をしているけれど、この二年間、ずっと傷つけられていたのは、こちらの方だ。


 イザベラを疎ましい存在として扱っていたのはクリストファーで、その不当な扱いに耐えてきたのはイザベラだ。


 ここにきて傷ついた顔をみせ、周囲の同情を買おうとしているのならば、あまりに卑怯だ。たとえそれが、本心からくる罪悪感、後悔だったとしても、その程度でイザベラの心が揺れることはない。


 必死に何かを訴えようとしているクリストファーに、イザベラはいつの日か、王城で自分を侮り、蔑みにきた低能な貴族たちに向けたのと同じ視線を浴びせたあと。


 呆然とするクリストファーの横を、ジークバルトと連れ立って、


「では、失礼いたします」


 イザベラは悪女令嬢らしく、意地の悪い微笑みを浮かべながら通り過ぎた。





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