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悪役令嬢たるもの  作者: 藤原ライカ


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第37話 夜の訪問者

 


 翌日、イザベラの元には、特大のアップルパイが届けられた。


「これは……とても、ひとりでは食べきれないわ」


 ということで夕食後、公爵令嬢ロザリンデの部屋を訪れたのは、イザベラとアップルパイを運んできたジークバルト。


「また、すごい大きさね」


 驚くロザリンデに、ラケティアの谷で採取した香辛料を届けるだけでなく、アップルパイ作りにも参加したジークバルトが「林檎50個分だ」と自慢した。


 東方帝国産の美味しい紅茶をベッキーが淹れてくれたあと、さっそくいただく。


「どれどれ、まずは一口」


 その美味しさに軽く椅子から飛び上がったのは、ロザリンデだ。


「なんなの、この華やかな芳しさは! サクサクの層に包まれている林檎の甘さと酸味が、これでもかと引き立っているわ! 完璧よ! マーベラスよ!」


 これまでエマが作ってくれたアップルパイを何度も食べていたイザベラも「わあ……」と言葉を失うほどの美味しさだった。


 アップルパイ作りに参加したジークバルトは、もちろん試食をしている。


 昨夜、海上レストランの厨房で、その衝撃的な美味しさによろけそうになった大公子は、エマとトムの料理人夫妻を、本気でオルフェスに引き抜きたいと思ったほどだ。


「イザベラ、美味しいか。エマがクリームやアイスを添えて食べても美味しいと言っていたぞ」


 ジークバルトの言葉に、即座に反応したのはベッキーだった。


「ただいま、ご用意いたします」


 こうして楽しいティータイムを過ごしているときだった。


 ロザリンデの部屋に来訪者の報せが入る。部屋主が首をかしげた。


「おかしいわね。夕食後に来客があるなんて……もしかして、田舎令嬢かしら」


「どういうこと? わたしは今日、放課後の話し合いをすっぽかされたのよ。失礼しちゃうわ」


「よっぽど、イザベラが怖かったのね。じつはその田舎令嬢はお昼休みに、わたくしに助けを求めてきたのよ。イザベラの怒りをおさめる方法を聞かれたから、地面に額をこすりつけたら、って助言したんだけど、泣きながら走り去っていったわよ」


 そこでジークバルトが口を挟んだ。


「ちがうぞ。その女じゃない。いま来たのは、俺が来れたら来いと呼んだヤツだ」」


 サラリと告げられて、ロザリンデの頬がピクリとなる。


「あのねえ、わたくしの許可なく勝手に呼ぶなんて、まさか、いくら暴君大公子といえども……」


 そこに、生クリームを片手にベッキーが急ぎ足でやってきた。


「ロ、ロザリンデお嬢様! あの、あの御方が……東方帝国のユージーン皇子殿下がお見えに」


「なんですって! ユージーン様が?! どういうことなの?」


 勢いよく立ち上がったロザリンデに、わざとらしく首をすくめてみせたジークバルト。


「遠路はるばる婚約者が会いにきたんだ。とりあえずは、お出迎えした方がいいじゃないのか?」


 もう構っていられないとばかりに、ロザリンデはイザベラの方を向いた。


「わたくし、何も準備していないわ。部屋着のままよ。イザベラ、どうしたらいい?」


「問題ないわ。ロザリンデの高貴な美しさは、部屋着だろうと寝間着だろうと、損なうことはないもの」


「信じるわよ、イザベラ。ああ、脳筋暴君大公子のせいで……ユージーン様に嫌われたら、オルフェス王家とガルディア家は断交よ!」


 そう言って、ロザリンデが出迎えに向かおうとしたとき、部屋の外から「わあっ!」という声がして、「あっ、ユージーン殿下っ!」とつづけて聞こえ、ロザリンデだけではなく、イザベラとジークバルトも部屋の外へと急いだ。


「ユージーン様!」


 はじめに飛び出したのはロザリンデで、従者といっしょに廊下に膝をついているユージーンをすぐさま助け起こした。


「お怪我はございませんか?」


「あ……うわ、ロザリンデ様!」


 ロザリンデに手を取られて真っ赤になったユージーンは、再会の言葉を伝えようとして、


「こ、こんにち、いやっ! こんばんは! 夜分の訪問となってしまい大変申し訳ない、ど、どうし――ングッ、痛ッ!」


 舌を噛んだ。


 廊下には「お、重い~」と、大きな荷物をフラフラと抱える従者と舌を噛んで血を流す皇子。それを見て、「ユージーン様!」と慌てたロザリンデが、「ベッキー、校医を呼んできなさい!」と指示をしながら、細身の第二皇子を抱え上げた。


 その状況を見ていたジークバルトは、


「なんだか、俺が思っていた以上の騒ぎになっているんだが」


 そう言って、フラフラの従者から大きな箱を取り上げた。


 ロザリンデの部屋にある長椅子に寝かせられたユージーンは、ベッキーによって全速力で走らされてきた校医がハアハア息切れをしながら傷口を診て、応急処置をして帰っていった。


「ユージーン様、冷たい氷水で冷やしましょうね」


 校医から薬を塗る前に、患部を冷やすと良いと言われたロザリンデは、氷水を入れたグラスを支えてユージーンに一口ずつ飲ませている。


 ユージーンの従者の話によれば、大きな箱はロザリンデへの贈り物で、ふたりで運んでいたときに、あともう少しというところで、廊下の敷布に足を取られたユージーンが転倒したそうだ。


「すみません、ロザリンデ様……僕、いつも、こんな感じになってしまって……」


 整えられていたであろう空色の髪を乱して謝るユージーンに、ロザリンデはブンブンと首を振る。


「いいえ、ユージーン様が謝られることなど何もございません」


「ありがとうございます。ロザリンデ様はいつも強くて優しいから……僕はそれに甘えてしまって」


 紺碧の瞳を潤ませたユージーンは、改めて来訪の目的を告げた。


「もうすぐお誕生日ですよね。今年はどうしても、直接お渡ししたいと思い、こちらまで越させていただきました。ジークバルトには伝えていたのですが、連絡に行き違いがあったようで驚かせてしまいましたね」


「とんでもございませんわ。悪いのはすべて、あの脳筋暴君大公子にございます。ユージーン様が来てくださって、わたくし本当に嬉しいのです。誕生日のプレゼントまで……ありがとうございます」


「そう言っていただけて安心しました。マシューズ、お持ちしてくれ」


 ふたたび大きな箱を抱えようとした従者にかわって、ジークバルトが箱を持ちあげた。


「重いから大変だろ。脳筋暴君の俺が運ぼう」


 そう言って、少し潰れてしまった箱がロザリンデの前に置かれた。


 ゆっくりと蓋をあけたロザリンデの目が、一気に輝くのを見て、


「少し早いけれど、お誕生日おめでとう。ロザリンデ様」


 祝いの言葉を告げたユージーンに、ロザリンデが抱きついた。


「ありがとうございます! ユージーン様、素晴らしいです! アメージングですわっ!」





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