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悪役令嬢たるもの  作者: 藤原ライカ


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第35話 田舎令嬢と悪役令嬢

 


 月光を浴びたイザベラが見たのは、はじめてみるクリストファーの表情だった。


 驚愕だけでは到底言いあらわせない、いくつもの感情が入り混じったもの。


 事実上の婚約解消とはいえ、イザベラとクリストファーの間には、臣下と王族という絶対的な上下関係が存在している。


 それを最初に揺るがしたのはクリストファーではあるけれど、それを引き合いにして報復をすることは、必ずしもイザベラが望んでいたことではなかった。


 けれども、互いに歩み寄ることができないまま2年という短くはない時間を過ごし、限度を超えた日に、むくりとイザベラのなかで何かが頭をもたげた。


 わたしも、舐められたものだわ。


 もういいわ。どうせ嫌われているなら、もっと嫌われてやりましょう。


 そうして、イザベラの葛藤をすべて知る親友ロザリンデの協力があり、思いがけず想いをたしかめ合うことになったジークバルトの存在があって、ついに、今夜を迎えたのだった。


 恐れることは何もなかった。根回しも何もかも、すべて整っている。


「今夜、殿下の出る幕などないのですよ。なぜなら、わたしとミランダ・ミラーラは、これより侯爵家、子爵家としての立場で、話をいたしません。誤解なきように何度も言わせていただきますが、学園にいる間は許される、という甘いお考えを最初にお持ちになったのは殿下です。ミランダ・ミラーラがそれに従ったように、わたしもまた、それに従ったまでのこと。いうなればこれは爵位を排した――田舎令嬢と悪役令嬢」


 イザベラの視線は、クリストファーから震えながら涙を流すミランダに、戻される。


「その対決ということになるわね。だってあなたは、侯爵令嬢であるわたしに対して、あまりに軽んじた態度を示して、敬語すら使えない。そして、額を地にこすりつけることも拒否したのだから、もう後戻りはできないわよ」


 せっかく逃げ道をつくってあげたというのに……


「いいこと、ミランダ・ミラーラ、今日からわたしは、あなたがそうしたように、徹底的にあなたを軽んじて差し上げます。あなたもそのようになさい……って、それはあなたの得意分野だったわね」


「あんまりです。どうして……そんなひどいこと。わたしはただ話し合いをしたいだけで」


「とことん、愚かな女ね。これまでの2年間、あんまりなことをしていたのは、どこの誰かしら? ああ、そうそう。いつもの言い訳はなしよ。わたし、田舎育ちの令嬢だから――は、聞き飽きたわ」


 ミランダの顎先を、遠慮なくイザベラは掴んだ。


「よくお聞きなさい、田舎令嬢。今日からこのわたしが悪役令嬢となって、貴族の爵位も礼儀も忘れて差し上げるのよ。あれが貴族かと後ろ指をさされようが、影で礼儀知らずと言われようが、わたしは一向にかまわない。もう、殿下の婚約者でもないのだから」


 恐怖のあまり、顔がこわばったミランダは、浅い呼吸となって今にも倒れそうだ。


 これまで自分のしてきたことを、少しは理解できたらしいミランダの様子に、イザベラは自然と笑みを浮かべた。


「そういえば、わたしと話し合いたいのだったわね。では、週明けの放課後に、この間の庭園で待っているわ。あなたから誘ったんだから、逃げたら承知しないわよ」


 ミランダの顎先から手を外したイザベラは、最後にもう一度、クリストファーを見た。


 これは、伝えておかなければならない。


「忘れるところでした。殿下にお祝いを申し上げていませんでしたね。このたびは大変おめでとうございます。嫌で仕方がなかったわたしとの婚約が保留となり、正式に婚約が解消されるのも時間の問題でしょう。殿下が可愛がっておられたミランダ・ミラーラが王子妃候補の筆頭だとか。じつに喜ばしいことです」


「イザベラ、もう、いい加減にしてくれ」


 挑発に耐え兼ねたクリストファーが、苦悶の表情を浮かべる。


 その表情に、ますます機嫌の良い顔をしてみせたイザベラだったが、


「あらあら、いい加減にしてくれ――だなんて」


 そこでスッと笑顔が消えた。


 黄金の瞳が冷たく光る。


「殿下は、忘れっぽいようです。わたしが苦言を呈しても、いい加減にするどころか、ますます増長したのは、どなただったでしょうか。自分は良くて、その他はダメ。悪役令嬢であるわたしに、それは通用いたしませんよ」


「イザベラ……」


「不快ですね。家名で呼んでくださいませ。ねえ、そうは思いませんか、殿下の側近の方」


 突然、回廊に向かって声をかけたイザベラが待つこと数秒。


 回廊の柱の影からは、青白いを通り越して、真っ白い顔をしたエリオットが現れた。


「忘れっぽい殿下にかわって、あなたが覚えておくように。たとえば、『ミラ』『クリス様』のように、互いを愛称で呼び合えるのは、家族もしくは婚約者のみに許されていることだと。婚約者でもなければ、親しい友人でもない相手には、『イザベラ』などと名前で呼ぶものではないと、側近のあなたが教えてさしあげないとね」


「……はい」


 そこに、それまで成り行きを見ていたロザリンデが、金髪を揺らして近づいてきた。


「イザベラ」


「あら、ロザリンデ、退屈させてしまったわね」


「いいえ、そんなことはないけれど、顔色の悪いコチラの方は、どなた?」


「まあ、ロザリンデ、まさか、お忘れになったの? ナタリア夫人の御子息よ」


「ああ、そうだったわ。オイラー伯爵家の……えーと、お名前が出てこないわね。優秀な方の名前は忘れないのだけど。まあ、そのうち思いだすでしょう。それより、そろそろ、寮に戻りましょうよ。わたくし、ベッキーが淹れるオルフェス産のコーヒーが飲みたくなってきたわ」


「ええ、そうしましょう。ああ、皆さんは、門限までゆっくり夜をお楽しみくださいね。では、失礼」


 無言になった3人を残して、ふたりの令嬢はクスクスと笑い合いながら、中庭をあとにした。






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