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悪役令嬢たるもの  作者: 藤原ライカ


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第33話 イザベラの怒り

 


 学園に戻ってきた以上、そのうち顔を合わせるだろうとは思っていたけれど。


 その機会が予想よりもだいぶ早かったことに、イザベラは内心驚きつつ、顔にはださないようにカーテシーをした。


 予想どおりだったのは、これでもかと大きく目を見開いたミランダと、一瞬、口を開いて息を飲み、そのまま硬直しているクリストファー。


 死んだとでも思っていたのかしら。


 イザベラがそう感じるほどの驚愕ぶりで、反応がないまま数秒が過ぎた。すでにカーテシーはやめていたけれど、あちらが動き出すのを待ってやるつもりは、爪の先ほどもなかった。


「ロザリンデ、行きましょう」


 目を合わせないまま、ふたりの横を通り過ぎたイザベラに、


「イ、イザベラ嬢! 待って!」


 ミランダから声がかけられる。


 挨拶なし、名前を呼ぶ許しを与えた覚えもなし。敬語すら使えない。


 どうしてもこうも礼儀知らずになってしまったのか。ある意味、不思議でならない。


 学園に通って2年あまり。序盤とはいえ妃教育まで受けているのだから、「田舎の領地で育ったから」は、もはや通用しない。


 もしこれをナタリア夫人が見たら「もう無理です」と、妃教育を放棄して早々に王城に戻るだろう。


 不愉快さをあらわにして振り返ろうとしたイザベラだったが、それよりも先に振り返っていたのはロザリンデで、


「殿下、いつまでこんなことをお許しなるおつもりですか?」


 眼光鋭い赤い瞳で、クリストファーを睨みつける。


「そこの子爵令嬢は、侯爵令嬢であるイザベラの許しも得ずに、まるで対等か、自身がそれ以上の身分であるかのように振る舞うのですね。もしや、そうするようにと殿下が指示をなされているのですか?」


「ガルディア公爵令嬢、それは誤解だ。今のは、こちらに非が――」


「ちがいます! クリス様は悪くありません!」


 ここで、ついに起きてしまった。


 貴族社会にとって、もっともあってはならないことが。


「わたしが、まだ、マナーとか言葉遣いとか、そのあたりをよく分かっていなくて……でも、いまはそれよりも大事な話があるのです!」


「ミラ、やめるんだ」


 クリストファーの表情も、一気に険しくなる。


 しかし、この場にいる面々で、唯一それに気づいていないミランダは、自分の言いたいことを言わないと気が済まない、とばかりにイザベラに向かって声をあげた。


「イザベラ嬢、わたしのことを気に入らないのは、わかっています。でも、どうか広い御心をお持ちなってください。わたしたちは、話し合う必要があるんです!」


 王族であるクリストファーの言葉を二度も遮り、ガルディア公爵令嬢であるロザリンデを飛び越えて、イザベラと話そうとするミランダは、もはや救いようがなかった。


「イザベラ嬢!」


 高位貴族の名前を呼ぶことに何のためらいもないミランダに、イザベラの怒りがここで限界値を超えた。


 何を言ったところで、この子爵令嬢には理解できないかもしれない。


 しかし、もうここまできたら、この無礼者を見逃すことはできないし、ここまで愚かな女を選んだクリストファーも同罪だ。


「ロザリンデ、わたしに話をさせてくれるかしら」


 いまにも手を上げそうなロザリンデの肩に、イザベラは手を置いた。


 怒りを鎮めるように、ロザリンデは大きく息をひとつ吐く。


「ええ、そうしてもらえると助かるわ。わたくしでは加減ができそうにないもの」


「わたしも似たようなものだわ。ただ、こちらの無礼者は、わたしをご指名のようだから……よほど、痛い目をみたいのでしょう。ロザリンデ、学園に戻ってきて早々だけど、明日には、わたしの悪名が轟くことになるわ。いいかしら?」


「よくってよ。わたくしが一言一句逃さずに聞いて、イザベラの悪役令嬢ぶりに色を添えてあげましょう」


「そうしてちょうだい。それじゃあ、行ってくるわ。ロザリンデ」


「ええ、行ってらっしゃい。イザベラ」


 ロザリンデに背中を押され、沸々とした怒りを抑え込みながら、ミランダの前に立ったイザベラ。


 頭ひとつ高い位置から、汚物でも見るような目が向けられた。


「ミランダ・ミラーラ、この恥知らずが」


 高潔無比にして才色兼備。未来の王太子妃として立ち振る舞いから礼儀作法、感情をコントロールする術を身につけているはずのイザベラから投げつけられた言葉に、


「……え」


 小さく声を漏らして、ミランダは固まった。


 月が雲に隠れた夜。


 金色の瞳を爛々と光らせた侯爵令嬢を前にして、ミランダは無意識のうちにあとずさった。


 2か月ほど前、放課後の庭園で、はじめて敵意を向けられときも恐れを覚えたが、今夜はその比ではない。


 表情がちがう。まとう空気も声もミランダが知っているギルガルド侯爵令嬢とは、まるで別人だった。


 この学園に入ってからクリストファーと親しくなり、その関係性に厳しい視線を向けられることは多かったけれど、これほどの厭悪(えんお)を直接に浴びせられることはなかった。


 ただ残念ながらこのときまだ、ミランダは気づいていなかった。


 何がイザベラの逆鱗に触れたのか。


 自分とクリストファーが、親しくなり過ぎたことだろうか。


 婚約者であるイザベラを差し置いて、夜会でエスコートしてもらったことだろうか。


 それとも自分の誕生日に、クリストファーから髪飾りを贈ってもらったことだろうか。


 いくつものことが頭をよぎっていくけれども、そのすべてにおいて、ミランダには言い分があった。


 しかし、言いたいことをグッとこらえる。


 ひとまず今は、この激しい怒りをおさめてもらわなければならない。なぜなら、このままではナタリアの厳しい指導を受ける日々のなか、ミランダがたどり着いたひとつの解決策を話したところで、きっと良い結果にはつながらない。


「あの、どうか。わたしの話しを……」


 なんとしてもイザベラに話を聞いてもらわなければ、という一心で、声を震わせたミランダに、


「黙れ。子爵令嬢ごときが、わたしと対等に話ができるとでも? 思い上がりも甚だしい! そんなに話を聞いてほしければ、地に額をこすりつけてからにしろ!」


 さらに激しい言葉が、イザベラから浴びせられた。





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