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悪役令嬢たるもの  作者: 藤原ライカ


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第32話 月夜のカーテシー

 


 学内の食堂で早目の夕食をとったイザベラとロザリンデ。


 時間帯が早いということもあって、食堂を利用している学生はまばらだったが、およそ2か月ぶりに姿を現したギルガルド侯爵令嬢に、周囲はざわついた。


「イザベラのご帰還とあって、しばらく騒がしくなりそうね」


「ゆっくりしたいときは、外に食べにいきましょうか」


「それもいいわね。でも、イザベラを連れ出したら、あーだ、こーだ、と口うるさい大公子がいるじゃない……あら、そういえば、まだ顔を見せにこないわね。てっきり、イザベラにべったりかと思っていたわ」


「ジーク……バルト様は、今日は王城にいってらっしゃるわ。いくつか報告があって、明日か、明後日には、学園に顔をだすと思うわ」


「そう、王城にいるのね。それはそれで大変そうね。王妃殿下にたっぷり嫌味を言われていそう。まあ、でも、あの王太子のことだから、平気で言い返しているだろうけど」


 王妃クラリスを相手に、ふてぶてしい態度で受け答えをしているジークバルトの顔が浮かんで、「ありえるわね」と、イザベラも苦笑するしかない。


 そうやって食事を終えたふたりは、早々に移動する。


 やってきたのは、特別講師として学園にやってきた妃教育担当官ナタリアが滞在する宿舎。


 先ぶれをだしていたこともあり、すぐに案内されたふたりは、出迎えにでてきたナタリアの前で、優雅なカーテシーをした。


 それを見たナタリアが歓喜する。


「ああ、それです。足の交差する角度、かがむ姿勢、頭の位置。それこそが、カーテシーです」


 ロザリンデとイザベラを優しく抱き寄せて、親しみをこめた挨拶を交わしていく。


「さあ、お座りになって、ロザリンデ嬢とは先日も御茶をしたのよ。イザベラ嬢、会いたかったわ。オルフェス大公国から戻っていらしたのね。会いにきてくれて嬉しいわ」


 そこから、ナタリアは後悔を口にした。


「少し、言葉がすぎるのは見逃してちょうだい。国王陛下と王妃殿下から妃教育の担当を任ぜられて10年が経つけれど……これほど残念なことはありませんでした。息子のエリオットのあまりの不甲斐なさに、絶縁しようかと思ったほどです」


 元王宮侍女長にして現在は、妃教育の筆頭担当官であるナタリア・オイラー伯爵夫人は、クリストファーの側近エリオットの母である。


 実の息子を散々こき下ろしたあと、涙ながらにイザベラの手をとった。


「わくしも、息子エリオットと同罪です。貴女が動き出すまで、何ひとつ事態を把握できなかった。王太子妃になるべく、わたくしが教育をほどこした淑女のなかの淑女である貴女が、辛酸をなめさせられたかと思うと、悔しくてなりません」


 新たな第二王子妃候補の教育担当に、ナタリアは自ら志願したのだと言う。


「許せませんでした。エリオットはもとより、貴女に対するクリストファー殿下の仕打ち……殿下には、ご自身がどれほど取り返しのつかない間違いをおかしたのか、身をもって知ってもらうことにいたします。この件に関しては、クラリス王妃殿下より一任されておりますので、わたくし……容赦いたしませんわ」


 ナタリアの居室に一時間ほど滞在したイザベラとロザリンデが外に出ると、もうすっかり日は沈んでいた。


「イザベラ、わたくし、とても驚いたわ。ナタリア夫人が下唇を噛むなんて」


「ロザリンデ、わたしもよ。正直、あそこまでお怒りになっているとは思わなかったわ」


「王子妃候補が全員脱落する日も近いわ。クリストファー殿下も、怒らせてはいけない人を怒らせてしまったようね」


 そんな話をしながら、常夜灯に照らされた女子寮までの道を戻っているときだった。


「……もう、わたし、無理ですっ! クリス様、あの人、厳しすぎるんです……もう、イヤです。いつも嫌味ばっかり」


 泣き言を吐く、聞き覚えのある声が聞こえた。


 この先には礼拝堂があり、女子寮に戻るには、その手前にある回廊から中庭を横切る必要がある。


 しかし、回廊に囲まれた中庭にいたのは、周囲をはばかることなく教育担当の悪口を言うミランダ・ミラーラ子爵令嬢と、それをなだめている様子の第二王子クリストファーだった。


 イザベラとロザリンデが顔を見合わせる。


 その間にも聞こえてくる悪口。


「わたしが何をしても気に入らないんです。文句しか言わない。お辞儀ばかりやらされて、陰湿だわ。あんな人、クビにしてください!」


 ナタリア夫人が、エリオットの母だと知らないのか。


 側近の母親であり、王妃の相談役でもある筆頭教育係をクビにしろと迫られているクリストファーは、「それはできない」と比較的冷静に言い聞かせていた。


「ナタリア夫人は、これまで多くの妃殿下を教育してきた経験をお持ちだ。少し厳しくても、彼女が求めるレベルに達せば、妃になったときに困ることはない。ミラにとって必要なことなんだ」


「必要ありません! こんなことをしなくても、わたしはクリス様を支えられます! 今までだって、わたしといたらイヤな事を全部忘れられる――そう、言ってくれていたじゃないですか!」


 ここでロザリンデが声をかけた。


「あらあら、どこのだれかと思ったら、クリストファー殿下とミラーラ子爵令嬢ではありませんか。イザベラ、お取込み中のようだから、急いで通り抜けましょう」


 クリストファーの目が、イザベラに向けられる。


 明るい月の夜。


 月光を浴びたイザベラが、優雅なカーテシーをした。


「こんばんは、クリストファー殿下」





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