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悪役令嬢たるもの  作者: 藤原ライカ


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第30話 一時帰国と不安

 


 オルフェスの政務官サイモンとその同僚たちは、必死だった。


「イザベラ嬢、必ず戻ってきてくださいよ。絶対ですよ。来週には、予算案の編成もあります。イザベラ嬢がいなかったら、また軍事費に内政費が横取りされてしまいます」


 ロマリア王国の第二王子クリストファーの婚約者という立場から、オルフェスの臨時政務官となったイザベラは、その能力をあますことなく発揮していた。


 王太子妃教育の一環として、当時はロマリアの政務担当だったサイモンと外交、財政関連にかかわる仕事をしていたイザベラにとって、ロマリア王国の5分の1ほどの規模であるオルフェス公国の政務業務は、さほど難しいものではなかった。


 ロマリアでのやり方をサイモンが踏襲していたこともあって、初日から即戦力となり、大公や大公子の署名が必要となる書類は、


「お願いいたします」


 イザベラが持参することで、滞りなく処理されていく。


 とくに軍部を統括する大公子ジークバルトなどは、暇さえあればイザベラを訊ねて政務室にやってくるので、これまで二日はかかっていた書類の処理が、1時間もあれば終わるという効率の良さだった。


 イザベラが政務官となって1週間もすると、それまで溜まっていた書類はすべて片付き、翌週には、およそ数年ぶりに政務官たちは残業から解放された。


 その1ヵ月後。


 イザベラが、大親友であるガルディア公爵令嬢の誕生パーティーに参加するため、ロマリア王国に一時帰国することが決まり、サイモンをはじめ残される政務官たちは気が気ではなかった。


 出発するイザベラの見送りにやってきた面々は、「イザベラ嬢~」と有能すぎる政務官を取り囲んで「はやく帰ってきてください」と懇願していた。


「しつこいぞ」


 おなじくロマリア王国に向かう大公子のことなど完全に無視している。


「来週末にはお戻りになられますよね。お戻りが早まるようなことがあれば、教えてくださいね。それだけで我々は大喜びいたしますから」


「わかりました。必ず戻りますので、それまでに予算案の骨組みをお願いいたしますね」


 イザベラの指示に「かしこまりした!」と、政務官たちは敬礼。


 その後、大公夫妻に双子の公子、公女の「イザベラ姉様~」こちらも政務官たちに負けず劣らずの長い見送りを受けて、黒竜はようやく空に飛びたった。


 黒竜の胴体には、特注で作られた籐製の籠がしっかりと固定されている。


 試作段階ではあるが、竜の飛行に合わせてキャビン内の水平方向が変化するという特殊な仕組みとなっていて、その快適さにイザベラは喜んだ。


 このキャビンを試作した公子リカルドは、


「まだまだ改善したいところがたくさんあるから、絶対に壊さないで返してよ」


 兄のジークバルトに何度も注意していた。


「それにしても、リカルドも政務官たちも、うるさかったな。イザベラとどこかに行くたびに、こうなりそうで面倒だ。いっそのこと、しばらくはロマリアにとどまるか」


 寝台のような(しつら)えのキャビンで長い脚を伸ばし、イザベラを抱き寄せたジークバルトは不満タラタラだった。


「そんなことをしたら、サイモン卿たちが迎えに来るかもしれませんね」


「確実に来るぞ。まったく、アイツらときたら、イザベラを働かせすぎだ」


「そんなことありませんよ。オルフェスの内政にかかわることができて、わたしも日々やりがいを感じていますし、こうしてお役に立てていることが嬉しいのです」


 黄金の瞳をキラキラと輝かせるイザベラにそう言われると、ジークバルトはもうそれ以上、何も言えなくなってしまう。


「くそ……綺麗だな。そんなに嬉しそうに言われたら、俺は我慢するしかないだろ。ただ、今からロマリアに着くまでの間。イザベラの時間は、すべて俺のものだ」


 誰よりも美しく聡明な愛しい人を抱きしめる。


 子どものように甘えてくるジークバルトの群青色の髪を、イザベラはやさしく梳いてやる。


「気持ちいいな」


 猫のように喉を鳴らして、だんだんと頭の位置を下げていったジークバルトが、


「これがいい」


 身体を横たえて、イザベラの膝に頭を置いた。


「重くないか?」


「大丈夫ですよ」


 膝枕をされて、うっとりと目を閉じていたジークバルトの眉間にシワが寄った。


「イザベラ、ロマリアでは王家のヤツラが接触してくるだろう。おそらく、クリストファーのヤツも……」


「そうでしょうね。心配ですか?」


 少し間があいて「……ああ、心配だ」とジークバルトの長い腕が、イザベラの腰に回された。


「情けないことを言うと、いまだにこの幸せが、夢じゃないかと思う日がある。こんなにも醒めない夢はないはずなのに……クリストファーのヤツは、救いようのない馬鹿だが、アイツがもし死ぬほど後悔していて、イザベラに復縁を望んできたら……」


「ジーク、それはないですよ」


「どうしてわかる? アイツは馬鹿だけど、自分の間違いを認める潔さと強さはある。ロマリアの王族だから、アイツのそばにいればイザベラは、オルフェスとは比べものにならない領土の内政にたずさわることもできるだろう。そっちの方が、やりがいも数倍あるはずだ」


 イザベラの膝にすっかり顔を埋めてしまい、不安を口にするジークバルトが、なんだかとても可愛らしく感じる。


 少し硬い群青の髪を、何度も撫でる。


「クリストファー殿下が、どれほど後悔なされていても、わたしに復縁は望まないでしょう」


 これで、不安が取り除けたらいいのだけど。


「わたし、いいましたよね。ロマリア王国一の悪役令嬢を目指していると」


 膝から顔をあげたジークバルトと視線が合った。


 イザベラは宣言した。


「悪役令嬢たるもの、情には流されません」






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