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悪役令嬢たるもの  作者: 藤原ライカ


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第29話 兄と弟

 


 王立デア・ラケティアにある王族のための一室。


 王宮からの通達を受け取ったクリストファーは、覚悟をしていたとはいえ、


【婚約を一時保留とする】


【新たな第二王子妃候補の選定】


 ならんだ文字を読んだとき、襲われる後悔に耐えかねて顔を覆った。


「殿下……」


「王宮からだ」


 握りしめた書状を渡す。


 目を通したエリオットから、息を飲む音が漏れ聞こえた。


 重苦しい空気に包まれた部屋で、顔を覆っていた手をはずしたクリストファーは、焦点の合わない目でぼんやりと天井を見上げた。


 イザベラが婚約者ではなくなってしまった。


 こんな日が来ることを、なぜ予期できなかったのかと、イザベラが学園から姿を消した日からずっと考えている。


 自分の傲慢さだとか、愚かさだとか、そんな分かり切ったことではなくて、後悔する選択を選びつづけたことへの自問自答が繰り返された。


 この2年間、ミランダと過ごすのは楽しかった。


 他愛もない語らいで満たされる日々は、王子ではあるけれど、王子の責任を果たす必要のない時間で、心が軽くなるのを感じた。


 フワフワとした居心地の良さ。


 それがイザベラを蔑ろにしていい理由にはならないけれど、あの時間を手放したくないと思ったのは、まぎれもない事実だ。


 イザベラを目にすると芽生える劣等感と王子として果たすべき責任の数々。それが、ミラと会っているときはなかった。


 あと少し、あと少しと、フワフワとした日々を手放せないままに、気が付けば「あと少し」が「まだいいだろう」となり、この学園にいる間は「これでいいか」になっていた。


 後悔する自分を想像できないままに、


『わたしに対する、殿下とミラーラ子爵令嬢の宣戦布告と捉えてよろしいのか……』


 それは起きた。


「行きましょう、ジークバルト様」


 婚約者の手が、自分ではない男の手に重ねられたのをみたとき。本当の意味で、自分の目は醒めたのだろう。


 しかし醒めたときには、すでに手遅れだった。


 信じられない早さで、事実上の婚約解消となり、イザベラは消えた。


 そこからの1週間は、正直あまり良く覚えていない。


 非難する視線が向けられているのは気づいていたけれど、当然だろうな、としか思わなかった。


 自分に非があるのはあきらかで、言いわけなどできるはずもない。


 ミラのことが気に掛かったけれど、ここで自分が「大丈夫か」と話しかければ、彼女にはさらなる非難が向けられる可能性が高かった。


 それとなくエリオットに様子を見に行かせたが、新たな第二王子妃候補に選ばれたことを、喜んでいるようだったという報告を受けた。「そうか」と短く返事をした記憶がある。


 王太子である兄・ルイスが訪ねてきたのは、その週末だった。


「ひどい顔だな。自業自得としか言いようがないわけだが、目の前にすると、少しだけ可哀想な気もするのは、やはり身内だからだろうか」


「何を言われても仕方がない」


「なんだ、本当に元気がないんだな。つまらない」


 エリオットが淹れた御茶を飲みながら、兄が差し出してきたのは新たな婚約者候補の一覧だった。


「見てわかるとおり。高位貴族は軒並み辞退した。地方の伯爵家の令嬢がひとり、あとは子爵家と男爵家の令嬢がひとりずつ。子爵家の令嬢は予想どおりだろ」


「ああ」


「それで、わかりやすく後悔している弟は、どうするつもりなんだ」


「……僕に決定権などない」


「それはそうだ」


 そこでルイスは、エリオットに顔を向けた。


「エリオット卿はどう思う? ああ、先にひとつ言っておこう。この事態を引き起こした原因の7割は馬鹿な弟のせいだ。残りの3割は、キミの責任だとわたしは思っている」


「はい。おっしゃるとおりです。重く受け止めております」


「兄上、エリオットを責めるのはまちがっている。彼は何度も、僕を諫めてくれていた」


「諫めるだけなら、他の者にもできる。主人のあきらかな間違いを正せないようなら、側近としては役立たずだ」


 ここでようやくクリストファーは、「言い過ぎだ」と兄を睨みつけた。


「今回のことは10割、僕の責任だ」


「何割でもいいさ。実際、重要なのはそこではない」


 ルイスの顔に、不敵な笑みが浮かんだ。


「言いたいことがあるなら、言ってくれてかまわない」


「じゃあ、言うけど。イザベラ嬢が王太子妃候補だったとき、クリストファーはいつもイザベラ嬢を目で追いかけていたぞ」


「…………」


「それから、イザベラ嬢が婚約者になったとき、顔合わせでショックを受けていたな。あれはけっこう面白かった。なんとか折り合いをつけるのかと思って静観していたら、どんどん悪い方に行くものだから」


 クククッと笑う兄の性格が悪いのは、いまにはじまったことではない。


「ああ、ごめん。それで、何が言いたいのかというと――」


 そう言って立ち上がったルイスが、ポン、ポンと軽く肩をたたいてきた。


「少しは、あがいてみてもいいのではないか?」


「あがく?」


「そうそう。兄としては、不器用な弟の恋を、もう少し見物したいんだ。それじゃあ、もう帰るよ」


 そのまま扉に向かった兄・ルイスは「見送りはいい」と、従者を連れて帰っていった。


 テーブルの上に、新たな婚約者候補の一覧といっしょに、兄・ルイスからの手紙が置かれていることに気づいたのは、そのすぐあとだった。






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