第28話 夢から醒める
王立デア・ラケティアから、イザベラ・ギルガルド侯爵令嬢が忽然と姿を消してから2週間後。
ロマリア王家より正式な発表があった。
【クリストファー・ロマリア第二王子殿下とイザベラ・ギルガルド侯爵令嬢の婚約を一時保留とする。これにともない、新たな第二王子妃候補の選定に入る】
事実上の婚約解消だった。
この発表は学園にも伝えられ、この2年間というもの、クリストファーとミランダの度重なる逢瀬を目撃していた学生たちには、婚約解消に至った原因が何であるかは明白だった。
「ギルガルド侯爵令嬢があまりにも不憫だわ。これまで必死に耐えられてきたのに……」
「どれほど理不尽な目に合われても、決して顔にはだされなかった。本当に、御立派な方よ」
クリストファーの元婚約者となったイザベラに、ほぼすべての学生たちは同情的だった。
イザベラが学園から姿を消していたこともあり、同情する声はさらに高まり、婚約者よりも子爵令嬢を優先しつづけたクリストファーには、当然のように非難が集まった。
しかし、それよりさらに厳しい目を向けられることになったのは、イザベラの存在を知りながら、クリストファーの恋人のように振舞いつづけた子爵令嬢ミランダ・ミラーラに対して。
学園内で、ミランダは針の筵だった。
つい2週間前までは、クリストファーと語らう放課後の時間が大好きだったのに、いまは授業が終わると逃げるように女子寮の自室に戻る日々だ。
視線が、怖かった。
これまでも似たような視線は向けられていたのに、イザベラが学園から姿を消してからというもの、状況は一変した。
その前日、庭園のテラスにて、はじめてイザベラと対峙したミランダは、足元から這い上がってくるような恐怖を覚え、得も言われぬ不安に襲われた。
相手は侯爵令嬢、自分の立場はとても危ういのではないか。
クリストファーに特別扱いされることに優越感を感じ、あまりに堂々とそのとなりに在りつづけてしまったかもしれない。
それでもまだこのときミランダは、なんとかなると楽観視していた。
クリストファー様に相手にされないからって、急に怖い顔であれこれ言ってきて、あれじゃまるで脅しじゃないの。
たしかにギルガルド侯爵令嬢は成績も優秀で、礼儀作法も完璧。非の打ちどころのない令嬢と呼ばれているけれど、それは王太子妃候補として王宮で最高の妃教育を受けたからよ。
結局、王太子妃にもなれず、そのあと婚約したクリス様からは見向きもされていないじゃない。
プライドだけ高くて可愛げがないから、クリス様のお気に召さないんだわ。少しは、わたしのようにクリス様を喜ばせる努力をすればいいのに。
そう思ってはいたものの、一抹の不安があったミランダは、しばらくはクリストファーから距離をとって様子をみていた。
そうして2週間が過ぎ。
あれからイザベラが何か言ってくることはなく、その姿すら学園でみなくなったので、またそろそろクリストファーに放課後に会いたいと、声をかけようと思った日だった。
王宮から、クリストファーとイザベラの事実上の婚約解消が発表された。
周囲の視線が一気に険しいものとなった。ミランダに対する非難の声がそこら中から聞こえてくる。
これまでも幾度か、クリストファーとの近すぎる距離感を咎めにきた令嬢たちはいたけれど、それとは比べものにならない数の声だった。
クリストファーと話したくても、周囲の視線が怖すぎて声もかけられない。
実家の子爵家から手紙が届いたのは、それからさらに1週間後のことだった。
クリストファーの妃候補に、ミランダの名前があがっていると、手紙には記されていた。
「わたしが……クリス様の妃に」
このときばかりは、周囲の視線も何かも忘れて、ミランダは喜んだ。
煌びやかな王宮で、たくさんの侍女やメイドにかしずかれる優雅な暮らしを夢見ていた。
子爵令嬢の自分には、一生縁がないものだと思っていたのに、それがいま手が届きそうな場所にある。嬉しくないわけがなかった。
第二王子妃候補となった今、クリストファーと会うことに文句を言う者はいなくなるだろう。
両親からの手紙には、妃候補になるにあたり、王宮から学園に教育係が派遣されるとあった。
卒業後、王族としての公務が増えるクリストファーを支えるため、早急な妃教育が必要になるためらしい。
ミランダのほかにも、妃候補となる令嬢はいるはずだが、学園でクリストファーにそばにいて、だれよりも愛されている自分であれば、妃教育さえ終えたらすぐにでも婚約できる可能性がでてきた。
「そうよ。一日も早く、妃教育を終えて、堂々とクリス様のとなり立てばいいんだわ。もう、だれにも文句なんて言わせないわ。だって、わたしは王子妃になるんですもの!」
そう思った日の自分が、いかに無知であったかをミランダは、王宮から派遣されてきた教育係との初顔合わせで知ることになった。
「ミラーラ子爵令嬢、貴女は、これまでわたくしが指導してきた妃候補の御令嬢たちとは比べものになりません。良い意味ではなくてよ。はっきりいいましょう。言葉遣い、基本所作、礼儀作法、すべてにおいて最低です。これで学業の方も期待できないようであれば、妃教育を受けるに値しません」
夢から醒めた気分だった。




