第25話 歓迎
手入れの行き届いた庭園を、使用人たちの歓迎を受けながらすすむ。
ジークバルトに手を引かれ、重厚な石造りの城館へと向かったイザベラは、大公家の紋章が彫られた装飾のある入口で、また胸が熱くなった。
「オルフェス大公家に、ようこそ。イザベラ・ギルガルド政務官殿。貴女なら、当家は大歓迎だ」
ジークバルトに似た面差しのオルフェス大公ルークバルトが、温かな笑顔で出迎えてくれた。
「オルフェス大公閣下に、ご挨拶申し上げます。イザベラ・ギルガルドにございます」
イザベラが深々と頭を下げるなか、明るい声がした。
「まあ、ルークったら、そんな呼び方をして、政務官殿なんて堅苦しいわ。イザベラ、待っていたわ。ますます綺麗になって……会いたかったわ」
ほがらかな笑顔の大公妃パトリシアが、イザベラをやさしく抱きしめる。
「任命書のことなんて忘れてちょうだい。まずは、ここでゆっくりと身体を休めて、のんびり過ごすこと。わたしのことは妃殿下なんて呼んではダメよ。家族だと思って、パトリシアと呼んでくれたら嬉しいわ」
「パトリシア様、お久しぶりにございます。お会いできて、わたしも嬉しいです」
そのとなりで我慢できずに、「お母様、ズルイわ!」と声をあげたのは公女マリアベルだった。
憧れの侯爵令嬢の手を取り、嬉しさのあまり声をつまらせる。
「ああ、夢じゃないわ。よ、ようこそいらっしゃいました……ああ、あの、イザベラお姉様とお呼びしてもよろしいでしょうか!」
「マリアベル公女殿下に姉と呼ばれること、大変嬉しく思います。わたしも、マリアベル様とお呼びいたしますね」
「ぜひ! 嬉しいです。ああ、これまで、ろくなことしかしてこなかったお兄様が、ついに、良いことをしてくれました!」
「マリアベル、そのとおりだ! あっ、お久しぶりにございます。リカルドです。僕も、イザベラお姉様と呼ばせてください」
「リカルド様、本当にお久しぶりですね。すっかりご立派になられて……」
イザベラに見つめられ、ポ~ッとなる弟を睨んだジークバルトが、
「いつまでここで話しつづけるつもりだ。はやくイザベラを座らせたいんだが」
不機嫌にそう言えば、「うるさいわねえ」とパトリシアが、身体で息子を押しやった。
そのまま間に入り、さっとイザベラの手を取ると、それにつづくように、マリアベルも反対の手を取った。
「さあ、お姉様、こちらです。お疲れになったでしょう。お部屋を用意していますから、御茶でも飲みましょう」
イザベラを挟むようにしてホールへと入っていく母と妹。
そのうしろから「待て、待て。イザベラを連れていくのは、俺だ」と、ついてくるジークバルトに、パトリシアが眉をひそめた。
「さっさと着替えてらっしゃい! 頭の先から爪先まで、湯にでも入って綺麗にしてきなさい。それが済むまで、イザベラには指一本触れさせないわよ。本当にもう、いつも汗まみれ埃まみれで、わが息子ながらいやになっちゃうわ!」
ピシャリと言って、イザベラには優しく笑いかける。
「不出来な息子で、ごめんなさいね。道中、さぞかし不便な思いをしたでしょう。一度、エミリア様にボコボコにされたらいいのに……おほほ」
ジークバルトがいっていたように、大公家での大公子の扱いは、なかなかなものだった。
「ほらな、散々な言われようだろ」
なごやかな晩餐のあと、庭園を散歩しながらジークバルトが愚痴る。
「はい、聞いてはいましたけれど思った以上でした。でも、安心しました」
「安心? 俺がボロクソ言われているのに?」
「パトリシア様からもマリアベル様からも、愛情が伝わってきましたから。ジークの立場上、王城ではいつも厳しい顔をしていなければならないのはわかっていました。でも、そのせいで周囲に誤解されて、嫌な思いをされることも多かったはずです」
戦場の死神と恐れられるジークバルトが、王都の貴族たちから「血に飢えた竜騎士」や「オルフェスの暴君」と呼ばれ、遠巻きにされているのを何度もみてきた。
王都で安心して暮らせるのは、いったいだれのおかげだと思っているのだろうかと、そんな声を耳にするたびに、イザベラは顔をしかめてきた。
「戦場でも王城でも、心おだやかに過ごす時間が少ないのではと思っていましたから。でもオルフェスでは、ジークの笑顔がたくさん見られて、わたしも嬉しいです」
「俺が笑顔でいられるのは、イザベラの手を引いて歩いているからだ。イザベラがとなりにいてくれるなら、戦場でも王城でも、どこでもいい」
イザベラの肩に、ジークバルトの上着がかけられる。
「ありがとうございます」
「自分の上着を、イザベラにかけるのが夢だった――って言ったら、また笑うだろうけど、本当だ。あと、舞踏会で最高に着飾った美しいイザベラをエスコートしたい。それから、一日中、ふたりきりでゴロゴロしながら過ごしてみたい」
「ずいぶん、たくさんあるのですね」
「まだまだ、あるぞ。要するに、俺が穏やかでいられるのは、イザベラのそばだけなんだ」
精悍な顔から渇望する眼差しを向けられたとき。
信じられないほどイザベラの胸が高鳴った。




