第21話 ロザリンデのやり方
授業のない週末。
女子寮にある特別室で、ロザリンデ・ガルディアは、いま巷で大人気だという恋愛小説のページをパラパラとめくっていた。
残念ながら、まったく内容が頭に入ってこない。
「はあぁ、さびしいわ。いまこそ、血湧き肉躍る勧善懲悪の冒険譚でも読むべきだったわ」
先週、大親友のイザベラが、オルフェスの腹黒こじらせ大公子と旅立ってしまい、学園に入学してからもっとも憂鬱な1週間を過ごしたロザリンデ。
そうしてむかえた休日は、さらなる退屈な時間のはじまりだった。
外出する学生たちが多い週末の午前中。
「お嬢様も街にお出かけになられますか?」
御茶と御菓子を用意してくれたのは、先週、王都の公爵家から連れてきたメイドのベッキーで、ロザリンデは「いただくわ」とカップを受け取りながら首を振った。
「そんな気分にはなれないわ。自分が思っていた以上にイザベラの不在がさびしくて……ああ、いまごろオルフェスのこじらせ大公子がバカみたいに浮かれているのかと思うと、それだけでイライラしてくるわ」
その数分後だった。
「お嬢さま、こちらが届いております」
ベッキーから面会を求める言伝を受け取ったイザベラは、「ふふふ」と笑みを浮かべた。
「ベッキー」
「はい、お嬢様」
「やはり、街に出かけることにするわ。悪いんだけど、今日は特別……念入りに準備をお願いするわ」
「かしこまりました。何色のドレスがよろしいですか?」
「そうね。赤と黒だったら、どちらが『悪の女王』っぽく見えるかしら?」
「あ、あ、悪の女王……で、ございますか?」
「ええ、そうよ。今日、わたくしを呼び出した相手には、色々とわからせてやらないと……ふふふ。悪の女王たるもの手加減なしよ」
◇ ◇ ◇
ロザリンデ・ガルディア公爵令嬢が指定してきた場所は、人気の海上レストランだった。
2階席はとくに人気で、地平線に沈む夕陽を眺めながら食事ができるオープンテラスは、半年先まで予約でいっぱいだと、エリオットが言っていた。
開店前のレストランにクリストファーが到着すると、すでに案内人が待っていて「こちらでこざいます」と正面とは別の入口から店内へ。
おそらく王族やそれにつらなる高位貴族専用なのだろう、案内された空間は、内装から調度品にいたるものすべてが高級志向で、カジュアルな雰囲気のある一般向けの客席とは趣がちがった。
窓のない前室に通され、その奥にある重厚な扉を案内人がノックする。
「どうぞ」とガルディア公爵令嬢ロザリンデの声がした。
その声に、クリストファーの背中は自然と伸びる。
むかしから、この公爵令嬢が苦手なクリストファーである。しかし、いまはそんなことをいっている場合ではなかった。
なんとしてもイザベラの行き先にかかわる情報を聞き出さなくてはならない。
案内人が開ける扉から入室したクリストファーを待っていたのは、真っ黒な細身のドレスに、真っ赤なヘッドピース、真っ黒な扇を左手に、真っ赤なハイバックのソファーに腰を下ろしたロザリンデ・カルディアだった。
どちらが王族かわからないほどの圧倒的な威圧感。
「ごきげんよう。クリストファー王子殿下」
ゆっくりと立ち上がり、黒大理石の卓を挟んで向かい合う革張りのソファーに、「さあ、どうぞ」と座らされたクリストファーは、目に見えない鎖で縛りつけられたような気がした。
「お飲みものは何がよろしいでしょうか?」
「いや、けっこうだ」
「まあ、そうおっしゃらずに。オルフェス産の美味しいコーヒー豆が手に入りましたから、コーヒーはいかがですか? ああ、それとも殿下も成人を迎えられていますから、お酒の方がよろしいかしら? 少々クセが強いのですが、オルフェス産の希少なワインがありますから、そちらをご用意いたしましょうか」
対面するソファーに座り直すなり、猛然と仕掛けてくる公爵令嬢に、クリストファーは苛立ちをグッと抑えた。
「それなら何かいただこう。そうだな、できればロマリア産の茶葉で淹れた紅茶がいい。用意できるか」
「もちろんでございます。殿下のお口に合いそうな紅茶を、いますぐに……」
余裕たっぷりに微笑むロザリンデ・ガルディアは、背後に控える使用人に手で合図を送った。
「ベッキー、田舎の伯爵領地から送られてきた茶葉があるから、それでお茶を淹れてさしあげて。わたくしの口には合わないけれど、殿下のお口には――さぞかし合うことでしょう。ロマリアのどこから送られてきた茶葉だったかしら?」
「ミラーラ子爵領にございます。お嬢様」
「そうだったわね。じつに長閑な領地らしくて、さほど管理もされずに伸び伸びと育った茶葉らしいですわ。上品な香りとはほど遠いですが、殿下はお好きでしょう」
イザベラのことがあって、嫌味を言われることは百も承知でやってきたクリストファーだったが、さすがに顔が引きつっていくのがわかった。
「ふふふ、お顔が怖いですわ。この程度で感情をあらわにされては、手ごたえがなさ過ぎて……」
ここでスーッと、ロザリンデの顔から笑みが消え去った。
「放課後のテラス、休日のデート、夜会のエスコート。婚約者をさしおいて、殿下が好んで連れ歩いていたお相手は、どなたでしたか? それを目の前で見せられながらイザベラは、2年以上も矜持を保ちつづけ耐え抜きました。どれほど、傷つけられたことでしょう」
ロザリンデの言葉は、研ぎ澄まされた刃のようにクリストファーの胸を刺してくる。
「にもかかわらず、それをしていたご本人様は、3分にも満たない時間で耐えきれなくなり、顔を歪められるとは――お話になりません」
ふたたびロザリンデは、手で合図を送った。
「ベッキー、殿下のお帰りよ。お見送りしてさしあげて」




