第20話 消えたイザベラ
オルフェスの大公子ジークバルトが学園に現れた翌日から、イザベラは姿を見せなくなった。
あの日――
夕食の誘いを断られ、ジークバルトの腕に手を添えたイザベラを見たときから、クリストファーの胸は、ざわつきがおさまらない。イザベラに言われた言葉が、耳の奥でずっと繰り返されていた。
『今夜は、三か月前、婚約者に誕生日を祝ってもらえなかった憐れなわたしのために、ジークバルト様が食事にお誘いくださった――ただ、それだけのことにございます』
今さらだとは、わかっている。
しかし、あれからクリストファーは、かつてない後悔に襲われていた。
イザベラの誕生日を忘れていたわけではなかった。側近のエリオットからも「お花は贈るべきです」と進言されていた。
にもかかわらず「勝手なことをするなよ」と言って、あえて何もせずに、イザベラの誕生日が過ぎるのを待ったのは、こうでもすれば、さすがに何か言ってくるだろうと、愚かにも思っていたからだ。
いつからかミランダをそばにおくことに、苦言をいってこなくなったイザベラ。
お好きにどうぞ――と、まるで相手にされていないような気がして、どうにかしてイザベラの心を揺さぶってやろうとした。
その結果は、苦言どころか目も合わされなくなった。
イザベラとの関係が冷え切っているのは、だれが見てもあきらかで、それをまた放置している間に、学園生活は残り1年となり、イザベラは態度を急変させた。
早急な話し合いが必要だった。
しかし、翌日に訪れた女子寮で、イザベラが手を取ったのは自分ではなくオルフェスの大公子で、そのときになってはじめて、クリストファーは本当の意味での危機感と後悔を覚えた。
イザベラが姿を消して、3日目。
体調でも壊しているのかと、短い手紙を書いて、エリオットに届けさせた。
翌々日になってもイザベラからの返事はなく、まもなく1週間が過ぎようとしていたその日。
ミランダから呼び出されたクリストファーは、人目につきにくい場所を選んで会うことになった。
「クリス様……あれから、ギルガルド侯爵令嬢は何か言ってこられましたか」
「いや、何も」
「そ、そうですか」
不安なのだろう。
これまでもミランダは、イザベラを慕う令嬢たちから咎められたことはあるらしいが、いつも「たいしたことはありません」と突っぱねていたと聞く。
しかし今回は、これまでとはワケがちがう。
面と向かって咎めてきたのはイザベラ本人で、その怒りを浴びせられたミランダは、これまで感じたことない恐れを抱いたのだろう。
「わたし、ギルガルド侯爵令嬢が……あそこまで怒っていらしたなんて、知らなかったんです。本当です」
恐怖心からとはいえ、それはとても白々しい言いわけに聞こえた。
そのあともミランダは、「何も知らない田舎令嬢だったから」と必死に訴えてきた。
「わたしは地方の子爵家で育ちましたから、王都の貴族のしきたり……のようなものに慣れていませんでした。この学園に入ってクリス様と知り合えて、仲良くしてもらえるのが嬉しくて、素直に喜んでいただけなんです。だって、もしダメなことなら、クリス様が叱ってくれたでしょう?」
自分は悪くないのだと、イザベラに伝えて欲しい――
そう懇願して、ミランダは逃げるように立ち去っていった。
「そうだな。すべて、僕が悪い……」
どっと増した疲労感に、クリストファーは額を押さえ、しばらく立ち上がれなかった。
顔面を蒼白にさせたエリオットがやってきたのは、その翌朝だった。
「ギルガルド侯爵令嬢から、学園に長期の不在届けが出されています」
「なんだって? いつからだ?」
「……殿下が、話し合いに向かわれた日の翌日からです」
「それはつまり、ジークバルト・オルフェスが学園に現れた翌日――ということか」
短い沈黙のあと、エリオットは「はい」と返事をした。
「不在の期間は?」
「未定となっておりました。ギルガルド侯爵令嬢は王太子妃教育を受けられておりましたので、卒業に必要な履修単位を早期に取得されております。そのため最悪の場合、卒業まで戻られない可能性もあります」
「馬鹿な……あれからまだ、何も話し合えていない。謝罪もできていない。誕生日のことも何もかも」
重たい空気が部屋に流れるなか。
何も言わずに唇を噛みしめたエリオットから、痛いほどの後悔と憤りが伝わってくる。
「悪いのは、すべて僕だ」
いまなら、こうも素直に自分の非を認められるというのに、これまで一度も、イザベラに対しては自分の非を認めることができなかった。
あまりにも愚かすぎる。こうなってから気づく自分も、あれから1週間も何もせずに過ごしていたことも。
「エリオット、ひとまずギルガルド侯爵家に行き先を訊ねてみてくれ。もし、イザベラが王都の屋敷に戻っているなら、僕がすぐに向かうと合わせて伝えてくれ」
「承知いたしました。殿下はどうされますか?」
「僕は――ガルディア公爵令嬢に会いにいってくる。イザベラの行き先を知っているとしたら、彼女だろう。もちろん、そう簡単に教えてもらえるとは思っていない。でも、何もしないで待つよりはマシだ」
「わかりました。それでは、ギルガルド侯爵家に伝聞をだしてまいります。途中、女子寮に寄りまして、ガルディア公爵令嬢に面会の先ぶれもだしておきましょう」
「助かる」
小走りで出ていこうとする側近に、クリストファーは声をかけた。
「エリオット、悪かった。いつも、迷惑をかけてすまない」
振り向いた側近の顔は、少しだけ明るくなっていた。
「いいえ。殿下と同じくらい、僕も後悔しているんです。ここから、最善を尽くすしかありません。ふたりでやれることは、すべてやりましょう」
「ああ、そうしよう」




