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第19話 夫きどり

 


 少し低めの女性の声に、ジークバルトが顔をしかめ、レイモンドは「ああ、もう来たよ」と額を押さえた。


 ユージーンよりも濃い青髪で、瞳は濃紺に近い色をした女性は、長い脚を活かして猛烈な勢いでやってくると、


「毎度、毎度、これ見よがしに竜でやってきて、見せびらかすのもいい加減にしないか! いつか、わたしだってキラキラの竜を――」


 ジークバルトに向かって文句を言いだしたところで、となりに立つイザベラに気づいた。


「えっ、だれっ!?」


 濃紺の瞳が大きく見開かれる。


「銀色の髪……絹糸みたい。キラキラだわ……瞳は、黄金色って、まさか、星の乙女エステラ様ですか!? ついに降臨されたのですね! ああ、乙女よ。どうか、わたしの剣を貴女に捧げさせてください」


「いいえ、わたしはロマリア――」


 名乗ろうとしたところで、


「あ、いた! やっぱり、竜は速いなあ。移動手段としても最高だと思うんだよね」


 遅れて城に到着したユージーンがやってきた。


「あれ、姉様も出迎えたの? あっ、そうか。今日はギルガルド侯爵令嬢がいるからね。紹介するよ。こちらはロザリンデ様の大親友で、姉様が憧れてやまないロマリア王国の剣聖エミリア・ギルガルド侯爵夫人を母にもつ、イザベラ・ギルガルド侯爵令嬢だよ」


 その瞬間、「ヒヤァァァァーッ!」と悲鳴があがった。



 ◇  ◇  ◇



「このたびは、まことに申し訳ない!」


 案内されたサンルームで、イザベラに謝罪するのは、東方帝国の第一皇女オリビア。


「ロマリア王国からお越しのギルガルド侯爵令嬢とは知らずに……」


「オリビア皇女殿下、どうかもうお顔をあげてください」


 一国の皇族に頭を下げられていることに恐縮するイザベラのとなりで、ジークバルトは用意されたお茶にさっそく口をつけた。


「好きなだけ謝らせておけ。傍若無人なこの皇女が、だれかに頭を下げるなんて滅多にないからな。遠慮せずに、俺に謝ってくれてもいいんだぞ」


「オルフェスの死神に下げる頭などない! それより、もう一度確認するが、本当にイザベラ様を拉致してきたのではないな?!」


「くどいっ! 帝国の皇族は、そろって疑り深いな!」


「いやいや、僕は疑ってないよ。もしキミが拉致してまで手に入れた御令嬢なら、ここでのんびり御茶なんか飲んでいない。さっさと黒竜で脱出して、別の大陸でも目指しているはずだ」


 皇太子レイモンドに「よくわかっているな」とニヤリとしたジークバルトは、ここでようやく来訪の目的を告げた。


「まあ、婚前旅行というか……」


「嘘つけ」


 即座に言ったのは、オリビア。


 ジークバルトの片眉があがった。


「今日はまた、やけに噛みつくな。腹でも減っているのか? ああ、そうか。幸せそうな俺が妬ましいんだな」


 そう言って、イザベラの髪を梳いて、ひと房を手に取った。


「ああ、そうだ。俺はいま、最高に幸せだ。ちなみにイザベラの髪は、銀ではなくて蒼銀だからな。いいだろう。この美しい髪に触れていいのは俺だけだ」


「腹立つ! イザベラ様、本当にこんな厚顔不遜を夫候補にしていいのか? 剣聖エミリア様は、この男でいいと?」


「じつはまだ、母には直接伝えられていない状況なのです。なにぶん、急遽ロマリア帝国を離れることになりまして……ただ、ガルディア家のロザリンデ嬢が間に入ってくれていますので、両親も安心しているかと思います」


「そういうことだ。それで、イザベラの大親友がもうすぐ嫁ぐ東方帝国が、どんなところか行ってみよう、ということになってな」


「それなら僕が、ロザリンデ様の大親友イザベラ様を、責任をもってご案内するよ」


「ありがとうございます。ユージーン殿下」


「それなら、わたしも砦を案内しよう」


 ユージーンが「えっ、姉様が?」と驚く。


「いつも案内なんて面倒くさいって、僕と兄様に任せっきりのくせに」


「ユージーン、そこいらの国の使節団と、剣聖エミリア様の御息女をいっしょにするな。ああ、本当にキレイ。やっぱり、星乙女エステラ様にしか見えない」


 うっとりとした顔でイザベラを見つめつづける皇女。


 それを見て、皇太子レイモンドが申し訳なさそうにする。


「すまないね。妹はむかしから、我が国に伝わる女神伝説が大好きなんだ。星乙女というのは女神に仕える精霊なんだけど、たしかに、イザベラ様にとても良く似ているよ。城に壁画があるから、あとでユージーンとオリビアに案内してもらうといい」


 そう言って立ち上がった皇太子は、ジークバルトに視線を送る。


「ジークバルト、少しいいか」


「なんだ? 俺は今日、イザベラから離れるつもりはないぞ」


「まあ、そういうな。折り入って話がある」


 それまでの穏やかな目から、一国の皇太子らしい目つきになったレイモンドを見て、イザベラが促す。


「ジーク、皇太子殿下とお話をされてきてください。わたしはその間、こちらで美味しい御茶をいただいていますから」


「……わかった。でも、この部屋からは動かないでくれ。壁画を見に行くときは、俺もいっしょに行く」


「わかりました」


 ジークバルトとレイモンドが、そろって別室へ行くのを見届けたオリビアが感心する。


「あの死神も、イザベラ様の言うことだけは聞くな。それにしても、すでに夫きどりだ。あれは相当、束縛が激しいとみた」


 これについては、イザベラも肩をすくめるしかなかった。



 ◇  ◇  ◇



 ちょうどそのころ。


 〖王立デラ・ラケティア学園〗から姿を消したイザベラの行方を、クリストファーは必死になって探していた。





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