第17話 愛しのロザリンデ様
イザベラが婚約者ロザリンデの大親友だと知った東方帝国の第二皇子ユージーンは、もうかれこれ3か月は思い悩んでいる『誕生日の贈り物』について相談した。
「ロザリンデ様の誕生日まで残すところ1か月。もういい加減、決めないといけないんだけど、どれもこれもパッとしなくて……」
「ご心配されなくても大丈夫です。殿下が心を込めて贈ってくださったものを、ロザリンデはきっと大切にするでしょう」
イザベラの言葉に頷くも、ユージーンの顔は晴れない。
「きっとそうだと思う。まだ2回しか会ったことがないけれど、ロザリンデ様はとても優しい。それにとても気高くて、それ以上に美しい心をお持ちで、僕なんかにはもったいない完璧すぎる御令嬢で……」
そこでジークバルトが口を挟んだ。
「ひとつ言わせてもらうが、完璧すぎる令嬢というのはイザベラのことだ。優しいのはもちろん、美しく聡明で思慮深く、優雅で高潔で神々しいほどの気品が漂い、それでいて厳しさもありながら公正名大で……」
「ジークバルト、それくらいにしておきなよ。イザベラ様の居心地が悪そうだ」
助け船をだしてくれたユージーンに、イザベラは感謝する。
「殿下、ありがとうございます」
ユージーンが止めてくれなければ、あのまましばらく他国の皇族の前で、ジークバルトに褒めちぎられていただろう。
「まだまだ言い足りない」と不服そうなジークバルトに、「とりあえず、ふたりを帝都の城に招待するよ」と言ったユージーンは、その紺碧の瞳を細めた。
「でもその前に、ひとつ確認をさせて欲しい。オルフェスの大公子がどうして、恋焦がれていたギルガルド侯爵令嬢といっしょに、この地を訪れることができたのか……僕の記憶では、会うたびにキミがボロクソに言っていた王族の婚約者がいたような気がするんだけど」
ここでユージーンは、ジークバルトを指差しながら、心配そうな顔をイザベラに向けた。
「まさかとは思うけど、この大公子に無理やり拉致された……とかではないよね」
「そんなこと、するわけないだろ!」
目を吊り上げ、唾を飛ばして怒る死神もなんのその、「キミ、やりかねないだろう」とユージーン。
これにはイザベラも、小さく噴き出した。
「ジーク、そんなに怒らないで。当たらずも遠からずよ。ユージーン殿下、むかし……そんなこともありかけましたが、今回は、わたしの意思で同行しています。それから、ロマリア王国のクリストファー王子殿下との間にありました婚約関係につきましても、公式発表の前となり、詳しいことはお伝えできませんが、問題はございません」
「なるほどね。それを聞いて安心したよ。いやあ、僕の友人が、お尋ね者にならなくてよかった」
「だから俺は、そんなことはしない!」
「いや、でもさあ、当たらずも遠からずっていう、イザベラ様の言い方から推測すると、キミ、前科があるんじゃないの?」
「……ッ!」
言葉に詰まったジークバルトに、「ほらね、思い当たる節があるんだろう」と詰めるユージーンをみて、イザベラもまたクスクスと笑いだした。
その後――
「ユージーン殿下、わたしでよろしければ、ご相談にのらせてください。ロザリンデの趣味嗜好は、すべて把握いたしております」
「なんて頼もしいんだ! さすが、ギルガルド侯爵閣下の御息女! よし、そうと決まれば、今日の工程を急がないと……あっ、ジークバルト、ちょうどいい。キミ、黒竜で資材置場から木材を運んできてくれ。通路が狭いけど、戦場の死神の手綱さばきなら大丈夫だろう」
「なんで、俺が?!」
「いいじゃないか。工夫たちの労力も減るし、時間も短縮できる。僕、いつも言っているだろう。戦場で使うだけじゃ、竜種の能力はもったいない。もっと人間の役に立つことを証明すれば、戦闘竜以外の下級竜種だって保護対象になる。そうなれば、素材欲しさに乱獲するハンターたちから守れるんだ」
ユージーンの言葉に、今日一番の拍手を送ったのはイザベラだ。
「殿下、本当に素晴らしいお考えですわ。ああ、ここにロザリンデがいたら、どんなに喜ぶでしょうか。下級の竜が討伐されることに、彼女は胸を痛めておりましたから」
「えっ、ロザリンデ様が竜のことを?! 僕はてっきり御令嬢たちには、竜なんて狂暴だと敬遠される話かと思っていて、ああ、それなら、もっとはやく手紙に書けば良かったな。僕、竜の生態についても研究しているんだ」
「それでしたら、つぎのお手紙にはぜひ!」
「ああ、どうしよう。ますますロザリンデ様のことを好きになってしまいそうだ。イザベラ様、もっと彼女のことを教えて欲しい」
「喜んで」
「あっ、ジークバルト、はやく木材を運びに行ってくれ。僕は、あそこの天幕にイザベラ様をお連れするから」
「なんで、おまえがイザベラと?!」
猛抗議するジークバルトに、イザベラが笑顔を向けた。
「嬉しいわ。戦場で縦横無尽に黒竜を操るというジークの雄姿を、一度は近くで見たいと思っていたのよ」
「へえ、そうなんだ」とユージーンが相槌をうつ。
「はい。さすがに戦場には行けないものですから、華麗な手綱さばきを見る機会がありませんでしたので、すごく楽しみです」
「だってさ、ジークバルト……って、もういないや。いやはや、さすがだな。あの偏屈の扱いを心得ている。僕、思うんだけど、人に指図されるのが大嫌いなあの利かん坊を、自由自在に動かせるイザベラ様の方が、よっぽどすごいよ」