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第16話 ユージーン

 

 イザベラの父であるギルガルド侯爵は、ロマリア王国の賢人ともいわれている。


 王都と地方を結ぶ街道の整備をする必要性を国王に説き、実際の工事では、現場にて陣頭指揮にあたった。


 役割を細かく分担した工程は効率が良く、時間も費用も半分に短縮、節約。通常は30年かかるといわる街道の整備を、およそ10年で完了させて、数年後には物資の流通を安定させることに成功した。


 同盟国は手数料を支払い街道の利用を求め、各国の商業ギルドも通行料を支払い通過するので、ここ数年でロマリア王国の経済は、飛躍的に発展した。


 これにより、戦地には潤沢な軍資金が回せるようになり、食料や物資の輸送に遅れを生じることもなくなった。おのずと兵士たちの指揮があがり、戦いの長期化が避けられるようになったと、国境防衛の指揮権を持つジークバルトが、王城にある父の執務室まで感謝を伝えにきていた。


 東方帝国の第二皇子であり、親友ロザリンデの婚約者であるユージーンは、紺碧の目を輝かせる。


「ギルガルド侯爵令嬢、お会いできて大変光栄です。御令嬢の素晴らしさは、となりの男から何度も聞かされておりまして、蒼銀の髪と金色の瞳を見た瞬間、すぐにわかりました! ああ、御父上であるギルガルド侯爵閣下に、本当によく似ていらっしゃる」


「わたしの父を、ご存知なのですか?」


「もちろんです! 毎日、ご尊顔を目にしております!」


 そう言うなりユージーンは、地面に置いていた革袋から本をとりだした。


 それは、イザベラも良く知る1冊だった。


 表紙には『人と都市』というタイトル、巻末には著作者である父の肖像画が描かれている。


 ロマリア王国の街道整備をはじめ、王都の地下水路工事、主要な地方都市の都市計画に長らく携わっていた父が、これまでの研究論文をまとめ、10年ほど前に発表したものだ。


「都市計画の設計基礎を、僕はこの素晴らしい教本から学びました。これまで建築にかかわる多くの書物を読みましたが、これこそが聖典です! 都市計画における理想と理論、建築美と機能美が完璧に融合しているのです。これを読んだとき僕は!」


 そこから、この本がいかに素晴らしいかをユージーンが語ること、たっぷり5分。


 最後には、大空に向かって『人と都市』を掲げた。


「僕は、ギルガルト侯爵閣下の虜なのです! ああ、僕が皇子じゃなかったら、ぜひとも弟子になりたい!」


 学者肌で権力志向は希薄、人の目をあまり気にしない我が道を行くタイプ。


 イザベラは、既視感を覚えた。似ている、と思ったのは気のせいではなかった。


 ロマリア王国の経済を発展させた功績を称えられる式典に参加するよりも、執務室という名の研究室で、自分の好きな文献を読みあさって、城下の酒場で、貴族も平民もなく自由に議論を交わすのが大好きな父・ギルガルド侯爵と、話し方といい雰囲気といい、ユージーンはそっくりだ。


 ジークバルトが苦笑した。


「まあ、こういうヤツなんだ。ロザリンデ……様の婚約者はなんていうか、気取っていなくて、およそ皇子らしくなくて、どちらかというと変人の部類だな」


「どうりで、ジークバルト様と気が合いそうですね」


「おい、イザベラ、それはどういう意味だ。それから、ジークだろ」


「そのまま意味です。ただの皇子に、貴方が興味を持つとは思えませんので。あと、人前でもお名前でお呼びしてよいのですか?」


「あたりまえだ。これから一生『ジーク』だ。それに俺は、誰にでも呼ばせるつもりはない。これはイザベラだけの特権だからな」


 譲らない、といった顔のジークバルトと言い争う気のないイザベラが、「それは光栄ですね。ジーク」と笑顔をみせると、


「なっ……慣れない! でも、いいな、それ!」


 呼べといった本人が、顔を真っ赤にさせた。


 それをみたユージーンが、「へえ~」と興味深げにジークバルトを見上げる。


「驚いたな。キミも照れることがあるんだ。顔の血流量が増大して赤面している。僕、ジークバルトは血も涙もないヤツだと思っていたけど、意外だなあ」


「なんだと、ジーン!」


 ますます顔を赤くさせたジークバルトのとなりで、イザベラは嬉しそうに手をたたく。


「すばらしい考察ですわ。皇子殿下は博識でいらっしゃいますね。それに、北の死神を相手に忌憚のない意見を述べられて、感服いたしました」


「ギルガルド侯爵令嬢に褒められると、僕まで照れちゃうな。あっ、僕のことはユージーンでいいよ。かしこまられるのは苦手なんだ」


「光栄にございます。わたしのこともイザベラとお呼びくださいませ。しかしながら、殿下をお名前でお呼びするのは、わたしの親友であるガルディア家のロザリンデに、許しを得てからにいたしますね」


 イザベラが親友の名前をだしたとたん、今度はユージーンの顔が真っ赤になった。


「ロ、ロザリンデ様の親友?」


「はい、殿下。大親友にございます」


「あ、あの、ロザリンデ様は、お、お元気かな。手紙のやりとりはしているけど、なかなか会えなくて……その、僕は手紙でも、あまり気の利いたことは書けないし、彼女の誕生日が近いというのに、まだ贈り物も決められていないんだ」


 ロザリンデのことを想うユージーンの表情を見て、イザベラは心から安堵した。


 ああ、良かった。


 この方なら、絶対にロザリンデを幸せにしてくださるわ。





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