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第15話 東方帝国



 東の主要民族を併合して大帝国を築いたのは、四人の王子と三人の王女がいる、とある王国だった。


 大柄で屈強な体格だった戦闘好きの王子たちは、侵略してくる他国を次々と打ち負かし、国ごと制圧。あっという間に領土が広がった。


 それを支えたのは賢い王女たちだった。


「剣を振りかざして、奪えばいいってもんじゃないんです」


「野蛮な兄弟ども。後先考えずになぜ戦う。領土が広がった分、今年も赤字だ、バカ」


「いっそのこと、男たちだけで傭兵ハリボテ王国でも建国したらいい。属国にしてやるから、金をもらって他国の領土を防衛するなり広げるなりしていろ。その分、こちらは内政に集中できるからな」


 武力の兄弟、知力の姉妹。


 東方帝国の礎を築いた王族たちを題材にした物語は、イザベラも大好きだった。


 現在、その帝国は孫世代に受け継がれ、不思議なことに当代の皇族で、知力に優れているのは四人皇子たちで、軍事に関しては勇ましい三人の皇女たちが広い領土を防衛している。


 その東方帝国の第二皇子に、イザベラの大親友である公爵令嬢ロザリンデは嫁ぐのである。


 大陸で有数の軍事国家であり、治安もだいぶ良くなったとは聞くが、建国されてからまだ百年あまり。いまだ新興国と呼ばれている。


 ロマリア帝国に出入りしている商隊の話では、ここ数年で帝都はにぎわい、主要な都市部も整備がすすみはじめているそうだが、


「ロマリアの王都に比べますとやはり……街道事情にしても、地下水路にしても」


 課題は多そうだった。


 イザベラとしては、できれば自分の目で帝都の情勢や治安などを見ておきたいと常々思っていた。


 できることならロザリンデの輿入れに侍女として一時帯同し、せめて城内で親友の障害になりそうな人や物は、片っ端から排除してやろうかしら――くらいの気持ちがあった。


 婚約者である第二皇子についても、自分がクリストファーにされているように、ロザリンデをないがしろにする素振りでもみせようものなら、目にもの見せてやる、というつもりでいたのだが……


 ジークバルトの提案で、急遽向かった東方帝国の領空に入ったのは、翌日の昼過ぎ。


 大量の土が掘り返された建設現場と思われる場所で、


「イザベラ、ほら、あそこにいるヤツ。地面に這いつくばっている髪の青いヤツが見えるか?」


 上空からジークバルトが指をさしたのは、工夫たちに混じって地面に掘られた穴をのぞき込んでいる男だった。


 飛行する黒竜の背から地上を見下ろすイザベラの目に、夏の空のような明るい水色の髪が飛び込んできた。技術者なのか、手には資料のような紙束を抱えて、しばし穴をのぞき込んでは資料と見比べている。


 黒竜を近場に降下させたジークバルトは、「気をつけろよ」とイザベラの手を引き、なぜか勝手知ったると言わんばかりに、建設中の現場を歩いてすすみ、ときおり「よお」と工夫たちに手まで振っていた。


 そうして迷うことなく、夏空色の髪をした男の元でやってきたとき、男はまだ、真剣に穴をのぞいていた。


「おい、ジーン」


 ジークバルトの呼び声にも、反応しない。


「……この深さで……上からさらに打ち付ければ予定どおりに、いや、まてよ。もう一度、正確に測って」


 穴に向かってブツブツ。


「おい、ジーン……ユージーン!」


「――ん、えっ! その声は……あっ、ジークバルトか、どうした?」


 ようやく顔をあげた男は、ジークバルトのとなりに立つイザベラに気づくなり、紺碧の瞳を大きく見開いた。


「蒼銀の髪に、黄金色の瞳をした女性……ってことは、もしやっ! ロマリア王国のギルガルド侯爵令嬢でしょうか?!」


「……ええ。そのとおりですが」


 いきなり言い当てられて、これにはイザベラの方が驚いたが、


「はじめまして、僕、ユージーン・ライコネンと申します」


 その名を聞いて、大陸中の貴族名鑑がほぼ頭にはいっているイザベラは、すぐさま腰をかがめた。


「ユージーン皇子殿下に、ご挨拶申し上げます。ロマリア王国より参りましたイザベラ・ギルガルドにございます。突然の訪問を、どうぞお許しください」


 足場の悪い建設現場で優雅に膝を折るイザベラに、ユージーンの方があわてだす。


「お顔をお上げください。ようこそ、お越しくださいました。もちろん、歓迎いたしますが……この男に無理やり連れてこられたのではありませんか?」


 そのままユージーンの顔は、頭ひとつ高い場所にあるジークバルトへと向けられた。


「キミってやつは、最初はせめて城にお連れしろよ。こんな土埃の多い場所に、いきなり連れてくるなんて……しかもキミのことだから、僕のことは何も知らせていなかったんだろう。ギルガルド侯爵令嬢、さぞかし驚かれたでしょう。こんな有様でお会いすることになり、僕の方こそ申し訳ない」


 そう話を振られたイザベラは、あまりにその通りで「ええ」と微笑みながら、何の情報もなしに、いきなり皇子の前に連れてきたジークバルトを、横目で軽く睨んだ。


「え、あ……じつは俺、ジーンとはけっこう会っていて……」


 しまった、という顔をしたジークバルトが言いわけをするなか。


 イザベラは、内心ひどくホッとしていた。


 親友ロザリンデの婚約者である第二皇子ユージーンが、誠実で優しい人柄であることは、少し話しただけでも伝わってきた。しかも、その紺碧の瞳は、知性の輝きにあふれている。


 なんとなく、お父様の目に似ているわ。






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